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1.「俺の補佐はお前だ」

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「……ドーモ?」
「ふはっ!褒めてねーよ?もう少し愛想良くしてくれてもいいんだけどって話」

バカにされてるのか。この数日こんな調子だった。

「俺の好みがわかってほっとした? 蜂谷さん」

――――好み…。

もう少し年長者がくると思ってたということは、総務部の庶務課ではなく人事課のお姉さまあたりが助っ人に来てくれると思ったのかな。

人事というだけあって社内の男性を隈なく調べているお姉さまたちは、微笑みを浮かべつつも皆ハンターのような目をしている。同じ総務部でも庶務課と人事課は全くのベツモノだ。

それとも、私があんな態度を取っているのは『天野さんが私に惚れちゃったらどうしよう』なんて自惚れていると勘違いされているんだろうか。

だから初対面から好みじゃないと念を押されてる?

そうだとしたらとんでもない思い違いだ。

間違っても社内で不動の人気を誇る天野さんが私に興味を持つだなんて思ってない。それこそどんな綺麗な女性社員にも靡かないんだから、よほど理想が高いんだろう。

ここは天野さんの勘違いに釘を刺しつつ、適当に流しておくに限る。

「はぁ。私みたいのと違って愛嬌振りまいて狙った獲物は逃さない婚活戦士みたいな人がお好みってことでよろしいですかね」
「あははっ、婚活戦士! ほんとおもしろいね、蜂谷」

無視を決め込む私の頭に、大きな手がポンと乗る。

「俺の補佐はお前だ。誰にも文句は言わせない」

不覚にも少しだけドキッとしてしまった。

ああ、早く庶務課に帰りたい。


* * *

「久しぶりだね、あすかちゃん」

一人暮らしをするマンションの最寄り駅から二駅隣。駅のロータリーから続く商店街の中にある小さな二階建てのビル。

脇の細い黒い階段を上り、アンティークのような木製の扉を開けると、暗い照明と控えめなBGMに迎えられる。

八人ほど座れるカウンターは雰囲気を重くさせないように橙褐色のカリンの木で作られた一枚板。

バックバーの壁面はフェイクグリーンをチーク古材の額縁でデザインされており、洗練されたオシャレな雰囲気が漂っている。

九月になったばかりの外は、残暑と言うよりもまだ夏そのもの。日が落ちても暑くムシムシする不快な外界から逃れられてほっとした。

私はカウンターの一番左奥に腰を下ろす。いつもの指定席だ。

「うん、久しぶり。光ちゃんひとり?」
「マスターは買い出し。何飲む?」

おしぼりとコースターを私の前に置きながら、カウンターの中で私に微笑みを向けてくれるのは阿久津光一(あくつ こういち)。

光ちゃんは私の三つ年上で、実家のマンションが同じという幼なじみ。

親同士が仲良くしていたのもあって、小さい頃はよく一緒に遊んでもらった。彼が中学に上がる頃にはあまり会わなくなり、私が高校に入学した頃には完全に疎遠だった。

それでも親同士が繋がっているので近況は聞こえてきていて、実家を出てホテルの専門学校を出た後バーテンダーをしているのは聞いていた。

卒業後すぐに専門学校の同級生と結婚したと知った時はかなり驚いた。

ハタチになった時に母と一緒に飲みに来て以来、私はたまにひとりでこの店を訪れている。

「何かイライラが吹き飛ぶような美味しいやつ」

土曜日の夕方五時。開店したばかりの店内には私以外にお客さんはいない。

とんでもなく雑な注文に笑いながら、光ちゃんは少しだけ考えてバックバーからいくつかボトルを取り出した。

「何があったの?」

テキーラ、ホワイトキュラソー、レモンジュースと氷を入れてミキサーでブレンドしながら聞いてくれる優しい声。

私は促されるままに最近の職場で起きたことを順番に話していく。

「はい。フローズンマルガリータ」
「かわいい。雲みたい」
「カクテル言葉は『元気を出して』」

挿されたストローで飲むと、冷たさでテキーラのキツさが緩和されてアイスみたいで美味しい。ささくれ立った心が少しずつ癒やされていく。

「ありがとう、元気出た」
「そうやって会社でも笑ったらいいと思うんだけどな」

小さい頃から一緒にいたので私が過去にどんな目にあい今の無愛想スタイルに落ち着いているのかを知っている。

光ちゃんは私が笑顔を向けると苦笑いしながら毎回そう言ってくれる。

サラサラの黒髪、少し垂れ気味な目にスッと通った鼻筋。薄くて形の良い唇。中学から大学までバスケをしていた彼は百八十五センチとかなり長身。

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