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おとぎ話の表と裏
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しおりを挟むガタガタと大きな音を立て、ラヴァンディエ王家の紋章の入った大きな四頭立ての赤い馬車が、夕日に照らされながら走る。
大好きなジルベールと夫婦になって3年。来月には家族が増える。
ずっと望んでいた『自分だけの家族』。血を分けた家族が生まれるのを、リサは不安と期待で胸をいっぱいにしながら待ち侘びていた。
「出産が不安か?」
しきりに腹部をさすってしまったせいか、ジルベールが心配げにリサを見る。
初めての出産。無事に産めるのか。両親を知らない自分がこの国の跡継ぎとなる子を育てられるのか。
我が子の誕生が楽しみで仕方ない一方、言葉では言い表せないプレッシャーに押し潰されるような感覚に陥り、不安で仕方なくなる時がある。
「いえ、あ……少しだけ」
つい強がって否定しようとしたリサだが、ジルベールがそれを望んでいないことはこの3年で学んでいた。
正直に告げて、それでも大丈夫だと微笑んで見せると、抱き寄せられた形のまま頭のてっぺんに軽いキスが落ちてくる。リサはそれだけで勇気が貰える思いだった。
「何か出産前にしたいことや欲しいものはないか?」
「え?」
「いや、妊娠や出産がどれだけ大変かわかってはいても、男は代わってやることも出来ず役立たずだからな。もちろん出来ることは全力で支えるつもりだが」
リサの不安が少しでも和らぐようにと、ジルベールなりに考えを巡らせているらしい。
『したいこと』や『欲しいもの』と言われ、リサは考えてみた。
フィリップを産んだシルヴィアにはラヴァンディエの王太子妃としてジルベールとの連名で公式のお祝いを贈ったが、自分でも何か贈り物をしたいと思っていた。
きっと子供を産んでも尚美しいであろう彼女に何を贈ろうか。
そんなことを考えていると、ジルベールはリサの思考を読んだように呆れた顔で笑った。
「リサ。君が欲しいものだよ」
相変わらず、どんな小さなことでもジルベールはリサの意見を聞きたがる。
その気遣いに応えるように、リサも少しずつ自分の思いを口にするようになってきた。
「じゃあ」
「うん」
「来月もまた、こうして2人であの孤児院に行きたいです」
「孤児院に?」
「きっと出産前最後になると思うから。子供たちが育てた真っ白な大輪のバラを、ジルと一緒に見たいんです」
孤児院の端にバラ園を造りたいと言い出したのはリサだったが、苗木を選んだのはジルベールだった。
庭園には赤やピンクといった華やかな色合いのバラを植えるのを好まれることが多いが、ジルベールはリサに相応しい純真で清らかな『永遠の愛』という意味合いを持つ真っ白なバラの苗木だけを選んだ。
片時も不安にさせたくない。自分の持ち得る力全てを使って甘やかしたいと願うジルベールは、自己主張が苦手なリサの『欲しいもの』に相好を崩す。
「君は相変わらず無欲だな」
「え?」
「こうして王太子妃になったというのに。なかなかうまく甘やかしてやれなくてもどかしい」
今リサの左手の薬指にあるのは、繊細な宝石彫刻のラヴァンディエ王家の紋章入りリング。宝石は何色がいいかと聞くと、リサは少し考えた後に恥ずかしそうにしながら「ジルの瞳と同じ色の石があれば」と答えた。
以前贈られた赤い石の指輪は、未だに右手の薬指に飾られている。
最高級の翡翠を取り寄せ、国一番の職人に手掛けさせたこの指輪だけは、ジルベールが受け取って欲しいと結婚式前夜に贈り、リサも喜んで身につけている。
その指輪のはまった小さな左手が、大きく重そうになったお腹を微笑みながら撫でるのを見つめた。
「私は無欲なんかじゃないですよ」
「そうか?」
「私が『欲しいもの』は、ジルとの時間です。お忙しい王子様をひとり占めしたいだなんて、とっても贅沢です」
肩を竦めながら無邪気に笑うリサは、とても来月には自分の子を生むとは思えないほど少女のように愛らしい。
ジルベールは愛しい妻をさらに強く抱き寄せ、我が子の居るお腹に置かれたリサの手を包み込んだ。
「贅沢か」
「ふふ、はい。とっても」
「よし、約束だ。出産前にもう1度、あのバラ園へ行って大輪の白バラを見よう」
「はい」
嬉しそうに綻ぶ口元に、ちゅっと羽のように軽いキスを落とす。
上目遣いに睨んでくるリサの顔には「またこんな所で……」と書いてあるが、ジルベールはその言葉にしない抗議に気付かぬフリをして、今度はしっかりと唇を合わせた。
「いつか、この子と3人でレスピナードのバラ園にも行こう」
「3人で」
「あぁ。家族3人で。あの美味いパン屋にも行きたいな」
ガタガタと大きな音を立てて馬車は進む。リサはこの馬車で初めてジルベールに出会った時のことを思い出していた。
『毎日平和で健康で、お互いだけを愛し合っている人が側にいる。私だけの家族。私はお金より、そっちのほうが大切に思えます』
そんな言葉に怪訝な表情をしていたジルベールの腕の中で幸せに浸る自分。憧れていた自分だけの家族。
陽が沈み、春の少し冷たい風がリサの艶のある黒髪をなびかせる。頬を寄せたジルベールの胸元から、爽やかな柑橘系の香りがした。
――――ここが、私の居場所だ。
リサは幸せに涙腺が緩みそうになり、ゆっくりと目を閉じた。
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