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おとぎ話の表と裏

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「それは出来ない相談だな」

テオドールに手を握られたまま、聞き慣れた声に振り返る。

そこには不機嫌そうなのを隠さずにこちらを見やるジルベールの姿があった。

「ジル、来てたんですか」
「テオ。リサから手を離しなさい」
「嫌だね! 王子だからってリサをひとり占めするなんてズルいだろ!」
「ズルいも何も、リサは3年前から俺の妻だ。ひとり占めして何が悪い」

顔を合わせる度に始まる口論は、すでにこの孤児院の名物になりつつある。言葉を挟む隙もなく言い合う2人に挟まれ、リサは俯いて赤くなった頬を隠す。

ジルベールは子供相手にもリサへの独占欲を隠さない。

それが嬉しくもあるがくすぐったくて、毎回この場でどう居たらいいのか身の置きどころがなくなってしまう。今日は他にギャラリーがいないのが唯一の救いだった。

テオドールはこの国の王子相手にも怯まず物を言う怖いもの知らずな性格だが、ジルベールがそんな彼を気に入っていることはリサも分かっていた。

今日はきっと騎士の養成士官学校へ入らないかと話をしにきたのだろう。

微笑ましい口争いがやまないのを見かねて、リサはみんなでおやつを食べようと室内へ促さなくてはならなかった。



◇ ◇ ◇

「シルヴィア姫が無事に国民の前でフィリップをお披露目したそうだ」

孤児院の食堂で子供たちと共におやつを食べ、テオドールを含む何人かの活発な男児に士官学校へ通いたいのなら支援する意思を示し、司祭たちに何か困っていることはないかと聞き取りを行った後、ジルベールは妻と共に馬車に乗り王宮への帰路についた。

「君が王宮を出たすぐ後に早馬が来たんだ」
「わぁ! 今日で産まれて1週間ですもんね。お2人ともお元気そうで良かった」

リサが嬉しそうに手を合わせてはしゃぐ様子を目を細めて見つめるジルベールは、そっと彼女の肩を抱き寄せて自分の胸に囲い込む。

「ジル?」
「いや。リサが嬉しそうで俺まで嬉しくなっただけだ」

結婚して3年経っても、リサはジルベールの甘いスキンシップに慣れることがない。日々注がれる真っ直ぐな愛情溢れる視線に、相変わらずドキドキする毎日だった。

あれから、ローランとジルベールはラヴァンディエ国王とレスピナード公爵を交えて話し合い、互いの愛する人と結ばれる承諾を得て、ローランがシルヴィアの元へ婿入りするのと入れ違うように、リサはジルベールの元へ嫁ぐこととなった。

その際レスピナード公爵は養子縁組を結び、リサを自分の養女としてジルベールの待つラヴァンディエ家へ送り出してくれた。

畏れ多いと恐縮しきりのリサだったが、本当に妹になったと諸手を挙げて喜ぶシルヴィアと、あちらの社交界で挨拶する際にその方が何かと便利だという公爵のアドバイスを聞き入れ、有り難くその話を受けることにした。

リサ=レスピリア改め、リサ=レスピナードは今から3年前の秋にジルベール=ラヴァンディエの妃となった。
2人が出会ってから、わずか半年後のことである。

「体調は? 疲れていないか?」
「はい、大丈夫です。みんなちゃんと気を使って座らせてくれるんですよ。ほんとにいい子達ばっかりです」
「それには同意するが、あのテオドールはリサの腹に俺の子がいると知っても未だに諦めないのか」

少し膨らみ始めたリサのお腹を撫でながら、不服そうな顔で嘆息するジルベールに苦笑する。

「テオだって何も本気じゃないですからね」
「なぜそう言い切れる?」
「テオはまだ13歳ですよ? いくつ離れてると思ってるんですか」

子供相手に何を真剣に言っているのかと可笑しくなったリサが笑う。

すると訝しげに目を細めたジルベールは、芝居掛かったように大きくため息を吐いた。

「リサは相変わらず自分の魅力を分かっていない」
「え?」
「年齢など関係ない。男なら誰だって君に惹かれてしまう」

この3年で背中にかかるほど伸びた黒髪を一房掬うと、それを口元へ持っていく。

「この美しい黒髪も、黒目がちな瞳も、控えめなのに明るい笑顔も。リサの全てが魅力的だ」
「ジル……」
「子を宿してさらに美しくなった。1人で王宮の外に出せば、職務が手につかないほど」
「わかりましたから! お願いです、もうやめてください……」

夫の止まらない賛辞に居たたまれなくなったリサは涙目で懇願すると、ジルベールはくすりと笑ってリサの顔を覗き込んだ。

「相変わらずこの程度で赤くなる」
「もう、わかってるならやめてください」
「そんな顔を他の男に見せたくない。俺以外に口説かれるな」

こんなに頬が熱くなるほど口説いてくる人なんてジルベールしかいない。

そんな反論が頭に浮かんだが、リサはこれ以上分不相応な賛辞を並べ立てられれば頭から溶けてしまうと口を噤み、こくんと頷いた。


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