33 / 35
おとぎ話の表と裏
5
しおりを挟む「それは出来ない相談だな」
テオドールに手を握られたまま、聞き慣れた声に振り返る。
そこには不機嫌そうなのを隠さずにこちらを見やるジルベールの姿があった。
「ジル、来てたんですか」
「テオ。リサから手を離しなさい」
「嫌だね! 王子だからってリサをひとり占めするなんてズルいだろ!」
「ズルいも何も、リサは3年前から俺の妻だ。ひとり占めして何が悪い」
顔を合わせる度に始まる口論は、すでにこの孤児院の名物になりつつある。言葉を挟む隙もなく言い合う2人に挟まれ、リサは俯いて赤くなった頬を隠す。
ジルベールは子供相手にもリサへの独占欲を隠さない。
それが嬉しくもあるがくすぐったくて、毎回この場でどう居たらいいのか身の置きどころがなくなってしまう。今日は他にギャラリーがいないのが唯一の救いだった。
テオドールはこの国の王子相手にも怯まず物を言う怖いもの知らずな性格だが、ジルベールがそんな彼を気に入っていることはリサも分かっていた。
今日はきっと騎士の養成士官学校へ入らないかと話をしにきたのだろう。
微笑ましい口争いがやまないのを見かねて、リサはみんなでおやつを食べようと室内へ促さなくてはならなかった。
◇ ◇ ◇
「シルヴィア姫が無事に国民の前でフィリップをお披露目したそうだ」
孤児院の食堂で子供たちと共におやつを食べ、テオドールを含む何人かの活発な男児に士官学校へ通いたいのなら支援する意思を示し、司祭たちに何か困っていることはないかと聞き取りを行った後、ジルベールは妻と共に馬車に乗り王宮への帰路についた。
「君が王宮を出たすぐ後に早馬が来たんだ」
「わぁ! 今日で産まれて1週間ですもんね。お2人ともお元気そうで良かった」
リサが嬉しそうに手を合わせてはしゃぐ様子を目を細めて見つめるジルベールは、そっと彼女の肩を抱き寄せて自分の胸に囲い込む。
「ジル?」
「いや。リサが嬉しそうで俺まで嬉しくなっただけだ」
結婚して3年経っても、リサはジルベールの甘いスキンシップに慣れることがない。日々注がれる真っ直ぐな愛情溢れる視線に、相変わらずドキドキする毎日だった。
あれから、ローランとジルベールはラヴァンディエ国王とレスピナード公爵を交えて話し合い、互いの愛する人と結ばれる承諾を得て、ローランがシルヴィアの元へ婿入りするのと入れ違うように、リサはジルベールの元へ嫁ぐこととなった。
その際レスピナード公爵は養子縁組を結び、リサを自分の養女としてジルベールの待つラヴァンディエ家へ送り出してくれた。
畏れ多いと恐縮しきりのリサだったが、本当に妹になったと諸手を挙げて喜ぶシルヴィアと、あちらの社交界で挨拶する際にその方が何かと便利だという公爵のアドバイスを聞き入れ、有り難くその話を受けることにした。
リサ=レスピリア改め、リサ=レスピナードは今から3年前の秋にジルベール=ラヴァンディエの妃となった。
2人が出会ってから、わずか半年後のことである。
「体調は? 疲れていないか?」
「はい、大丈夫です。みんなちゃんと気を使って座らせてくれるんですよ。ほんとにいい子達ばっかりです」
「それには同意するが、あのテオドールはリサの腹に俺の子がいると知っても未だに諦めないのか」
少し膨らみ始めたリサのお腹を撫でながら、不服そうな顔で嘆息するジルベールに苦笑する。
「テオだって何も本気じゃないですからね」
「なぜそう言い切れる?」
「テオはまだ13歳ですよ? いくつ離れてると思ってるんですか」
子供相手に何を真剣に言っているのかと可笑しくなったリサが笑う。
すると訝しげに目を細めたジルベールは、芝居掛かったように大きくため息を吐いた。
「リサは相変わらず自分の魅力を分かっていない」
「え?」
「年齢など関係ない。男なら誰だって君に惹かれてしまう」
この3年で背中にかかるほど伸びた黒髪を一房掬うと、それを口元へ持っていく。
「この美しい黒髪も、黒目がちな瞳も、控えめなのに明るい笑顔も。リサの全てが魅力的だ」
「ジル……」
「子を宿してさらに美しくなった。1人で王宮の外に出せば、職務が手につかないほど」
「わかりましたから! お願いです、もうやめてください……」
夫の止まらない賛辞に居たたまれなくなったリサは涙目で懇願すると、ジルベールはくすりと笑ってリサの顔を覗き込んだ。
「相変わらずこの程度で赤くなる」
「もう、わかってるならやめてください」
「そんな顔を他の男に見せたくない。俺以外に口説かれるな」
こんなに頬が熱くなるほど口説いてくる人なんてジルベールしかいない。
そんな反論が頭に浮かんだが、リサはこれ以上分不相応な賛辞を並べ立てられれば頭から溶けてしまうと口を噤み、こくんと頷いた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活
高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。
黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、
接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。
中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。
無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。
猫耳獣人なんでもござれ……。
ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。
R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。
そして『ほの暗いです』
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる