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おとぎ話の表と裏
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「兄もシルヴィア姫とうまくいったと聞き、あとは父と公爵の説得だけだと話し合っていた。それが急に君が城を出ていくと言い出して、俺がどれだけ焦ったか」
「あ、あれは……!だって、元々ジルはシルヴィア様の花婿候補で、私がいたら邪魔になると思って……」
もごもごと言い訳を口にする。半分本当で、半分嘘だった。出ていこうとした理由はそれだけではない。
ただ見たくなかった。シルヴィアとジルベールが2人で幸せそうに見つめ合う姿を。
「姫に妬いたか?」
リサの心の内など全てお見通しだというように問いかけるジルベールが可笑しそうに笑っているのが悔しくて、リサは口を尖らせる。
相手は憧れのお姫様であり、自分を救ってくれた恩人であり、畏れ多いが大好きな姉とも慕うシルヴィアだったのだ。どれほど苦しかったか。笑い事では済まされない。
恨めしい思いを込めて上目遣いに睨むと、そんな表情さえも嬉しいとばかりにジルベールは微笑みを深める。
「そうだったら嬉しいと思っただけだ。リサが素直に嫉妬する心を見せてくれたらと」
「素直に?」
「初めて会った日にここで話した時、君の心に触れられたと思ったが、俺が王子だと知った途端遠くなった気がした」
ジルベールは身分差を気にしていると思っているだろうが、リサはもちろんそれだけではない。
ここが元いた世界で見ていた絵本の中で、自分の恋する相手はジルベールではないと思っていたなどと説明出来るはずもない。
リサは黙って瞳を伏せた。
「もっと俺を頼ってほしい。遠慮などせずに甘えてほしい」
ジルベールはリサの顎に指をかけて掬い上げると、しっかりと視線を合わせて懇願するように見つめる。
切なさを纏うジルベールの言葉に、リサはぐっと胸を詰まらせた。
「君の気持ちを聞きたいし、望みは全て叶えてやりたい。だが剣術だけに打ち込んできたせいで、どうしたら君をうまく甘やかしてやれるのかがわからない」
眉間に皺を寄せ「つまらない男でガッカリしたか?」と聞く彼に、リサは小さく首を横に振って否定してみせた。
「あなたが好きです」
自分の顎に添えられていたジルベールの手を取り、頬を寄せる。その手がピクリと小さく跳ねたのに気付かぬまま、リサは言葉を続けた。
「私はもう十分あなたに甘やかされています。王子をジルと愛称で呼ぶことを許してくれて、居場所になると言ってくれた。この指輪も……」
目線の高さに掲げたリサの右手には、ジルベールから貰った赤い石のついた宝物が在るべき場所に戻っていた。
そのままジルベールの手のひらに頬を擦り付けるような仕草をする。まるで子猫が主人に甘えるような愛らしさに、ジルベールはグッと喉を鳴らして、目の前の彼女をすぐにでも自分のものにしたい欲望に耐える。
「何より、あなたは私を選んでくれた。一緒に来いと言ってくれた」
「リサ」
「私の望みはひとつだけ。あなたの側にいたい。出来ることなら……」
「出来ることなら?」
続きを促されるが、言葉にするのを躊躇う。
今更だが、ジルベールは大国であるラヴァンディエ王国の王座を継ぐかも知れない。ローランがシルヴィアのためにこの国に婿入りするとなれば、弟のジルベールが王位継承権の筆頭になることは間違いない。
そんな彼に言える願いではないと、この期に及んで尻込みしてしまう。
リサがずっと憧れてきたもの。欲しいと望み続けていたもの。それは、自分だけの家族。
大国の王ともなれば、王妃は然るべき身分のあるどこかの国の姫を娶り、世継ぎを多く作るために側室もとらなくてはいけないのではないか。
そう考えると、ジルベールと家族になりたいだなんてとても言えそうになかった。面倒だと嫌われたくなくて臆病になり、いつも以上に言葉が出なくなる。
「リサ」
「はい」
「父を騙すように来てしまったから、明日の夜、兄と一度国に戻る」
「……はい」
ジルベールはリサの不安を消し去るようにぎゅっと強く抱きしめる。
「公爵と父を説得し、必ず君を俺の花嫁にする」
「ジル」
「俺にはリサだけだ。リサ以外の女性はいらない」
1度これと決めたら譲らない。ラヴァンディエ家の男達の気性はしっかりとジルベールにも受け継がれている。
その血脈を持って、彼は父を説得し陥落させることとなる。
腕の力を緩めると、瞳にうっすら涙の膜を張ったリサと視線が絡む。熱でもあるかのように潤むその瞳に、ジルベールは吸い寄せられるように唇で触れる。
恥ずかしさに俯きそうになるリサの細い首を両手で支え、顔を上げさせる。
手に伝わる体温がみるみる熱くなっていくのが分かり、脈打つ喉元を親指で柔らかく撫でれば「んっ」と小さく吐息を零した。
それを合図にジルベールはリサの唇をゆっくりと奪う。柔らかく合わせるだけの口付けを、角度を変えて何度も繰り返す。
「リサ」
「ジル、私……」
「うん」
頬に、目尻に、鼻先にキスを落としながらリサの言葉を待つ。
少しくすぐったそうに笑ったリサは、真ん丸の黒目がちな瞳を真っ直ぐにジルベールに向けて、心の中の想いを打ち明けた。
「出来ることなら、あなたの、家族になりたい」
言ってしまった。言葉にすると、途端に恥ずかしさだけでなく、事の重大さに身体が震える。
ジルベールの優しさに甘えて理性が溶け、言ってはいけないと自分を律していた鎖が簡単にちぎれてしまった。
しかしそれを待ち望んでいたジルベールは、至近距離でとろけるような笑顔を見せる。
「あぁ、俺もだ。リサ、愛している。俺と家族になってほしい」
自分の気持ちを正直に打ち明け、率直に伝えたら、こんなにも嬉しい返事が返ってくるなんて。先程から潤んだままの瞳から、ついに涙がぽたりと落ちた。
「あ、あれは……!だって、元々ジルはシルヴィア様の花婿候補で、私がいたら邪魔になると思って……」
もごもごと言い訳を口にする。半分本当で、半分嘘だった。出ていこうとした理由はそれだけではない。
ただ見たくなかった。シルヴィアとジルベールが2人で幸せそうに見つめ合う姿を。
「姫に妬いたか?」
リサの心の内など全てお見通しだというように問いかけるジルベールが可笑しそうに笑っているのが悔しくて、リサは口を尖らせる。
相手は憧れのお姫様であり、自分を救ってくれた恩人であり、畏れ多いが大好きな姉とも慕うシルヴィアだったのだ。どれほど苦しかったか。笑い事では済まされない。
恨めしい思いを込めて上目遣いに睨むと、そんな表情さえも嬉しいとばかりにジルベールは微笑みを深める。
「そうだったら嬉しいと思っただけだ。リサが素直に嫉妬する心を見せてくれたらと」
「素直に?」
「初めて会った日にここで話した時、君の心に触れられたと思ったが、俺が王子だと知った途端遠くなった気がした」
ジルベールは身分差を気にしていると思っているだろうが、リサはもちろんそれだけではない。
ここが元いた世界で見ていた絵本の中で、自分の恋する相手はジルベールではないと思っていたなどと説明出来るはずもない。
リサは黙って瞳を伏せた。
「もっと俺を頼ってほしい。遠慮などせずに甘えてほしい」
ジルベールはリサの顎に指をかけて掬い上げると、しっかりと視線を合わせて懇願するように見つめる。
切なさを纏うジルベールの言葉に、リサはぐっと胸を詰まらせた。
「君の気持ちを聞きたいし、望みは全て叶えてやりたい。だが剣術だけに打ち込んできたせいで、どうしたら君をうまく甘やかしてやれるのかがわからない」
眉間に皺を寄せ「つまらない男でガッカリしたか?」と聞く彼に、リサは小さく首を横に振って否定してみせた。
「あなたが好きです」
自分の顎に添えられていたジルベールの手を取り、頬を寄せる。その手がピクリと小さく跳ねたのに気付かぬまま、リサは言葉を続けた。
「私はもう十分あなたに甘やかされています。王子をジルと愛称で呼ぶことを許してくれて、居場所になると言ってくれた。この指輪も……」
目線の高さに掲げたリサの右手には、ジルベールから貰った赤い石のついた宝物が在るべき場所に戻っていた。
そのままジルベールの手のひらに頬を擦り付けるような仕草をする。まるで子猫が主人に甘えるような愛らしさに、ジルベールはグッと喉を鳴らして、目の前の彼女をすぐにでも自分のものにしたい欲望に耐える。
「何より、あなたは私を選んでくれた。一緒に来いと言ってくれた」
「リサ」
「私の望みはひとつだけ。あなたの側にいたい。出来ることなら……」
「出来ることなら?」
続きを促されるが、言葉にするのを躊躇う。
今更だが、ジルベールは大国であるラヴァンディエ王国の王座を継ぐかも知れない。ローランがシルヴィアのためにこの国に婿入りするとなれば、弟のジルベールが王位継承権の筆頭になることは間違いない。
そんな彼に言える願いではないと、この期に及んで尻込みしてしまう。
リサがずっと憧れてきたもの。欲しいと望み続けていたもの。それは、自分だけの家族。
大国の王ともなれば、王妃は然るべき身分のあるどこかの国の姫を娶り、世継ぎを多く作るために側室もとらなくてはいけないのではないか。
そう考えると、ジルベールと家族になりたいだなんてとても言えそうになかった。面倒だと嫌われたくなくて臆病になり、いつも以上に言葉が出なくなる。
「リサ」
「はい」
「父を騙すように来てしまったから、明日の夜、兄と一度国に戻る」
「……はい」
ジルベールはリサの不安を消し去るようにぎゅっと強く抱きしめる。
「公爵と父を説得し、必ず君を俺の花嫁にする」
「ジル」
「俺にはリサだけだ。リサ以外の女性はいらない」
1度これと決めたら譲らない。ラヴァンディエ家の男達の気性はしっかりとジルベールにも受け継がれている。
その血脈を持って、彼は父を説得し陥落させることとなる。
腕の力を緩めると、瞳にうっすら涙の膜を張ったリサと視線が絡む。熱でもあるかのように潤むその瞳に、ジルベールは吸い寄せられるように唇で触れる。
恥ずかしさに俯きそうになるリサの細い首を両手で支え、顔を上げさせる。
手に伝わる体温がみるみる熱くなっていくのが分かり、脈打つ喉元を親指で柔らかく撫でれば「んっ」と小さく吐息を零した。
それを合図にジルベールはリサの唇をゆっくりと奪う。柔らかく合わせるだけの口付けを、角度を変えて何度も繰り返す。
「リサ」
「ジル、私……」
「うん」
頬に、目尻に、鼻先にキスを落としながらリサの言葉を待つ。
少しくすぐったそうに笑ったリサは、真ん丸の黒目がちな瞳を真っ直ぐにジルベールに向けて、心の中の想いを打ち明けた。
「出来ることなら、あなたの、家族になりたい」
言ってしまった。言葉にすると、途端に恥ずかしさだけでなく、事の重大さに身体が震える。
ジルベールの優しさに甘えて理性が溶け、言ってはいけないと自分を律していた鎖が簡単にちぎれてしまった。
しかしそれを待ち望んでいたジルベールは、至近距離でとろけるような笑顔を見せる。
「あぁ、俺もだ。リサ、愛している。俺と家族になってほしい」
自分の気持ちを正直に打ち明け、率直に伝えたら、こんなにも嬉しい返事が返ってくるなんて。先程から潤んだままの瞳から、ついに涙がぽたりと落ちた。
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