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消えてしまった炎

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◇ ◇ ◇

その日の晩餐会を終え、一旦シルヴィアの部屋の隣りにある控えの間に戻ってきたリサは、昼過ぎにシルヴィアから受け取った紙に改めて目を通した。

そこには見覚えのある文字で、ある決意がシルヴィア宛に書かれていた。

『シルヴィア様

私がこの城に来てから、もう10年以上の月日が経ちました。

幼い頃、レスピナードでは珍しい異国の血が混じっているであろう黒髪の孤児を、貴女が拾ってくださった。

公爵様も、リサという名前以外持たなかった私に、恐れ多くもレスピリアという姓を与えてくださった。

シルビア様、私はあなた方の恩に報いたい。そう思ってお側でお仕えしてきました。

今度いらっしゃる花婿候補様が、私のような身分も身寄りもない者を近くに置いていることで、どんな感情をお持ちになるかわかりません。

貴女の幸せの邪魔になりたくはないのです。

長い間、本当にお世話になりました。

貴女の幸せと、レスピナードのさらなる繁栄をお祈り致しております。 リサ 』

手紙を持つ指先が震える。確かにこの手紙を書いたのは自分だった。

そう。リサは4日前、この城を出ていこうとしていた。シルヴィアの花婿候補が到着してしまう前に、どうしても城を出ていきたかった。

公爵がシルヴィアの退路を経つために王子が来る前日まで来訪を秘密にしていたせいで、何の準備も出来ずに当日にギリギリで城を出発したのだ。

そこに不思議な奇跡が起こり、歩き疲れて休んでいたところに梨沙がこの世界に転生してきた。

倒れていると勘違いしたジルベールがリサをレスピナードに送ってきたことで、王子が来る前に城を出ていくという目的は達せられなかった。

過去の自分が書いた手紙を読み、溢れる涙を抑えきれなかった。

ジルベールの側にいたい。そんなリサの切なる想いは、自分を救ってくれたシルヴィアの幸せの前になんとちっぽけなことか。

――――やはり城を出よう。

ジルベールは異国の血やこの黒髪を厭いはしないだろうが、シルヴィアと結婚する以上、彼に想いを寄せている侍女が側にいるのを良しとはしないだろう。

彼ならシルヴィアの誠実な夫になってくれる。シルヴィアを幸せにしてくれる。

彼女は城を出ていくのは許さないと優しく咎めていたが、仲睦まじい2人を見ながら側で仕えていく自信がリサにはなかった。

あのバラ園での出来事や2人でお忍びで出掛けた思い出は、互いに夢だったと思えばいい。きっとシルヴィアとの結婚が決まれば、ジルベールだってそう思ってくれるはずだ。

リサは自分の心に何度も繰り返し言い聞かせる。

ずっと憧れていた絵本の中のお姫様。可愛くて美しくて、うっとりする程華のある女性。

実際に会うことが出来た彼女は見た目の美しさだけではなく、姫としての気高さの中に温かい優しさと子供のような無邪気さを併せ持った素敵な人だった。何よりも、身寄りのない自分を拾ってくれた大恩がある。

シルヴィアの未来は『めでたしめでたし』で彩られた素晴らしいものでなくてはならない。

リサはあの絵本に何度も励まされてきた。理不尽な出来事に悔しくて泣きたくなった時、怖い悪役も意地悪な人も出てこない平和な世界に何度も救われた。

大好きな絵本の世界の結末を、憧れていたお姫様の将来を、自分が壊していいはずがない。リサは右手の薬指にはめていた指輪をゆっくりと抜き去った。

その時から、リサはジルベールに対し他国の王子という一線をしっかりと認識するよう自分に課した。



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