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止められない想い
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◇ ◇ ◇
3回目にして既に習慣になりそうな夜のバラ園での逢瀬。今夜は風も穏やかで少し暖かい。リサは今日知った驚愕の事実をなんとか受け入れながらこの場所まで歩いてきた。
あの後、リサは街中であることも忘れて慌ててその場に跪いた。
「……リサ?」
瞬時に眉を顰めるジルベールの表情は、跪き俯いているリサの視界には入らない。
「無礼をお許しください。私、今までなんという失礼なことを……」
胸の前で震える手を握るリサの肩を掴み、ゆっくりと立ち上がらせた。
「やめてくれ」
「ジルベール様……」
「ジルでいい。さっきも言ったはずだ。今君は侍女ではない」
「でも」
「俺が初めて会った日の夜、君に言った言葉を忘れたわけではないだろう」
その一言が、リサにバラ園の篝火で照らされたジルベールの瞳の色を思い起こさせる。
『俺と一緒に来い』
『俺が、君の居場所になる』
あの時は夢だと頷いてしまったが、ここが現実だと受け入れて生きていこうと決めた今、それは難しいのではないかと心のどこかで感じていた。さらにジルベールが従者ではなく王子だと知ってしまえばなおさらだ。
ただあの言葉がリサの胸を高鳴らせ、誰にも甘えられない彼女を救ってくれたことは確かで、そう言ってくれたジルベールに惹かれている心を誤魔化すことは出来なかった。
絵本の通りならば、彼はシルヴィアと結ばれなくてはならない。なのになぜ、ジルベールは従者と入れ替わっていないのだろうか。
考えられるのは、リサがこの世界に転生したところを助けて馬車に乗せたせいで、入れ替わりをするはずのストーリーを壊してしまったということだが、今更どうにか出来る問題ではなさそうでますますリサは頭を抱える。
お忍びから帰った後、リサはずっとシルヴィアの顔が見られなかった。本来ならば彼女が感じるはずの幸福感を、自分が横取りしているような気にさせられた。
お忍びで出掛けた街からこっそりと城に帰りそれぞれの部屋へ下がる時、ジルベールはリサに『また夜に』と耳打ちして去って行った。
たったそれだけで、リサの足は夜になるとバラ園へ向かってしまう。
「リサ」
近付いてきた人影にすぐに気が付いたジルベールが、穏やかな笑みを湛えてリサを迎える。リサもその微笑みに笑顔を返そうとするものの、相手が本物の王子だと思うとどうしたらいいのかわからない。
これでは、ジルベールが初対面で訝しがっていたとおりになってしまったのではないだろうか。
リサが仕える主人であるシルヴィアの花婿候補としてやってきたジルベールに対し、あわよくば取り入ろうとしている肉食系メイド。
今与えられている幸せは、決して自分のものではないのではないか。考えれば考えるほど、どうしたらいいのかわからなくなっていく。
「おいで」
リサの手を取りベンチに誘ってくれる。本物の王子様みたいにエスコートしてもらった場面は何度もあったのに、まったく気が付かなかった。
全てはあの絵本の通りに進んでいくものだと思っていた。
並んでベンチに腰掛け、端正な顔立ちをじっと見つめる。切れ長のすっきりとした目元、形の整った鼻、薄いけど柔らかそうな唇。どこからどう見ても美しいその顔は、何度見ても見慣れることなくリサをドキドキさせる。
従者だと思っていた時でさえ異性に慣れず緊張していたというのに、本物の王子様を目の前に何を話したらいいのかわからない。
ここに来るまでになんとか気分を落ち着けてきたはずだったのに、リサはすでに泣きそうなほどパニックに陥っていた。
「リサ? どうした?」
「あっあの私、ジルベール様が本物の王子様ではないと思ってたから。き、緊張してしまって……」
涙目で訴えるリサを見て、ジルベールは苦笑するしかない。まさか自分が偽物の王子だと思われていたとは。
しかしこうも身分を感じて緊張されるのも本意ではない。ジルベールは昼間も言ったセリフをもう1度リサに伝えた。
「ジルと呼んでくれ。君は俺の侍女じゃない。ただ側にいて欲しいんだ」
ジルベールの言葉に目を見張り、恥ずかしそうに真っ赤になる可愛い姿を見せてくれるにも関わらず、リサは初めて会った日のように頷いてはくれない。それがどうにももどかしく感じた。
ジルベールはそんなリサに自分の事を語って聞かせた。思えばまだ自分たちは知り合ったばかりで、互いのことを何も知らない。
ラヴァンディエの第二王子である自分の身分。歳は21で今は騎士団の副団長として国王と兄である第一王子を護る立場にあること。王位に興味はなく、兄を影から支えていくつもりだったということ。
リサは口を挟まずに、たまに頷くように相槌を打ちながら真剣に聞いている。
さらに自身の母親の話も聞かせ、そのせいで女性に対する不信感から初対面でのあの不躾な態度になったと改めて謝罪した。
頭を下げられたリサは慌てて肩に手を添えて顔を上げさせる。
「や、やめて下さい! 気にしていません」
「思えば、もうあの馬車の中からリサが気になって仕方なかった」
至近距離で顔を上げたジルベールと視線が絡む。
3回目にして既に習慣になりそうな夜のバラ園での逢瀬。今夜は風も穏やかで少し暖かい。リサは今日知った驚愕の事実をなんとか受け入れながらこの場所まで歩いてきた。
あの後、リサは街中であることも忘れて慌ててその場に跪いた。
「……リサ?」
瞬時に眉を顰めるジルベールの表情は、跪き俯いているリサの視界には入らない。
「無礼をお許しください。私、今までなんという失礼なことを……」
胸の前で震える手を握るリサの肩を掴み、ゆっくりと立ち上がらせた。
「やめてくれ」
「ジルベール様……」
「ジルでいい。さっきも言ったはずだ。今君は侍女ではない」
「でも」
「俺が初めて会った日の夜、君に言った言葉を忘れたわけではないだろう」
その一言が、リサにバラ園の篝火で照らされたジルベールの瞳の色を思い起こさせる。
『俺と一緒に来い』
『俺が、君の居場所になる』
あの時は夢だと頷いてしまったが、ここが現実だと受け入れて生きていこうと決めた今、それは難しいのではないかと心のどこかで感じていた。さらにジルベールが従者ではなく王子だと知ってしまえばなおさらだ。
ただあの言葉がリサの胸を高鳴らせ、誰にも甘えられない彼女を救ってくれたことは確かで、そう言ってくれたジルベールに惹かれている心を誤魔化すことは出来なかった。
絵本の通りならば、彼はシルヴィアと結ばれなくてはならない。なのになぜ、ジルベールは従者と入れ替わっていないのだろうか。
考えられるのは、リサがこの世界に転生したところを助けて馬車に乗せたせいで、入れ替わりをするはずのストーリーを壊してしまったということだが、今更どうにか出来る問題ではなさそうでますますリサは頭を抱える。
お忍びから帰った後、リサはずっとシルヴィアの顔が見られなかった。本来ならば彼女が感じるはずの幸福感を、自分が横取りしているような気にさせられた。
お忍びで出掛けた街からこっそりと城に帰りそれぞれの部屋へ下がる時、ジルベールはリサに『また夜に』と耳打ちして去って行った。
たったそれだけで、リサの足は夜になるとバラ園へ向かってしまう。
「リサ」
近付いてきた人影にすぐに気が付いたジルベールが、穏やかな笑みを湛えてリサを迎える。リサもその微笑みに笑顔を返そうとするものの、相手が本物の王子だと思うとどうしたらいいのかわからない。
これでは、ジルベールが初対面で訝しがっていたとおりになってしまったのではないだろうか。
リサが仕える主人であるシルヴィアの花婿候補としてやってきたジルベールに対し、あわよくば取り入ろうとしている肉食系メイド。
今与えられている幸せは、決して自分のものではないのではないか。考えれば考えるほど、どうしたらいいのかわからなくなっていく。
「おいで」
リサの手を取りベンチに誘ってくれる。本物の王子様みたいにエスコートしてもらった場面は何度もあったのに、まったく気が付かなかった。
全てはあの絵本の通りに進んでいくものだと思っていた。
並んでベンチに腰掛け、端正な顔立ちをじっと見つめる。切れ長のすっきりとした目元、形の整った鼻、薄いけど柔らかそうな唇。どこからどう見ても美しいその顔は、何度見ても見慣れることなくリサをドキドキさせる。
従者だと思っていた時でさえ異性に慣れず緊張していたというのに、本物の王子様を目の前に何を話したらいいのかわからない。
ここに来るまでになんとか気分を落ち着けてきたはずだったのに、リサはすでに泣きそうなほどパニックに陥っていた。
「リサ? どうした?」
「あっあの私、ジルベール様が本物の王子様ではないと思ってたから。き、緊張してしまって……」
涙目で訴えるリサを見て、ジルベールは苦笑するしかない。まさか自分が偽物の王子だと思われていたとは。
しかしこうも身分を感じて緊張されるのも本意ではない。ジルベールは昼間も言ったセリフをもう1度リサに伝えた。
「ジルと呼んでくれ。君は俺の侍女じゃない。ただ側にいて欲しいんだ」
ジルベールの言葉に目を見張り、恥ずかしそうに真っ赤になる可愛い姿を見せてくれるにも関わらず、リサは初めて会った日のように頷いてはくれない。それがどうにももどかしく感じた。
ジルベールはそんなリサに自分の事を語って聞かせた。思えばまだ自分たちは知り合ったばかりで、互いのことを何も知らない。
ラヴァンディエの第二王子である自分の身分。歳は21で今は騎士団の副団長として国王と兄である第一王子を護る立場にあること。王位に興味はなく、兄を影から支えていくつもりだったということ。
リサは口を挟まずに、たまに頷くように相槌を打ちながら真剣に聞いている。
さらに自身の母親の話も聞かせ、そのせいで女性に対する不信感から初対面でのあの不躾な態度になったと改めて謝罪した。
頭を下げられたリサは慌てて肩に手を添えて顔を上げさせる。
「や、やめて下さい! 気にしていません」
「思えば、もうあの馬車の中からリサが気になって仕方なかった」
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