【完結】おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~

蓮美ちま

文字の大きさ
上 下
11 / 35
入れ替わったメイドと姫

しおりを挟む
◇ ◇ ◇

城の最上階である5階に位置する謁見の間で、侍従が声を張り上げて来賓を紹介する。

なんとか王子様の情報を少しでも手に入れようと気持ちを張り詰めて従者の声に集中しようと考えていたのに、梨沙は目の前の男性から目が離せないまま、その場で身体も思考も固まってしまった。

「ラヴァンディエ王国、ジルベール=ラヴァンディエ王子」

梨沙の視線を占領する彼の名が告げられる。

金色の髪、深緑色の瞳。赤い軍服のような燕尾服に金色の肩章。

昨日馬車でここまで送ってくれたジルベールが、あのバラ園で梨沙を抱きしめてくれたジルが、ラヴァンディエの王子として公爵に頭を下げている。

(そんな……。彼も絵本の登場人物だったなんて!)

その後ろに控えているのは、昨日一緒に馬車に乗っていた穏やかそうな男性。彼はローランと呼ばれていた。

長身で整った顔立ちの彼らが豪華絢爛な大広間に並ぶと、1枚の絵画のように美しく見る者を魅了する力がある。

誰がどう見てもジルベールが王子様で、後ろに控えているローランが従者。

しかし、梨沙は知っていた。ここは『私だけの王子様』の絵本の世界なんだということを。

梨沙達だけでなく、ラヴァンディエの王子様も従者と入れ替わっていることを、絵本を読んでいた彼女は知ってしまっているのだ。

その証拠に、ローランはリサの後ろに控えるメイド服姿のシルヴィアに目を奪われている。

ということは……。

『まぁ……、芝居を打ちに』

ジルベールが言っていた芝居とは、どこか舞台上でお芝居する役者なわけではなくて…。

(王子様役って……この入れ替わりのことだったんだ!)

「お初にお目にかかります。ラヴァンディエ王国のジルベール=ラヴァンディエでございます。父がくれぐれも宜しく伝えて欲しいと申しておりました」

この花婿をもてなす宴の主催者であるシルヴィアの父、レスピナード公爵に美しい所作で片膝を付き頭を下げたジルベールは、その隣にいる梨沙の顔を見て目を見張った。

(なぜ、君がそんな格好でその場所にいるんだ)

そう思うのは当然だろう。昨日この城に来る途中に道で倒れていたメイドが、豪華なドレスを着て公爵の傍らにいるのだから。

今の梨沙は昨日とは別人だった。ほぼすっぴんだった昨日とは違って今日はエマに念入りに化粧を施され、ストレートの黒髪は綺麗にカールされたブロンドになっている。

メイド服やパジャマのワンピース姿ではなく、豪華できらびやかなドレス姿。

それでも、ジルベールはひと目見て梨沙だと気付いたらしい。絵本のシナリオを考えれば、早速こちらも入れ替わっている事がバレてしまったのはとんでもなくまずい。

お互い様だと言えばそれまでだが、主催した側が来賓をだましているのだから、ちょっと居心地が悪いのは否めない。

しかしそれ以上に、ジルが自分に気付いてくれたのが嬉しくて梨沙は胸が熱くなる。

昨日の姿とは全く違うのに、それでも自分に気が付いてくれた。その事が梨沙をこれ以上ないほど喜ばせていた。



ジルベールはラヴァンディエ王国の国王である父の命令で、このレスピナード公爵の1人娘シルヴィアの花婿候補としてやって来た。

彼には兄がおり、ラヴァンディエは兄が王位を継ぐ予定のため、この縁談で父親同士が親交の深いレスピナードに婿に出し、友好関係を盤石にするのも吝かではないと第二王子である彼が否応なしに送り出された。

しかしジルベール自身は身を固める気は全く無い。王子とは言え騎士団に身を置く彼は、妻を娶る気もなく生涯を剣術に捧げる覚悟だった。

それを国王である父にも告げたが、なにせ1度会ってみてから決めろとうるさく言われ、『会ってダメだったら友好同盟の永久締結の署名だけを持って帰る』と約束し、このレスピナードまで遥々やって来た。

言い出したら聞かないのがラヴァンディエ家の男達の気性だ。父も祖父もそう。さらにはジルベールの兄にもその頑固な気質は継承されている。自分だけは違うとジルベールは思っているが、当然本人にもしっかりとその血は受け継がれている。

ジルベールは華やかに飾られた大広間を見て、密かにため息を吐いた。自分は断ろうと決めている縁談の相手から過剰なもてなしを受けるのは良心が痛む。

しかも今回は――――、少しばかり相手に黙っている秘密があるのだ。

これについては国王である父も知らない。いや、もしかしたら今頃気が付き、国でひっくり返っているかもしれない。

ジルベールが結婚をしたくない理由は剣術に身を捧げる以外にもう1つあった。

彼は女というものが苦手だった。女性と関わる機会が少なかったのも理由のひとつかもしれない。十の歳には他の貴族の子息と共に騎士見習いから始め、騎士の養成士官学校にも通った。当然周りはみんな男ばかり。

しかしそれだけではない。ジルベールは一番身近な女性である母親が苦手だった。

当時ラヴァンディエ王国の王子であった現国王の父と、貴族の令嬢だったジルベールの母は政略結婚であり、恋愛感情などなかった。その婚姻は絶対的な王命ではなく、母親は何人かいた王妃候補の1人に過ぎなかった。

しかし、当時恋人がいたジルベールの母は、国王の妻、王子の母になりたいがために王妃となり、愛してもいない男の子供を2人も産んだ。今や夫とは一緒に暮らしてすらいないのに、それでも人の前に出れば幸せそうに笑っている。

その事実が実直なジルベールには理解し難く、また嫌悪したくなるものだった。

野心のためなら大切な人を裏切り、自分の心にまでも嘘をつく。女とはジルベールにとってそういう生き物だった。

王族や貴族の結婚なんてそんなものだと15歳だった兄はまだ12歳のジルベールに笑っていたが、それならば自分は結婚などしたくない。

国王となる兄を剣で支え、このラヴァンディエを共に守っていく。それでいいのだと思っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾
恋愛
 “もう遅いよ……だって、好きになっちゃったもん” 今より少し先の未来のこと。人々は様々な原因で減ってしまった人口を補う為、IT、科学、医療などの技術を結集した特殊なアンドロイドを開発し、共に暮らしていました。  最初は、専業ロイドと言って仕事を補助する能力だけを持つロイドが一般的でしたが、人々はロイドに労働力ではなく共にいてくれることを望み、国家公認パートナーロイドという存在が産まれたのです。  一般人でもロイドをパートナーに選び、自分の理想を簡単に叶えられる時代。  そんな時代のとある街で出逢った遥と海斗、惹かれ合う二人は恋に落ちます。でも海斗のある秘密のせいで結ばれることは叶わず、二人は離れ離れに。  今回は、遥のその後のお話です。 「もう、終わったことだから」  海斗と出逢ってから二回目の春が来た。遥は前に進もうと毎日、一生懸命。  彼女を取り巻く環境も変化した。意思に反する昇進で忙しさとプレッシャーにのまれ、休みを取ることもままならない。  さらに友人の一人、夢瑠が引っ越してしまったことも寂しさに追い打ちをかけた。唯一の救いは新しく出来た趣味の射撃。 「遥さんもパートナーロイドにしてはいかがです? 忙しいなら尚更、心の支えが必要でしょう」  パートナーロイドを勧める水野。 「それも……いいかもしれないですね」  警戒していたはずなのに、まんざらでもなさそうな雰囲気の遥。 「笹山……さん? 」 そんな中、遥に微笑みかける男性の影。その笑顔に企みや嘘がないのか……自信を失ってしまった遥には、もうわかりません。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...