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夢の中なら言える
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「ありがとうございます。あったかい」
上着を貸してもらった礼を伝えるだけで声が震えてしまった。
夢の中の相手に恋をするなんてバカげてる。それでもジルベールに惹かれるのを止められない。まだ1人で生きていかなくてはならない現実に戻りたくない。
切ない気分を振り切ってなんとか微笑んで見上げると、ジルベールは目を見張った後、それをごまかすように咳払いをした。
「こんな所で、1人で何を」
ここは夢の中。少しだけ。夢の中でだけなら弱音を吐いても許されるだろうか。
きっともうすぐ目が覚める。
そしたらまた1人で頑張るから。育ててもらった施設を出て、頑張って自立するから。
だから今だけ……。
「……今住んでいるところを出なくちゃいけないんです」
ぽつりと零した言葉に、目の前のジルベールは少しだけ怪訝な表情をした。当然だ。急にこんなことを話しだしたら誰だって戸惑うだろう。
『早く、このお城を離れないと……!』
ふと誰かの声が頭の中でこだました。それはよく聞き覚えのある声な気がしたが、梨沙は気のせいだと頭から意識的に追いやった。
今まで梨沙は誰かに弱音を吐き出したことがなかった。誰かに言ったところで、どうにかなるものでもないとわかっていたから。
甘え下手と言われるが、どういう風に甘えたらいいのかわからない。それ以前に誰に甘えていいのかすらわからなかった。
でも今は、誰かに話したかった。聞いてほしかった。他のことは考えたくない。
すると、ジルベールはゆっくりと梨沙に近付くと背中に手を添えて篝火の近くにあったベンチへ促してくれた。
2人で並んでそこに腰を下ろす。
暗い空の下ゆらゆらと燃えるオレンジ色の火に照らされ、梨沙を見つめるジルベールの瞳は鮮やかなエメラルドのように煌めいている。
「出ていこうと決めたのは私なんです。もう、あそこに私の居場所はないから……」
肩に掛けてもらった軍服の襟元をぎゅっと握りしめる。
「でも、覚悟してたとはいえ、1人で暮らすなんて本当は、怖くて……」
不幸だと思っているわけではないし、自分の境遇を考えれば周りの人達に恵まれている方だと思っている。今いる場所を出るのだって自分で決めたこと。
でもこれからは本当に1人で生きていくんだと荷造りをしながら実感してしまい、梨沙は途方も無い不安に押し潰されそうだった。
「誰にも頼れないのは、寂しくて……」
ずっと押し殺していた感情が、涙となって次から次へと溢れてくる。
隣に座り黙って梨沙の話を聞いていたジルベールが、大きな手で彼女の頬を包み込み、親指でそっと涙の痕を拭う。
今まで男の人に顔を触られた経験のない梨沙はそれだけで固まってしまったというのに、彼はさらに顔を近付け、瞳に溜まった涙を吸い取るように唇を寄せた。
「ひゃっ」
目尻に触れた柔らかい感触に、思わず間抜けな声が出た。ビクンと大袈裟なほど身体が跳ね、顔から湯気が出そうなほど自分の頬が熱くなっていくのがわかる。
「ジ、ジル……」
「悪い。女は苦手だ。泣いていてもどうしてやったらいいのかわからない」
ジルベールはそう言いながら、リサの火照った頬を温かい手で撫でた。
「1人が不安なのは当然だ。だから、その……」
言い辛そうに1度言葉を区切り、至近距離で涙に濡れた黒目がちなリサの瞳をじっと見つめる。
「俺と一緒に来るか?」
唐突に言われた言葉に驚いたが、意味を理解した瞬間、堪えられない喜びが身体中を走った。
なんて都合の良い夢だろう。誰かがそう言ってくれるのを、現実の自分は望んでいたのかもしれない。
実際に誰かについていくなんて出来ないのは分かっている。そんな相手がいないことも。
だからこそ、例え夢だとしてもジルベールに誘われたことが嬉しくてまた涙が滲む。
「そうですね。そう、出来たらいいのに……」
また泣き顔を晒すまいと俯く。無理やり口角を上げてみたが、あまり効果はなさそうだった。
きっと次に目覚めた時、1人で荷造りの続きをするんだろう。もしかしたら、抱きしめている絵本は涙で濡れているかもしれない。
「この国に滞在するのは今日を含めて6日間。目的が済み次第、国に帰る」
頬に触れていた手が離れ、ジルベールがベンチから立ち上がった。長身から見下ろす真剣な眼差しが、涙で滲んだ視界の先で揺れる。
「俺と一緒に来い」
出会ったばかりの名前しか知らない男性。それなのに抗えないほど惹かれてしまっている。こんなこと現実にはありえないとわかってる。
今だけ。この夢の中でだけ、目の前の人に甘えてみたい。
梨沙は胸が熱く高鳴るのを抑えられなかった。
「はい。連れていって」
縋るようにジルベールを見上げると、絡み合った視線から痺れるような熱が伝わってくる。
ハッと息を詰めた瞬間、腕を引かれてその胸に囚われた。
「俺が、君の居場所になる」
立ち上がった反動で肩に掛けてもらった軍服が音を立てて落ちる。それに気を取られるのを許さないとでもいうように、背中に回された腕に力が籠もり、さらに強く抱き締められた。
慣れない抱擁に胸が痛いほどドキドキするのに、包み込まれる温かさに安心出来るのが不思議だ。
そうだ。彼について知っているのは名前だけではない。この香りと胸の温かさ、助けてくれたり慰めてくれる優しいところも知っている。
梨沙はなんだかそれだけで十分な気がした。
誇らしげに咲く大輪のバラが強い夜風に揺れるが、篝火は強風にびくともせずに燃え続ける。さっきまで甘く香っていたはずなのに、今梨沙に届くのは柑橘系の爽やかな香りだけ。
それがとても幸せだった。
上着を貸してもらった礼を伝えるだけで声が震えてしまった。
夢の中の相手に恋をするなんてバカげてる。それでもジルベールに惹かれるのを止められない。まだ1人で生きていかなくてはならない現実に戻りたくない。
切ない気分を振り切ってなんとか微笑んで見上げると、ジルベールは目を見張った後、それをごまかすように咳払いをした。
「こんな所で、1人で何を」
ここは夢の中。少しだけ。夢の中でだけなら弱音を吐いても許されるだろうか。
きっともうすぐ目が覚める。
そしたらまた1人で頑張るから。育ててもらった施設を出て、頑張って自立するから。
だから今だけ……。
「……今住んでいるところを出なくちゃいけないんです」
ぽつりと零した言葉に、目の前のジルベールは少しだけ怪訝な表情をした。当然だ。急にこんなことを話しだしたら誰だって戸惑うだろう。
『早く、このお城を離れないと……!』
ふと誰かの声が頭の中でこだました。それはよく聞き覚えのある声な気がしたが、梨沙は気のせいだと頭から意識的に追いやった。
今まで梨沙は誰かに弱音を吐き出したことがなかった。誰かに言ったところで、どうにかなるものでもないとわかっていたから。
甘え下手と言われるが、どういう風に甘えたらいいのかわからない。それ以前に誰に甘えていいのかすらわからなかった。
でも今は、誰かに話したかった。聞いてほしかった。他のことは考えたくない。
すると、ジルベールはゆっくりと梨沙に近付くと背中に手を添えて篝火の近くにあったベンチへ促してくれた。
2人で並んでそこに腰を下ろす。
暗い空の下ゆらゆらと燃えるオレンジ色の火に照らされ、梨沙を見つめるジルベールの瞳は鮮やかなエメラルドのように煌めいている。
「出ていこうと決めたのは私なんです。もう、あそこに私の居場所はないから……」
肩に掛けてもらった軍服の襟元をぎゅっと握りしめる。
「でも、覚悟してたとはいえ、1人で暮らすなんて本当は、怖くて……」
不幸だと思っているわけではないし、自分の境遇を考えれば周りの人達に恵まれている方だと思っている。今いる場所を出るのだって自分で決めたこと。
でもこれからは本当に1人で生きていくんだと荷造りをしながら実感してしまい、梨沙は途方も無い不安に押し潰されそうだった。
「誰にも頼れないのは、寂しくて……」
ずっと押し殺していた感情が、涙となって次から次へと溢れてくる。
隣に座り黙って梨沙の話を聞いていたジルベールが、大きな手で彼女の頬を包み込み、親指でそっと涙の痕を拭う。
今まで男の人に顔を触られた経験のない梨沙はそれだけで固まってしまったというのに、彼はさらに顔を近付け、瞳に溜まった涙を吸い取るように唇を寄せた。
「ひゃっ」
目尻に触れた柔らかい感触に、思わず間抜けな声が出た。ビクンと大袈裟なほど身体が跳ね、顔から湯気が出そうなほど自分の頬が熱くなっていくのがわかる。
「ジ、ジル……」
「悪い。女は苦手だ。泣いていてもどうしてやったらいいのかわからない」
ジルベールはそう言いながら、リサの火照った頬を温かい手で撫でた。
「1人が不安なのは当然だ。だから、その……」
言い辛そうに1度言葉を区切り、至近距離で涙に濡れた黒目がちなリサの瞳をじっと見つめる。
「俺と一緒に来るか?」
唐突に言われた言葉に驚いたが、意味を理解した瞬間、堪えられない喜びが身体中を走った。
なんて都合の良い夢だろう。誰かがそう言ってくれるのを、現実の自分は望んでいたのかもしれない。
実際に誰かについていくなんて出来ないのは分かっている。そんな相手がいないことも。
だからこそ、例え夢だとしてもジルベールに誘われたことが嬉しくてまた涙が滲む。
「そうですね。そう、出来たらいいのに……」
また泣き顔を晒すまいと俯く。無理やり口角を上げてみたが、あまり効果はなさそうだった。
きっと次に目覚めた時、1人で荷造りの続きをするんだろう。もしかしたら、抱きしめている絵本は涙で濡れているかもしれない。
「この国に滞在するのは今日を含めて6日間。目的が済み次第、国に帰る」
頬に触れていた手が離れ、ジルベールがベンチから立ち上がった。長身から見下ろす真剣な眼差しが、涙で滲んだ視界の先で揺れる。
「俺と一緒に来い」
出会ったばかりの名前しか知らない男性。それなのに抗えないほど惹かれてしまっている。こんなこと現実にはありえないとわかってる。
今だけ。この夢の中でだけ、目の前の人に甘えてみたい。
梨沙は胸が熱く高鳴るのを抑えられなかった。
「はい。連れていって」
縋るようにジルベールを見上げると、絡み合った視線から痺れるような熱が伝わってくる。
ハッと息を詰めた瞬間、腕を引かれてその胸に囚われた。
「俺が、君の居場所になる」
立ち上がった反動で肩に掛けてもらった軍服が音を立てて落ちる。それに気を取られるのを許さないとでもいうように、背中に回された腕に力が籠もり、さらに強く抱き締められた。
慣れない抱擁に胸が痛いほどドキドキするのに、包み込まれる温かさに安心出来るのが不思議だ。
そうだ。彼について知っているのは名前だけではない。この香りと胸の温かさ、助けてくれたり慰めてくれる優しいところも知っている。
梨沙はなんだかそれだけで十分な気がした。
誇らしげに咲く大輪のバラが強い夜風に揺れるが、篝火は強風にびくともせずに燃え続ける。さっきまで甘く香っていたはずなのに、今梨沙に届くのは柑橘系の爽やかな香りだけ。
それがとても幸せだった。
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