169 / 181
8章
9
しおりを挟むいや、本当にこの状況でする話だったか?
素直だなんだと言われても、正直長引いただけ自分が辛いとわかっているだけである。
そこまで含めての行為であるのなら、ちょっと勝ち目がないところだが。
「お兄さんの話だってわかってんなら、もう、良いだろ。ちょっ、ーーーー!」
戯れのように唇が塞がれる。
ユーグレイのためにと思ったのに、兄であるリューイが話に関わると知っても特に動揺した様子もない。
くらりと思考が熱に飲まれていくのがわかる。
こいつ、何でちょっと嬉しそうなんだ。
「良くはないな。それがどんな話であれ、僕は、君に嘘を吐いて欲しくはない」
「……そ、だろうとは思った。いやユーグ、一旦、手」
嘘を吐きたいという言い方をした時点で、こうなるだろうとどこかでわかっていたのかもしれない。
ただ黙っていたかったんだと、知ってはいて欲しかった。
ユーグレイの夢で味わった鋭い罪悪感は、胸の奥に刺さったままだ。
アトリは愛撫を続ける彼の手を押さえる。
それでもまだ中に入り込んだままの指は、ゆるゆると内部を擦っていく。
自然と上がっていく息に声が混ざる。
「それで兄がどうした? 無事では、なかったか?」
「や……、違う。大丈夫。そういう、話じゃ……なくって、ッ!」
急に刺激が強くなって、アトリは言葉を飲み込んだ。
完全にわざとだろう。
ユーグレイの胸を押すと、彼は微かに笑った。
「ではどういう話だ?」
全く他人の葛藤を何だと思っているのか。
アトリは唇を噛んだままユーグレイを睨んだ。
見慣れた碧眼が柔らかく細められる。
「言いたいことはわかるが、少し触れていた方が良いだろう。今後を考えて、負担は先に解消するべきではないのか?」
まだ防衛反応が起きていない、と言っても結局早いか遅いかの話だ。
宥めるように頭を撫でられてアトリは溜息を吐いた。
結局触れられて気持ち良いのだから、こちらの負けである。
アトリと名前を呼ばれて目を閉じた。
ぽつり、と。
回らない頭で言葉を選び出して、リューイ・フレンシッドが語ったことを伝えていく。
ユーグレイは、どう思うだろうか。
どうせそれがどれほどの痛みであったとしても、「そうか」と受け入れてしまうのだろうけれど。
リューイの提案を条件付きで飲んだことまで一気に話してしまうと、意に反して身体が震えた。
カップから水が溢れるように、快感が限度を超えたのがわかる。
「あ……、う…………」
「そうか」
ユーグレイの指を締め付けながら、予想通りの言葉を聞いて切なくなる。
重い瞼を持ち上げると、彼はただ穏やかな表情でアトリを見つめていた。
全身がゆっくりと溶けるような絶頂。
アトリは何とかユーグレイの背に手を回す。
「は……ぁ、ご、めん」
ユーグレイは奥に触れていた指を優しく引き抜いて、「構わない。起こすから安心しろ」と請け負う。
違う、そうじゃなくて。
「何も、してやれなくて、ごめん」
「………アトリ」
ペアとして情報の共有は正しい選択だったはずだ。
けれど、アトリはユーグレイの傷を知っている。
何か出来ることはなかったのだろうか。
説得か或いはあそこでリューイを拘束してしまえなかったのか。
もちろんそんなことは現実的じゃない。
でも。
こんな風に話してしまう以外に、もっと、何か。
「何故謝る? 君は、何より僕のことを優先してくれただろう」
「………………さあ、どう、だろ」
アトリはユーグレイの肩に額を押し当てる。
黙っていてやれたら良かった。
ペアとしてではなく、ただユーグレイのことを想うのなら。
でもそれでは嫌だとアトリ自身が思い知ったばかりだ。
だから「嘘を吐きたい」という告白で、それを暴くか暴かないかの決断を彼に委ねてしまった。
何も、してやれなかった。
「僕と、同じだな。アトリ」
ユーグレイは静かに笑った。
「大切で仕方がない。だから、躊躇して間違えて苦しむ。僕と、同じだ」
そうだ。
ユーグレイが、大切で仕方ない。
だから傷付いて欲しくなくて、嘘を吐きたくて。
どうするべきか自身では選べずに、こうして何もかも話してしまった後も苦しくて仕方がない。
ユーグレイが、アトリを守りたくて間違えたのと同じだ。
「ユーグと、同じ、か」
目を開く気力はなかった。
そうだろうな、と零れ落ちた言葉はユーグレイに聞こえてしまっただろう。
同じように想っているのだと、まあバレてはいるんだろうけれど。
もう、良いか。
アトリは半分自棄になったような心地で意識を手放した。
11
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

王子様から逃げられない!
白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる