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黒文鳥

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8章

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 いや、本当にこの状況でする話だったか?
 素直だなんだと言われても、正直長引いただけ自分が辛いとわかっているだけである。
 そこまで含めての行為であるのなら、ちょっと勝ち目がないところだが。

「お兄さんの話だってわかってんなら、もう、良いだろ。ちょっ、ーーーー!」

 戯れのように唇が塞がれる。
 ユーグレイのためにと思ったのに、兄であるリューイが話に関わると知っても特に動揺した様子もない。
 くらりと思考が熱に飲まれていくのがわかる。
 こいつ、何でちょっと嬉しそうなんだ。

「良くはないな。それがどんな話であれ、僕は、君に嘘を吐いて欲しくはない」

「……そ、だろうとは思った。いやユーグ、一旦、手」

 嘘を吐きたいという言い方をした時点で、こうなるだろうとどこかでわかっていたのかもしれない。
 ただ黙っていたかったんだと、知ってはいて欲しかった。
 ユーグレイの夢で味わった鋭い罪悪感は、胸の奥に刺さったままだ。
 アトリは愛撫を続ける彼の手を押さえる。
 それでもまだ中に入り込んだままの指は、ゆるゆると内部を擦っていく。
 自然と上がっていく息に声が混ざる。
 
「それで兄がどうした? 無事では、なかったか?」

「や……、違う。大丈夫。そういう、話じゃ……なくって、ッ!」

 急に刺激が強くなって、アトリは言葉を飲み込んだ。
 完全にわざとだろう。
 ユーグレイの胸を押すと、彼は微かに笑った。
 
「ではどういう話だ?」

 全く他人の葛藤を何だと思っているのか。
 アトリは唇を噛んだままユーグレイを睨んだ。
 見慣れた碧眼が柔らかく細められる。
 
「言いたいことはわかるが、少し触れていた方が良いだろう。今後を考えて、負担は先に解消するべきではないのか?」

 まだ防衛反応が起きていない、と言っても結局早いか遅いかの話だ。
 宥めるように頭を撫でられてアトリは溜息を吐いた。
 結局触れられて気持ち良いのだから、こちらの負けである。
 アトリと名前を呼ばれて目を閉じた。
 ぽつり、と。
 回らない頭で言葉を選び出して、リューイ・フレンシッドが語ったことを伝えていく。
 ユーグレイは、どう思うだろうか。
 どうせそれがどれほどの痛みであったとしても、「そうか」と受け入れてしまうのだろうけれど。
 リューイの提案を条件付きで飲んだことまで一気に話してしまうと、意に反して身体が震えた。
 カップから水が溢れるように、快感が限度を超えたのがわかる。
 
「あ……、う…………」

「そうか」

 ユーグレイの指を締め付けながら、予想通りの言葉を聞いて切なくなる。
 重い瞼を持ち上げると、彼はただ穏やかな表情でアトリを見つめていた。
 全身がゆっくりと溶けるような絶頂。
 アトリは何とかユーグレイの背に手を回す。
 
「は……ぁ、ご、めん」

 ユーグレイは奥に触れていた指を優しく引き抜いて、「構わない。起こすから安心しろ」と請け負う。
 違う、そうじゃなくて。
 
「何も、してやれなくて、ごめん」

「………アトリ」

 ペアとして情報の共有は正しい選択だったはずだ。
 けれど、アトリはユーグレイの傷を知っている。
 何か出来ることはなかったのだろうか。
 説得か或いはあそこでリューイを拘束してしまえなかったのか。
 もちろんそんなことは現実的じゃない。
 でも。
 こんな風に話してしまう以外に、もっと、何か。
 
「何故謝る? 君は、何より僕のことを優先してくれただろう」

「………………さあ、どう、だろ」
 
 アトリはユーグレイの肩に額を押し当てる。
 黙っていてやれたら良かった。
 ペアとしてではなく、ただユーグレイのことを想うのなら。
 でもそれでは嫌だとアトリ自身が思い知ったばかりだ。
 だから「嘘を吐きたい」という告白で、それを暴くか暴かないかの決断を彼に委ねてしまった。
 何も、してやれなかった。

「僕と、同じだな。アトリ」

 ユーグレイは静かに笑った。

「大切で仕方がない。だから、躊躇して間違えて苦しむ。僕と、同じだ」

 そうだ。
 ユーグレイが、大切で仕方ない。
 だから傷付いて欲しくなくて、嘘を吐きたくて。
 どうするべきか自身では選べずに、こうして何もかも話してしまった後も苦しくて仕方がない。
 ユーグレイが、アトリを守りたくて間違えたのと同じだ。

「ユーグと、同じ、か」

 目を開く気力はなかった。
 そうだろうな、と零れ落ちた言葉はユーグレイに聞こえてしまっただろう。
 同じように想っているのだと、まあバレてはいるんだろうけれど。
 もう、良いか。
 アトリは半分自棄になったような心地で意識を手放した。



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