Arrive 0

黒文鳥

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8章

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 二階の部屋に引っ込むと、アトリはベッドに腰掛けて「それで」と切り出した。
 ユーグレイは扉を閉めてからアトリの目の前に立つと、話の先を聞くより前に肩を軽く押して来る。
 ここに来てやはり先程のことを責められるのかと思ったが、見上げた彼の瞳には別段苛立ちは見て取れなかった。

「少し横になった方が良い」

「え? いや、そこまで疲れてないし、それより話を」

 数時間後には作戦開始だ。
 正直横になって寝落ちるのが怖い。
 ユーグレイは碧眼を細めて、肩に触れていた手に力を込めた。
 何だよ、と思いつつ抵抗するほどのことはないかとそのまま後方に倒れ込む。
 アトリの身体を受け止めたベッドは微かに軋むような音を立てる。
 天井は、見えなかった。
 当然のように覆い被さってくるユーグレイに、アトリは流石に目を丸くする。
 
「……は、え、ちょっと待て! 話があるって言ってんだろ、っ」

 伸ばされた手に、アトリは反射的に目を閉じた。
 やけに冷たい指が瞼を撫でて行く。

「君が話したいと言うのなら、どういう状態であれ聞くつもりだ。安心して良い」

 駄々を捏ねる子どもに言い聞かせるような、どこか柔らかな口調。
 そこまでの負担ではないと思っていたが、たった数回の強化で眼は熱を持っていたようだ。
 普段であればそれくらい自分でも気が付くはずだが、色々と気がかりなことが多すぎた。
 それにしてもよく見抜くものだと、アトリは諦めて脱力する。
 ユーグレイは労わるように瞼に触れていたが、しれっとアトリを抱き込んで毛布に包まった。
 流石手慣れている。

「防衛反応までは起きてないって。ユーグ」

 耳元に触れたのは確かにユーグレイの唇だった。
 昨夜の反省はどうしたのか。
 ニールにバレただろ、とアトリは羞恥を堪えるように呻いた。
 背中に回された彼の手に動揺は感じられない。
 そうだな、と呆気ない返答。

「無理やりではないかと真っ向から問い詰められた。君、本当に油断ならないな。いつの間に彼にそこまでさせるような交友関係を築いたんだ?」

「俺が何かしたんじゃなくて、ニールが優しいだけだろーが。ほんと、何て謝れば良いんだよ」

「合意の上だと伝えたら逆に謝罪されたが」

 昨日のは本当に「合意の上」だっただろうか。
 若干、グレーな気が。
 ただ謝罪を受け入れたことは確かだから、蒸し返すのも気が咎める。
 黙り込んだアトリに、ユーグレイは微かに笑った。
 薄暗い室内は、密やかな空気に満ちている。
 馴染み出した体温。
 思考が染まるような快感とは違うが、抗い難い心地良さに反論は形にならないまま溶けていく。

「いい、わかった。ひとまずそれは置いといて、このままだと俺は確実に寝落ちる、って!」

 毛布が擦れる音。
 同じ温度になったユーグレイの手が、服の中に滑り込んで直接腰を撫でる。
 おいと彼の肩を押したが、抵抗するには少し遅かった。
 しっかりと抱き込まれた身体は今更どこへも逃れようがない。
 至近距離で覗き込んだユーグレイの碧眼は、酷く愉しげだった。

「話ならこのまますれば良い。君は、少し訳がわからなくなった方が素直に話すだろう?」

「…………どーいう理屈なんだよ。それは」

「僕は君に触れたくて仕方がないからどのような機会でも逃すつもりはない、という理屈だ」

 何の言葉も、出て来なかった。
 昨夜の一件は思っていた以上にユーグレイに影響を及ぼしたらしい。
 端的に言えば、開き直ったのだろうか。
 ただでさえ直情的に求められることが多かったが、これはどうも分が悪い。
 そもそもこの手のことはこちらが断然不利だ。
 あのユーグレイがそこまで求めてくれるのなら、それに応えたいと思うのは致し方のないことで。
 結局流されてしまうことが殆どだ。
 柔く耳を食まれて、アトリの思考はぷつりと途切れた。
 流石に最後までするつもりまではないと思いたいが、肌を辿る指先は完全に前戯と同じ動きをしている。

「いっ、真面目な話、なんだって……!」

 腰を撫でた指はそのまま下へと滑って、擽るように後孔に触れただ。
 揶揄うように縁を辿る指は、爪の先だけ幾度か中へと差し込まれる。
 アトリは奥歯を噛んでユーグレイの襟首を掴むと、そこに額を押し当てた。
 欲しいと叫ぶ本能。
 それどころではないと焦燥に駆られる理性。
 本当に、他人の気も知らずに好き勝手しやがって。

「俺はっ、ユーグが、辛くない結末を選びたい」

 絞り出す声は、どうしても震えてしまう。
 ユーグレイはアトリの後頭部を押さえて、「そうか」と答えた。
 
「だから、悪いけど、お前にも嘘を吐きたい。吐かせて、欲しい」
 
 中途半端な懇願だが、きっとユーグレイには伝わってしまうだろうという確信があった。
 意味がわからないと問う言葉は、やはり降っては来ない。
 代わりに戯れるようだった指先が、唐突に孔を押し拡げて粘膜を擦った。
 びく、と跳ねた身体。
 ユーグレイは指を押し進めながら、苦笑したようだった。

「……兄のことか」

 ああ、やはり察していたのだろう。
 喉元まで迫り上がる声を堪えながら、アトリは辛うじて頷いた。
 
「素直だな、アトリ。やはりこうして話すのは悪くない選択だった」

 ユーグレイは静かにそう言って、アトリの首筋に口付けた。




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