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8章
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しおりを挟むひやりとした空気が首筋に触れた気がした。
泥に浸かっているような気怠さはあったが、微睡の合間に目を覚ました時のように不快感は殆どない。
ああ、でもちゃんと毛布に包まっておかないと。
酷く冷え込む夜にはそういう些細な油断が命取りになるから、としつこく言い聞かせられたことを思い出す。
手を足を、命を。
失いたくなければ、と。
頭から毛布を被って身体を丸めれば大抵の夜は無事に越すことが出来ると教えてくれた人が、確かにいた。
言いつけを守るように身動ぎをして、ようやく心地の良い体温に気付いた。
自分ではない誰かの熱。
ゆるりと毛布が引き上げられて、首筋をそっと撫でられる。
「……………」
重い瞼を持ち上げると、案の定目の前には見慣れたユーグレイの端正な寝顔があった。
規則正しい呼吸を聞いて、小さく息を吐く。
無意識にアトリを気遣ったのだろうか。
全く器用さの方向性がおかしい。
小さな部屋には曇った窓が一つ。
室内は暗く時刻ははっきりしない。
まあ今が何時であれ、すぐに起きて活動出来るかと言われたらかなり怪しいところだ。
それもこれも誰かさんの所為な訳で。
「……っんとに、お前は」
意識がはっきりしてくると同時に、触れ合ったままの肌の感触が明確になる。
身体の芯まで溶けるようなふわふわした気持ち良さ。
抗い難い幸福感にアトリは目を閉じた。
それでも少しだけ辛いのは、何故だろうか。
ユーグレイが好きか、と聞かれたら間違いなく「好きだ」と答えられる。
自覚がないだけだと彼に言われたように、その感情は友情という括りにはきっと収まらない。
触れたいし、傍にいたい。
アトリが欲しいとユーグレイが言うのなら、どこまでだって応えたいと思う。
だから、同じ気持ちだと言えば良い。
好きだ、と伝えてしまえば。
「ユーグ」
囁くほどの呼びかけに返答はない。
アトリはユーグレイの胸元に額を押し当てる。
君が無事ならそれで良い、と彼は言った。
他の誰が危険に晒されようと、誰に屈しようと、別に構わないと。
それだけ大切にされているのだと理解は出来る。
けれど、そんな風に想っているのなら。
ユーグレイはいつか、平気な顔で自身を犠牲にアトリを守るだろう。
その思考を、その結末を。
アトリは当然受け入れられない。
「応えて、良いのか、わかんないんだよ」
このままじゃ駄目なのか。
言葉にしなくても、これだけ身体を重ねていればそれで充分だろう。
辛うじて形を成している「ペア」という関係を明確に踏み越えてしまったら、未来が確定してしまうような気がして怖い。
それとも、こうしてユーグレイの腕の中から逃れられない以上もう手遅れなのだろうか。
瞼の裏の暗闇。
滲み出すような疲労に釣られて、意識は暗い方へと傾いて行く。
もうユーグレイを手放せないくせに今更。
怖い、なんて。
不意に、背中に回された手が身体を引き寄せた。
「…………アトリ」
柔らかな呼びかけに、身体の奥が震えるのがわかる。
目を覚ました訳ではないのだろう。
ユーグレイの呼吸は穏やかなまま、返事を待つ気配もない。
本当にもう、どうしてやろうか。
思い悩むのが馬鹿馬鹿しくなって、アトリは思考を放棄した。
答えは、と言われた訳ではない。
別にこれまでだって「ペア」という名前の関係でいられたのだから、今すぐに結論を出す必要もないだろう。
まだ少し寒いから、と自分に言い訳をしてアトリはユーグレイの背に腕を回す。
何があっても。
こいつをちゃんと守ってやれるだろうか。
胸が締め付けられるような感覚に、アトリは強く瞼を閉じた。
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