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7章
0.4
しおりを挟むそれはペアとは言えない、と指摘されて単純にそうだろうなとユーグレイは思った。
あの時、共に戦う相棒としてアトリを見てはいなかった。
平気だという言葉を信じていなかった訳ではないが、何よりも彼を守らなければと考えたことは確かだ。
防衛反応で苦しむのだから無闇に魔術を行使させたくはない。
まして成分のわからないものを飲まされた直後である。
アトリが何と言おうと交戦という選択肢は端からなかったのだ。
「そうだな」
微かに息を呑む音がする。
ユーグレイがあっさりとそれを認めたことを、アトリはどう思ったのだろうか。
ひくりと震えた指先。
境界が曖昧になるほどに馴染んだ内部は、まだユーグレイを包んで弱く収縮を繰り返している。
それでも防衛反応は収まってきたのだろうとわかるほどに、身体を重ねて来た。
彼は苦しげに歪んだ唇に、無理やり笑みを浮かべる。
「そうだな、って。お前、俺のこと、何だと……思ってんの?」
「………………」
「ただ、守られてるだけのペアが欲しいなら、他を当たれよ、ユーグ」
俺はそんなんじゃ嫌だ、とアトリは掠れた声で続けた。
「ユーグの隣に、立ってたいんだ。大切にされるばっかじゃなくて、同じだけ、大切にしたい」
静かに紡がれる言葉に、ユーグレイは呼吸を忘れる。
まだ目元を隠したままのアトリの手を掴んで、シーツに沈めた。
顔を背けた彼は、けれど抵抗する気はないようだ。
ああ、やっとわかった。
「ペアとして、あの時君を止めたのは間違いだった」
アトリは重そうに瞬きをして、ユーグレイを見る。
濡れた睫毛に触れても彼は嫌がらない。
「それでも、君が苦しむのであれば魔術など行使しなくて良い。他の誰が危険に晒されようと、君が無事ならそれで良い。組織を裏切ろうが誰に屈しようが、別に構わない。僕は、構わないんだ。アトリ」
隣にいて欲しいと思う。
支え合いながら続いていく関係性を何より大切に思っているのは、ユーグレイとて同じだ。
けれどそれだけではこの想いは満たされない。
庇護したい、独占したい。
際限のない欲望はペアという名の関係に求めるにはあまりに深く、重い。
だからこの感情は個としてのアトリに向けるものなのだと、ようやく理解が出来た。
それを正確に区別して判断をしなかったユーグレイが悪い。
矛盾してすれ違って、こうして彼を傷付けるのも当然だろう。
「お前……、だから、それじゃ」
真っ直ぐにぶつけた言葉に、アトリは戸惑ったように口籠もる。
本能的にその意味を察しているのかもしれない。
ユーグレイがその頬に触れると、「待て」と弱い制止の声が上がった。
いや、待てない。
「君が、好きだ。アトリ」
何度も欲しいと伝えているのに、今更だ。
こんな単純な優しい言葉では言い表せないから、きっと無意識に避けていた。
呆けたようなアトリの額を撫でて、ユーグレイは苦笑する。
「だからこの不条理を受け入れろとは言わない。ペアとしての君も、僕にとっては唯一無二だ」
「あ、ぇ……? ちょっと、待っ」
「ただ僕の根幹を成すものが、君への情愛だと理解はして欲しい。自重はするが今後も同じ思考には陥るだろう。君はそれを咎めて良いし、僕も可能な限りペアとしての君の矜持を尊重しよう」
「いや、だからっ……!」
別に答えを求めている訳ではないのに、アトリは焦ったようにユーグレイの手を押さえる。
動揺を隠すことさえ出来ないのは彼にしては珍しいだろうか。
どうしよう、と言いたげな瞳。
ユーグレイは宥めるように額を合わせた。
怖いほどに、アトリが愛しくて仕方がない。
思えば好意を自覚してから、それはずっと積み重なるばかりで。
ユーグレイ自身、もうどうしようもないのだ。
「アトリ、君が好きだ。愛している」
嘘偽りのない剥き出しの感情。
少し潤んだままの黒い瞳は、呆然とユーグレイを映している。
何か言いかけた唇を、アトリは唐突に噛んだ。
腕の中の身体がびくりと震える。
「う゛っ、ぅ…………!」
ぎゅうっと自身を締め付けられて、ユーグレイは奥歯を噛んで衝動を殺した。
密着した下腹部が熱い。
アトリは肩を息をしながら目を閉じる。
繋がったままではあったがユーグレイは動いていない。
それなのに、達したのか。
手を伸ばしてそこに触れると、とろりとあたたかいものが指先に絡んだ。
今度はちゃんと吐き出せたらしい。
「っ、確かめんな、ばか!」
アトリは信じられないとばかりにユーグレイの肩を押しやる。
相変わらず甘い。
目の前にいるのは、たった今呆れるほどの執着を口にした相手だろうに。
「君、イッたのか」
「……ってない」
羞恥に頬を染めて、アトリは首を振った。
意地を張っているのか、或いはユーグレイを煽っているのか。
どちらでも構わないが。
ゆっくりと腰を引くと、絡みついていた粘膜が擦れて淫靡な音を立てる。
アトリは咄嗟に口を押さえて、悲鳴を飲み込んだようだった。
「それは無理があるだろう。アトリ」
「無理があっても、納得しとけ! 反省してんのか、お前は!」
「反省はしているが、それとこれとは話が別だろう」
堪らずにもう一度奥まで入り込むと、アトリはひゅっと喉を鳴らした。
狭い最奥が熱の先端を吸うのがわかる。
アトリ自身も自覚があるのだろう。
欲しいのか、と問うと彼は呻きながらユーグレイを睨んだ。
「お前、ぜったい、後で、殴る……」
「別に今でも構わないが?」
心底呆れたような表情で、アトリは溜息を吐いた。
調子乗んな、と頬を抓られる。
「……すまない」
「ほんと、ユーグはずるい。こんなの全部、反則だろ。馬鹿」
アトリは文句を並べ立てて、それから小さく笑う。
そうやって何もかも許してくれなくても構わないのに。
頬から離れていく指先を捕まえて、ユーグレイはアトリを強く抱き締めた。
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