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7章
0.3
しおりを挟む曇った窓を雨が打つ音がする。
震えるような呼吸。
奥まで熱を突き入れて、けれど激しく責め立てることはしない。
そんなことをしなくても、ただ肌に触れるだけでアトリは容易く達する。
それが痛みでないことは確かに幸運ではあるはずだが、息を吐く暇もなく絶頂が続くというのはいっそ拷問にも等しいのだろう。
常であればこの状態が長引くような抱き方はしない。
何故そうしているのか、わからない。
ただ出来る限り、アトリの熱を感じていたかった。
そしてこうして繋がってさえいれば、この生き物はどこにも逃げられないだろうと思った。
「い……、たぃ、から……、も、そこ、やめ」
皺になったシーツをぐしゃりと握ったまま、アトリは顔を背けて言った。
階下に同僚がいるからか。
押し殺した声が鼓膜を擽る。
ユーグレイは弄んでいた胸の突起を指先で弾いてやる。
アトリは喉を鳴らして声を呑み込むが、ユーグレイを包んだ粘膜は強烈な快感を訴えるようにぎゅうっと収縮した。
気持ち良いのだと訴える身体に、眩暈がする。
「痛い? ああ、確かに随分と膨らんでいるな」
挿入したまま、ずっとそこを刺激していたからだろう。
色付いて勃ち上がった先端を避け、柔らかな乳輪を摘む。
「っ、んう…………!」
かくんと腰が跳ね上がった。
微かな水音。
僅かに抜けてしまった性器をすぐに押し入れる。
しゃくり上げるような不自然な息遣いの後、アトリは嫌々と首を振った。
「はッ……、あ、もう……、イキたく、ない……!」
嫌だと繰り返される言葉は譫言のように頼りなかった。
震える唇を指先でなぞるが、アトリはユーグレイを見ない。
抵抗のつもりなのかと顎を捉えて目線を合わせる。
その瞳はただ快楽と苦痛で濡れていて、恐れていたような嫌悪の色は見出せなかった。
「あ……う……、また……イっ……!」
無意識に奥を叩いていたらしい。
途切れ途切れの掠れた喘ぎ。
一瞬意識が飛んだのだろう。
アトリはとろりと蕩けた表情のまま、ぼんやりとユーグレイを見上げた。
ああ、そんな顔を見せる方が悪い。
真っ赤に染まった胸の先に口付けて、ゆったりと腰を揺らして中を刺激してやる。
アトリは怯えたように目を見開いた。
声のない悲鳴。
一際大きな絶頂に飲まれて、彼はシーツを蹴って暴れる。
「熱いな、アトリ」
冷え切っていた身体は、欲望の純度に比例して熱を上げている。
もう堕ちるところまで堕ちれば良い。
まだ反応しきっていないアトリの性器に触れると、「やだ」と泣き出す寸前のような幼い声が聞こえた。
力の入っていない手がユーグレイの手首を必死に押さえる。
「君、それは逆効果だろう」
触って欲しくて煽っているのか、と低く笑う。
それならばと数回扱いただけで、手の中のそれは呆気なく弾けた。
粘度のない水がアトリの腹に飛び散る。
それは白濁ではなく、色のない潮だった。
「ーーーーぁ、あ」
ひゅうと喉が鳴った。
ユーグレイは喰らい付くようアトリの唇を塞ぐ。
堪え切れないであろう絶叫を飲み込むと、痺れるような衝動が脳を揺らした。
アトリを『女性』として扱いたい訳ではない。
それでも射精すら儘ならなかった彼に、どうしようもなく興奮を掻き立てられる。
このまま、滅茶苦茶に壊してしまえば。
この耐え難い苦しみは消えるのだろうか。
いや、違う。
「………………」
大切にしたい。
守りたい。
隣にいて欲しい。
ああ、それなら何故こんな風にアトリを抱いているのか。
まだ微かに痙攣する身体。
薄く開かれた瞳から、涙が溢れる。
ふと吐き出される息。
シーツに投げ出されていたアトリの手が不意にユーグレイのこめかみを打った。
「ア、トリ」
思い出したように胸の奥が痛みを訴えた。
ユーグレイを叩いた手はそのまま力なく落ちて、アトリは顔を覆う。
互いの呼吸に、雨の音が混ざる。
永遠のような沈黙。
「…………な、んで、止めた?」
その問いかけは消え入りそうなほどに弱々しい。
ここに至るまでの経緯を思えば、もう意識を失う寸前だろうと思われた。
それでも問いたださずにはいられなかったのだろう。
何度も呼吸を整えてアトリは苦しそうに唾を飲み込む。
話がしたいのだと、わかる。
あの時、ユーグレイの言葉を無視して追跡者を攻撃したアトリ。
ユーグレイは魔力を求められてそれを拒否し、彼を止めた。
「…………………」
「ユーグ」
答えがもらえないことを、アトリは予想していたのかもしれない。
どこか諦観の滲む声。
アトリは顔を覆ったまま、ユーグレイの視線から逃れるように横を向く。
シーツを滑る黒髪。
白い指の間から濡れた目元が見える。
「俺は、お前のペアじゃねぇの? ユーグ」
そうだ。
間違いなく、ユーグレイのペアはアトリだけだ。
「お前のために、戦えないなら……、戦わせてもらえないなら、それは、ペアって言えないだろ」
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