Arrive 0

黒文鳥

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6章

0.4

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 ちょっと待て、とユーグレイは額を押さえた。
 大体この手のことに制止をかけるのはアトリだが、当の本人は気にした様子もなくユーグレイを見上げる。
 戻って来た病室は相変わらず静かで、ベッドを囲うカーテンが照明を遮って少しだけ薄暗い。
 同室の患者はいないが、自然と声は小さくなった。

「しないんじゃなかったのか?」

 ベッドに腰掛けたユーグレイのズボンに手をかけて、アトリは「だから抜いてやるっつってんの」と答える。
 
「いや待て、アトリ」

 無論行為を拒否するつもりはない。
 それが滅多にないアトリからの誘いであるのなら尚更だ。
 けれど散々にお預けを食らった挙句、誤魔化すように処理されて終わりというのは如何なものか。
 不満が晴れるどころか、益々欲しくなるに決まっている。

「中途半端にされては逆に辛いだけだが」

「……お前、ブレないな。普通抜いたら落ち着くだろーが」

 呆れたような顔をしながら、アトリは何の躊躇いもなくそこに手を差し入れる。
 意図を持って熱を辿る指先に、ユーグレイは奥歯を噛んだ。
 手を伸ばしてアトリの肩に触れると、彼は首を振ってその手をベッドに縫い留めた。
 
「怪我人は大人しくしてろってば」

 隙あらばと思考したことさえ、見抜かれていたようだ。
 どうあっても今回は受け入れてはもらえないらしい。
 アトリは「どうしようかと思ったけど」と苦笑する。

「こんなんで退院されたら、俺めちゃくちゃにされんだろーし。お互いのためにも、ちょっと発散しといた方が良いだろーなって」

 下穿きをずらして揶揄うようにその先端に触れたアトリは、少し身を乗り出した。
 ぎしりとベッドが軋む。

「どーする? ユーグ。こんなんなってるけど、やめとく?」

「………………ここまで来てその問いは意地が悪いだろう。アトリ」

 アトリは「そーだな」と肩を竦めたが、一向に悪いとは思っていない様子だった。
 彼は何故か少し楽しそうに、「で、どーすんの?」と答えを急かす。
 今更やめろなどと言えるはずがない。
 結局その後の苦痛がどれほどに強まろうと、目の前のアトリを求めずにはいられないのだ。

「触れて欲しい」

 そう答えた瞬間、濡れた指先が離れる。
 疑問を口にする暇もない。
 アトリは身を屈めるようにして、唐突にユーグレイの性器を舐めた。
 柔らかな舌が滲んだ白濁を丁寧に掬う。
 そうして躊躇いもなくアトリはそれを咥える。
 背を走ったのは痛いほどの快感と歓喜だった。
 けれど予想もしなかった彼の行為に、ユーグレイは咄嗟に身体を強張らせる。
 
「アトリ!」

 思わず名前を呼ぶと、アトリは顔を上げてそれから口を離した。
 
「悪い、痛かった?」

「痛く、はないが、君、何を」

 何を問い詰めたかったのかよくわからない。
 手でするのではないのか。
 何故口で。
 そこまでの行為を、許容してくれるのか。
 アトリはユーグレイの混乱に気付いて、声を押し殺すようにして笑った。
 
「上手く出来なかったらごめん。でも、割と良さそうではあるけどな?」

 素直に反応するそれを、つうっと指で撫でられる。
 どこか安堵したように息を吐いたアトリは、ユーグレイの言葉を待たずに再び熱を咥え込んだ。
 あたたかな口腔は、行為の淫靡さに反して酷く優しくユーグレイを包む。
 咽喉の奥までそれを招き入れるのは流石に怖いのだろう。
 ただ先端を強く吸われる度に、眩暈がするほどの射精感に襲われた。
 頭を押さえ込んで突き入れたい衝動を、必死に押し殺す。
 
「もう良い、アトリ」

「ーーーーーーん」

 視線を上げたアトリの前髪を払う。
 別に良いのにと言いたげな彼に、ユーグレイは首を振った。
 嫌な訳ではないが若干の抵抗感があった。
 一方的に慰められているという感覚故だろう。
 察しているのかいないのか、アトリは悪い顔で微かに笑う。
 
「アトリ」

 肩を押したつもりだったが、力は殆ど入っていなかったのだろう。
 それを止めたいのか、強いたいのかわからない。
 思考は追いつかないが、限界は当然訪れる。
 
「ーーーーっ!」

 最初からそのつもりだったのだろう。
 放たれたものを数回に分けて飲み込んで、アトリはようやくユーグレイを解放した。
 口の端についた白濁を指で拭って舐めてから、年少者にするようにユーグレイの額に優しく触れる。
 いや。
 こんなのは、反則だろう。

「ど? ちょっとは機嫌良くなった?」

「……色々と、そういう問題ではない気がするが」

 額に触れていたアトリの手を握って、ユーグレイは重く息を吐いた。
 予想通り、表面上の熱は収まっても飢餓感は強まる一方である。
 これで結局彼に触れられないのだから、何の苦行なのかと疑うほどだ。
 
「でも気持ち良かったろ?」
 
「否定はしない」

 そもそも否定したところでこの有様では意味がないだろう。
 渋々肯定すると、アトリは肩を震わせて笑う。

「素直じゃん。かーわいいの」

「………………」
 
 握ったままの手を引くが、「駄目だってば」とすぐに言葉が返って来た。
 アトリはさっさと身体を起こすと、ベッドから一歩離れる。
 これで本当にユーグレイが落ち着くと思っているのか。
 寧ろやられた分やり返さなければ気が済まないが。
 
「んな顔すんなって。あの子も懲りただろーし、俺ももうちょっと顔出すようにするから」

 だからちゃんと休め、と言われてユーグレイは静かに衣服を整えた。
 アトリが十分に譲歩してくれたことは理解している。
 これ以上欲張ってはいけないとわかってもいた。
 ユーグレイはアトリの手を仕方なく離して、頷く。

「だが君も、そろそろ懲りた方が良い。自覚がないのならそれで構わないが、手加減をするつもりはないからそのつもりでいろ」

 アトリは一瞬言葉に詰まって、けれど予想に反してあまり動揺した様子はなかった。
 そうなっちゃうか、とぼやいた辺り少なからずユーグレイが満足したのではと思ってはいただろう。
 
「自覚がない訳じゃないんだけどな。ま、いーよ。そん時になったら泣いて謝るから」

「そうか。それは楽しみだ」

 泣かされる覚悟があるのなら良い。
 同じことはする、と先に宣言をするとアトリは途端に嫌そうに呻いた。
 さてこうなれば早急に傷を治すべきだろう。
 ああ、確かに気分は悪くないなとユーグレイは静かに笑った。
 

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