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6章
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しおりを挟む結局ちゃんとユーグレイの様子を見に行けたのは、それから数時間してからだった。
真っ白いシーツに横になった彼は怖いほど静かに眠っていた。
水色の入院着の胸元から丁寧に巻かれた包帯が見える。
アトリはベッド脇の椅子に腰を下ろした。
規則正しく上下する胸。
けれど呼吸はやや浅く、その額には少し汗が滲んでいる。
傷が深かったからだろう。
熱が高そうだなと、アトリはユーグレイの前髪をそっと払った。
あの後、早々に病院に運ばれたユーグレイは即入院が決まり病室に放り込まれた。
クレハが応急処置を続けてくれたが、それでもやはり数日は安静にしている必要があるそうだ。
同様に手当や検査を受けたアトリは、腕の怪我と打撲はあったものの一応自室での療養を許された。
当然さっさとユーグレイの見舞いに行きたかったが、緊張の糸が切れると同時に防衛反応が暴れる気配がし部屋に引き篭もることになったのである。
もう夜も深い。
カーテンで仕切られた病室には幸い他に患者はいないようだが、あまり長居は出来ない。
薄闇の中、アトリは小さく息を吐いた。
彼の血の感触がまだ生々しく手に残っている。
いや、大丈夫。
生きている。
「…………あの頃は、全然、平気だったんだけど」
アトリは静かに呟く。
雪に閉ざされる故郷。
凍りついた部屋で薄い毛布を身体に巻き付けて眠ったあの頃は、「終わり」がいつ来ても平気だと思っていた。
保護者の代わりをしてくれた人があっさりと息を引き取った時も、悲しいとは思ったけれどそれを受け入れることが出来たのに。
今は、多分駄目だ。
ユーグレイを失うかもと思っただけで、あんなにも怖かった。
クレハが止めなければ、自身の限界に気付かないまま魔術行使を続けていただろう。
無意識に、アトリはユーグレイの手に触れた。
ふっと持ち上げた指先は彼の傷の上に落ちる。
苦しい。
これはどうしようもないな、とアトリは自重気味に笑った。
本当に、どれだけ大事なんだか。
「………………、アトリ」
微かに瞼が震えて、ユーグレイが薄く瞳を開く。
掠れた声。
まだ微睡の中にいるような、頼りない覚醒だ。
彼は不思議そうに、手を握ったままのアトリを見る。
「…………どうした?」
眠れないのかと問うような優しい響き。
何故か、胸が痛い。
「ん、どーもしないけど」
傷口に触れていた指先をそっと引っ込めて、アトリは小さく笑う。
ユーグレイは「そうか」と釣られたように微笑んだ。
熱を持った彼の指が、確かめるようにアトリの指を絡め取る。
「君は、大丈夫か?」
「何言っての? お前。見舞いに来たやつの方が元気に決まってんだろ」
「そうだな。それなら……、良い」
ユーグレイは心底安心したように目を閉じた。
「君が無事なら、それで良い。アトリ」
あっさりと当然のようにユーグレイは言った。
その言葉に、咄嗟に返事は出来ない。
またお前はそーいう、と呆れる振りをする暇もなかった。
繋いだ手はそのまま、ユーグレイはまた眠ってしまったようだ。
心底安堵したような寝顔は先程より幾分か穏やかだ。
こんなのは、ずるい。
アトリはまだ血色の悪い彼の頬に触れて、首筋に指を押し当てる。
確かな脈動。
衝動を飲み込んでアトリは唇を噛んだ。
どうしようもなく。
ただ、ユーグレイが欲しいと思った。
「ユーグ」
ああ、でも今はどうか眠っていて欲しい。
あの時の冬がいつかまた巡って来ても、絶対に守るから。
どうか。
指先で掬い上げた銀髪に口付けて、アトリは祈るように目を閉じた。
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