Arrive 0

黒文鳥

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間章

3

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 どうぞ、と渡された小包を受け取る。
 第五防壁の配送カウンターはいつも忙しそうで、スタッフは素っ気ない態度ですぐそっぽを向いてしまった。
 別に、良いけどね。
 
「ありがとぉございましたぁ」

 どうしても今日、これが欲しかったのだ。
 間に合うかちょっと心配だったけれど、大急ぎで注文した甲斐があった。
 ロッタは小包を胸に抱えて軽い足取りで歩き出す。
 大きなリボンの付いたピンク色のブラウス。
 少し大人っぽいネイビーのショートパンツは、ロッタのお気に入りだ。
 ふわふわした猫耳フードのパーカーを羽織れば完璧で、何ならスキップしたいくらいにご機嫌だった。
 日中、夜間と続いた哨戒任務を終えて、今日はやっとのことで休日である。
 小さい頃に故郷で流行った歌を口ずさみながら、ロッタは連絡通路を渡った。
 第四防壁に入ると、現場に出る構成員の姿が多くなる。
 まだ朝の九時を少し回ったばかりだ。
 広い廊下。
 反対の壁際を歩いて来たペアが、こちらに視線を寄越す。
 灰色のローブに身を包んだ男女のペアだ。
 可哀想に、これからお仕事なんだろう。

「ねぇあの子さ、知ってる?」

 そのお決まりの一文から始まる話がどういうものか、ロッタは良く知っている。
 慣れっこだから今更傷ついたりはしないし、まして苛立ったりなんてするはずもない。
 だって、そうやって陰口を叩かれるのは当然だ。
 カンディードには色んな人がいるけれど、ロッタは多分「女子が嫌いな女子」として早々に名前が挙がるだろう。
 反省なんかはしていない。
 でも確かにペアはとっかえひっかえしたし、好みの男の子は大体声をかけて隙があれば横取りもした。
 ロッタは可愛いし目立つから、尚更なんだろう。
 悪意を孕んだ言葉を無視して、ロッタはさっさとその場を立ち去る。
 こんなにも機嫌が良くなかったら、きっと悪口を言われる可哀想な女の子の顔であのペアに声をかけていただろう。
 そうしたら二人の仲はどうなっていたかな、とちょっとだけ意地悪な気持ちで考える。
 ね、ほら。
 相手がどう出るか考えもしないで敵意を向けるのは、おバカさんのすることだよ。
 口元に笑みを浮かべて、ロッタは幅の広い階段をひょいひょいと駆け上がった。

 故郷にだって、友達はいない。
 最初にロッタを仲間外れにしたのは彼女たちだったから、ロッタばかりが悪い訳じゃないだろう。
 逆に男の子たちは、そんな彼女をとても大切にしてくれた。
 花束のように賛辞を捧げてくれて、王子様のようにロッタを守ってくれた。
 なるほど、それだけの価値が自分にはあるらしい。
 嫌なことばかり言う人たちといるより、傅いてくれる男の子たちといる方がずっと楽しい。
 だからカンディードでもそうしていただけだ。
 もちろん当然のように同性には嫌われたけれど、狙いを定めた相手はほとんどがすんなりとロッタのものになってくれた。
 運命の相手としての「ペア」に少しばかりの夢を抱いたこともあったけれど、そんなものは幻想だ。
 人間なんて適当で目の前の誘惑には大抵抗えない。
 微笑んで、手を繋いで、甘えた声で囁けば、みんなロッタを選んでくれる。
 そのはずだったのに。
 
「うん、でもあれは仕方がないっていうかぁ」

 自室の扉を閉めて、ベッドの上に小包を置く。
 ロッタはくるりと部屋を見渡して、呟いた。
 思い返しても不思議と悔しさや驚きはない。
 あのユーグレイ・フレンシッドが長年組んでいたペアを解消してフリーになったと聞いて、それなら彼も手に入れちゃおうと思った。
 そんなことがあったのは、ついこの間のことだ。

「だってユーグレイってば、ずぅーっとアトリさんのことしか見てなかったもんねぇ」

 まあ、そういうことで。
 見向きもされなかったロッタは、何故か巡り巡って新人の女の子とペアを組むことになった。
 リン・アルカウェラ。
 真っ直ぐで健気で優しい彼女は、ロッタとはまるで正反対の女の子だった。
 別にペアなんていつでも替えられるし、何よりリンが嫌だと言い出すんじゃないかと思っていたのに。
 意外にも、こうやって休日にお茶会の約束をするくらいには仲良くペアを続けていた。
 ロッタは戸棚から水色のティーポットとお揃いのティーカップを取り出して、テーブルに用意する。
 一つしかない椅子にはとびきり柔らかいクッションを置いて、ぽんぽんと軽く叩いた。
 小包の封を切ると丁寧に梱包された紅茶缶が出てくる。
 物凄く高価なものではないけれど、ロッタはこのお店の紅茶が好きだ。
 特にこれはこの時期だけの限定品。
 ストレートでも美味しいけど、たっぷりのミルクと砂糖で贅沢なミルクティーにすると幸せな気分になれるんだよ。
 ロッタがそう話したら、リンは蜂蜜色の瞳をきらきらさせて「美味しそうですね」と微笑んだのだ。
 せっかくの茶葉なのにとか、可愛い子の振りしてとか、そういう言葉は彼女の口から出て来なかった。
 だから今日、ロッタはどうしてもこれを用意したかった。
 リンと一緒に、特別幸せな気分になれるミルクティーを飲みたかったのだ。
 売店で買い込んでおいたたくさんのお菓子を、テーブルの真ん中に置いたバスケットに積み上げた。
 完璧だ。
 ロッタはベッドに腰掛けて、壁の時計を見上げる。
 
「えぇ、まだ三十分もあるぅ」

 約束の時間はまだ先だった。
 ベッドに仰向けになって、ロッタは枕を抱える。
 こんな風に誰かを待つのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 わくわくして待ち遠しくて、つい笑みが溢れてしまう。

「うん。今ならわかるなぁ、ユーグレイ」

 今誰もが羨むような素敵な王子様が訪ねて来たとしても、ロッタはきっと躊躇いもせずにその人を追い出すだろう。
 だって一緒にお菓子を食べておしゃべりをしてお茶を飲んで、笑い合いたいのはあの子なのだから。
 彼女以外はお引き取り頂きたい。
 あの時のユーグレイも、そうだったんだろう。
 ロッタは丁寧にセットした髪の毛を指先で弄った。
 でも、まあ?
 なんというか、ユーグレイのペアは若干彼に捕まっちゃった感が否めない。
 これから訪ねて来るリンにはちょっと刺激が強い話かも、とロッタは小さく笑った。 

 
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