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間章
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しおりを挟むなんて言うか間が悪いよね、とニールはため息を吐いた。
賑わい出したばかりの、夕刻の食堂。
よりにもよって入ってすぐのテーブルに例の二人が座っていた。
ユーグレイとアトリ。
カンディードの中でも仲の良いペアとして知られる二人も、のんびりと食事をしているようだ。
何だか楽しそうに話をしながら、大皿のつまみを分け合ってお酒を飲んでいる。
よく見かける光景だし、カグだって余程のことがなければわざわざ喧嘩を売りに行くようなことはないのだけれど。
でも、タイミングが悪かった。
カグとニールは、ようやく二人を追い抜いた。
そう二十日評価で証明されたのだ。
それなのに当のペアがこれでは、神経を逆撫でされるようなものだろう。
「カグくん」
ぴりとカグが纏う空気が張り詰めるのがわかった。
足を止めたニールを置いて、彼は二人に近付く。
先にこちらに気付いたのは、アトリだった。
彼はテーブルの傍に立ったカグを見上げる。
「お疲れ、二人とも」
恐らくはもう面倒事の気配を察知しているだろう。
すでに苦笑しながらも軽く挨拶をしてくれた彼に、カグは馬鹿にしたような笑いをぶつける。
一応視線を向けはしたが、ユーグレイはやはり何も言わない。
良いご身分だな、と突然に嘲笑されてアトリは肩を竦めた。
「ご身分はおたくと同じですけど。何、機嫌悪ぃの? カグ」
「えっとね、そうじゃなくて、アトリくん」
ニールは慌ててカグの腕を取る。
周囲の同僚たちも、それとなくこちらを窺っているようだ。
大事にはしたくない。
「あのね、二十日評価が出て……」
ニールは思わず言葉を濁す。
あの一件以来、アトリとはよく言葉を交わすようになった。
友達と言って良いのかわからないけれど、嫌な奴だと思われるのは少し寂しい。
幸いアトリはニールの中途半端な言葉で状況を理解してくれたようだった。
ああ、と納得してそれから何とも言えない顔になる。
うん、わかる。
別に悔しくはないから、悔しい振りをするのは間違っていると思ってくれるのだろう。
かと言って素直に称賛すれば、カグの自尊心を傷つけることになると気付いている。
「そっか。まだ見てなくて、悪い」
静かに困ったように笑って、アトリは結局そう言った。
謝らなくてはいけないのは寧ろこちらの方なのに。
言い返せる言葉は、きっといくつもあったはずだ。
だから、衝突を避けてくれたんだなとわかった。
いつもは全く意識しないけれど、こういうところはニールたちよりやはり大人だと思う。
カグは喉元まで出かかっていた嫌味を仕方なく飲み込んだようだった。
知らなかったと謝る相手にふざけんなと言い募ったところで、不満を晴らすような反応を引き出すことは難しい。
「は、そーかよ。危機感足りねーんじゃねぇの? テメーはちょっと気にしとくべきだろーがよ」
「カグくん!」
カグとしては特別深い意味もない、去り際の一言くらいのつもりだったのだろう。
でも、それはちょっと言い過ぎだと思う。
ニールは掴んでいたペアの腕を引っ張った。
怪訝な表情をする彼に、「そこまで言うことないよ」と訴える。
二十日評価で思うように結果が出ない時、もし誰かにそう言われたら。
ニールだったらしばらく立ち直れない。
それは言外に、お前がペアの足を引っ張ってるんだと指摘する言葉だ。
「ご、ごめんね! アトリくん。カグくんも、悪気まではなくて」
アトリはテーブルに頬杖をついて、別段気にした様子もなく「いいって」と答える。
「ユーグだってそんなの承知の上で俺のペアやってんだろーし。別に今更」
「承知の上? 僕は、君とペアを組むことで何らかの不利益を被ると考えたことはないが」
気にしないと続くはずだったアトリの言葉を、沈黙していたユーグレイが唐突に遮った。
冷ややかで刺すような鋭さのある声。
ニールは思わず肩を震わせた。
氷のようだと評されるだけはある。
威圧感に唾を飲み込んで、ニールはアトリの様子を窺う。
自分だったら、多分何も言えずに俯いて終わりだ。
アトリは失言を自覚したように一瞬顔を顰めた。
「いや、ごめん。不利益を被るとかじゃなくて」
「じゃなくて、何だ」
ユーグレイの追撃は止まない。
喧嘩を売ったカグも、この展開は想定していなかったようだ。
口を挟む間もなく、カグとニールは完全に放置である。
けれどこのままこの場を去るのは無責任な気がした。
いざとなったら二人の仲裁をしなくちゃいけないと、ニールは悲壮な決意を固める。
そんなことは知らないアトリは、あっさりと首を振った。
「お前がそう思ってるだろうって言いたかったんじゃないってば。もー、勘弁しろ」
「ではどういう意味で口にしたんだ?」
口調も表情も酷く淡々としている。
それでもユーグレイは怒っているのだろうとわかった。
やっぱり、怖い。
けれどアトリは萎縮した様子もなく、「悪かったって」と相棒を宥める。
銀髪の青年は真っ直ぐにアトリを見つめて、決して頷かなかった。
「謝罪が欲しい訳じゃない。その言葉の真意が知りたいと言っている」
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