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5章
0.4
しおりを挟む「お前、流石に、あれはどうかと思う」
水で満たされたカップをほぼ一息で空にして、アトリはそれをベッド脇のチェストの上に置いた。
まだ要るのならもう一度持って来ようと思ったが、一応は喉を潤せたらしい。
あちこち痛いらしくアトリは時折顔を顰めながら、のろのろと毛布の中に戻ってくる。
掠れた声にはまだどこか熱に浮かされたような響きが残っていた。
「あれ、とは」
文句を口にする癖に、ちゃんとユーグレイの隣に横になるのは自覚があってやっていることなのだろうか。
その黒髪に指を潜らせて、するすると梳く。
アトリは呆れたようにユーグレイを見て、溜息を吐いた。
さて、『あれ』とは何を指すのか。
部屋に入ってすぐの廊下で長い前戯の後数回交わり、寝室に移動して行為を再開した。
アトリは最中何度か失神したが、防衛反応は緩やかに収まっていったようではある。
途中からきちんと白濁を溢していたから、苦痛ばかりの行為だったはずはない。
確かに、ずっと中で達していたからと健気に興奮を訴える性器を常より執拗に責め立てた記憶はある。
或いは時間だろうか。
チェストの上の時計はすでに午前十時を示している。
ほんの数時間前までアトリの中にいたことを考えると、少し長かったのかもしれない。
「……君、嫌がらなかっただろう。快感を得ていたのなら何も問題はないと思うが?」
「い、やがった、っつーの!」
アトリの手がユーグレイの背をばしりと叩く。
ああ、嫌がったことならば一つだけだ。
「記憶があるのか?」
あれほど前後不覚になっていたのだから当然意識は殆ど飛んでいるものと思っていた。
耐え難い飢えを癒そうとそこに触れた舌。
次はいつ機会があるだろうか。
多少嫌がられても、もっと奥まで味わっておくべきだったと後悔していたのだが。
アトリは問われて、納得が行ったかのように眉を下げる。
「ないと思ってたんかよ。どーりで、随分と好き勝手すんなって」
「文句の一つも言わないのだから、勘違いもするだろう」
いや、それならば明確に拒否をしたこと以外は許容されていたということか。
アトリは疲れたように「油断も隙もねぇのな」と呟いた。
毛布の中で少し身体を折るようにして、彼は自身の下腹部に手をやったようだ。
「ほんとに、奥、溶けるかと思った」
「……………………」
何の含みもない感想のつもりだったのだろうが、今のは確実にアトリが悪い。
ユーグレイはアトリを抱き寄せるようにして、腹部を押さえていた彼の手に自身の手を重ねた。
ふぉ、と驚いたように声を上げたアトリは慌てて首を振る。
「何、いや、ちょっと待て! ユーグ!」
「何だ?」
自身の形を覚え込ませるように、奥まで散々に突き入れたからだろう。
行為が終わる頃アトリの内はぐずぐずに蕩けてユーグレイを包み、最奥は縋るように先端に吸い付いてきた。
何度も抜くのを躊躇うほどの快感。
思い返しただけで、重く痺れるような欲が身体に満ちて行く。
アトリはユーグレイの手から胎を守るようにして背を丸める。
「お、前っ、何でまだヤる気なんだよ!」
浅ましいのは自覚の上だ。
獣のように、その身体に触れて挿れて揺さぶりたくて仕方がない。
あれほど長く繋がっていたのにもう渇いている。
後頭部を引き寄せるようにして、唇を重ねた。
繰り返し触れるだけの幼い口付けを、アトリは何の抵抗もなく受け入れてくれる。
「君だけだ。アトリ」
腰に手を回し、後ろからゆっくりと指を伸ばした。
ひくと腕の中の身体が震える。
まだ柔らかな後孔が、ユーグレイの指を素直に飲み込んだ。
「ん、ぐ……っ、待っ! 俺もう、出ない、からっ!」
「君、出せなくてもイけるだろう」
お前、と怒ったような表情をするが、アトリはユーグレイを突き飛ばすことも殴ることもしない。
このまま抱いても恐らくは許してくれるだろう。
敏感なままの粘膜を丁寧に擦りながら、今度は深く舌を絡ませるようにして口を塞いだ。
「低俗な人間だと思われても仕方がないが、君、だけだ。すまない」
これほどに焦がれて、求めてしまうのは。
偽りのない謝意を、アトリはどう聴いたのか。
ただ言葉もなくユーグレイを見つめた彼は、僅かな沈黙の後「もー、いいよ」と苦笑した。
下腹部を押さえていた手が、ユーグレイの額を撫でる。
その手を取った。
もう一度。
熱を分け合う行為の最中、アトリは幾度も「ユーグ」と名前を呼んだ。
その呼びかけに続く言葉があるような気がして、呼ばれる度にどうしたと問い返す。
アトリは泣きそうな表情をしたまま首を振って。
ただ、「気持ち良い」とだけ答えた。
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