Arrive 0

黒文鳥

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5章

0.2

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 言いたいことは色々とあった。
 クレハとの入れ替わりがアトリの意思で行われたものではないとしても、その発動に際して何らかの異常を察知してはいなかったのか。
 そしてその事態に直面して、何故少女の立場や保護を優先したのか。
 本当に、あのパーティーより前に助けを求めることは出来なかったのか。
 結果としてアトリもクレハも無事だったが、状況がどう転んでいたかわからない。
 魔術を行使する能力を持ったエルだとしても、魔力を受け取ることが出来なければ一般人と何ら変わらないと言うのに。
 全く君はどうしたら理解するのか。
 けれど積もりに積もった言葉を吐き出す機会は、まだ先になりそうだった。
 
「アトリ」

 ユーグレイの手を引いて歩き出したアトリは、まるで追い立てられるように歩を早める。
 ぎりぎり走ってはいない程度。
 けれど徐々にその呼吸が乱れていくのが聞こえる。
 いっそユーグレイがいつものように抱え上げた方が楽かと思ったが、振り返りもしないその背を見ながら歩調を合わせるだけに留めた。
 頼られればすぐにでもそうしたが、これくらいの当てつけは許されるだろう。
 ユーグレイとて決して、怒っていない訳ではないのだ。
 横幅の広い階段を上り切って個室が集まるエリアに出る。
 少しふらつきながらも、ようやく辿り着いた自室。
 アトリは扉に手をついてぜぇぜぇと肩を上下させる。

「そこまで意地が張れるなら大したものだと思うが」

 それでも荷物から部屋の鍵を取り出して扉を開けることさえ、もう難しいらしい。
 ユーグレイはふっと息を吐いて、アトリの代わりに鍵穴に鍵を差し込んだ。
 暗い自室。
 ああ、ようやく帰って来た。
 巣穴に逃げ込むようにするりと部屋に入ったアトリに続いて、ユーグレイは後手に扉を閉める。
 照明のスイッチに伸ばした手を、振り返った彼が唐突に掴んだ。
 決して優しくはない衝撃を受けて、荷物が足元に落ちる。
 腕の中に飛び込んで来たアトリは、そのままユーグレイの背に手を回す。
 許しを請う意図はなく、まして感極まってなんて可愛らしい理由でもないだろう。
 どこにそれほどの力があるのか、苦しいほどに抱き締められる。
 アトリ、と咎めるように呼びかけると、彼はユーグレイの肩に額を押し当てた。
 
「……ふ、ぅ、ッぐ」

 嗚咽を噛み殺すような苦しげな声。
 咄嗟に顔色を窺おうと肩を押したが、アトリは嫌がるように腕に力を込めた。
 隙間なく合わさった身体が不規則に痙攣する。
 
「君、今…………」

 達しているのか。
 どこに触れた訳でもない。
 ただ、この腕の中に飛び込んで来ただけで。
 それが防衛反応の異常によって引き起こされているものだとしても、アトリは自身の身体に触れるのではなくユーグレイに縋ることを選んだのだ。
 眩暈を覚えるほどの鋭い感情が思考を染める。
 薄い肩を掴んでいた手を、腰へと滑らせた。
 優しくそこを撫でるだけで、アトリはびくびくと震える。
 ぎゅうっとコートを掴んでいた手から、唐突に力が抜けた。

「っ、アトリ!」

 がくんと膝から崩れ落ちたアトリを、ユーグレイは慌てて支える。
 後頭部を押さえて床に下ろすと、彼はだらりとした腕で辛うじて顔を隠した。
 ユーグレイと引き寄せたいのか、或いは遠ざけたいのか。
 もう片方の手は指先だけコートの端を摘んでいる。
 
「ん゛、うッ、ーーーーッ」

 僅かに顔を背けてアトリは喘ぐ。
 晒された首筋。
 ユーグレイは廊下に膝をついたまま、手を伸ばして照明を点ける。
 驚いたように彼は硬直した。
 
「……ぁ、つ、……な」

 点けるなと言いたいのだろう。
 ユーグレイは呆れたように笑って、顔を隠すアトリの腕を掴んで床に押し付けた。
 赤くなった目元はすでに濡れていて、予想通り首筋まで淡く染まっている。
 まだ手放し切れない理性が、この有り様を責めるのだろう。
 快楽の強く滲む表情は、けれど羞恥を湛えて苦しげに歪んだ。

「別に、構わないだろう。僕しか見ていない」

 構う、と言いたげな瞳に映る自身は飢えた獣のようだった。
 確かにその欲求は、耐え難い空腹に似ている。
 欲しくて欲しくてどうしようもないものが無防備に目の前に横たわっているのだから、それを食わないという選択肢など最初からあるはずがない。
 けれど安易に味わってしまうには、少しばかり惜しい気もした。
 すぐに行為が始まると思っていたのか。
 未だ決定的な刺激を与えようとしないユーグレイを、アトリは不安そうに見上げる。
 
「は、ッ………や、く」

「ここまで耐えたんだ。もう少し良いだろう」

「ーーーーーー」

 もう少し、このまま見ていたい。
 アトリはその真意に気付いて、一瞬だけ反抗的な眼をした。
 けれど一瞬だけだ。
 ユーグレイに抵抗するだけの体力も精神力も、とっくにないのだろう。
 諦めたように短い溜息を吐いて、アトリはそのまま襲い来る快感を受け入れたようだった。
 膝を擦り合わせるようにして、彼はまた絶頂した。
 
「ぁう、く、ぅッ……、ーーーーッ!」

 閉じた瞼に、涙が滲む。
 ひゅうとアトリの喉が鳴った。
 押さえた腕にはもう力が入っていない。
 一度達したら歯止めが効かないのだろう。
 ここまで無理に反応を遅らせていたツケだ。
 仰け反ったアトリの口から堪え切れない声が溢れる。
 その濡れた唇をユーグレイは指先で撫でた。
 奥の寝室と違って、背後の扉はこの声を室内に留めてはくれないだろう。
 だがいっそのこと構わないか、とユーグレイは思った。
 アトリがユーグレイのものであると認知されれば、思い煩う機会も少しは減るかもしれない。
 
「アトリ」

 羞恥も反抗もなくただ快感に蕩けた瞳が、ユーグレイに向けられる。
 小刻みに跳ねる身体が、その絶頂に果てがないことを訴えていた。
 零れた落ちた涙を指で拭う。
 吐き出す息が震えた。
 



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