Arrive 0

黒文鳥

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4章

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「何かいつもとやってることおんなじになっちゃったな」

 使い捨てのフォークで買って来たばかりの肉料理を口に運ぶ。
 防壁では味わったことのない不思議な風味のソースがかかっていて、香ばしくて美味しい。
 うんうん、と頷いてアトリはユーグレイの方に皿を押しやった。
 彼は交換とばかりにキノコの揚げ物をこちらに渡す。

「否定はしないが、防壁では味わえないものばかりだ。これも旅行らしいんじゃないのか?」

「うん、いや悪い意味じゃなくて。めっちゃ落ち着くなって話」

 酒を飲みつつ、つまみに色々食べてだらだらと喋って。
 ユーグレイはそういう意味かという顔をして、「そうだな」と微かに笑った。


 逃げるように教会を後にして。
 その後は、適当に入った食堂でのんびりと食事をした。
 じゃあ改めて教会関連の建物を見に行くかという話には当然ならない。
 トラムと徒歩でぶらぶらと街中を散歩したり、時折気になったものを食べたりして過ごし、気付けば夕刻。
 弱まる日差しを感じながら、街の中心部から駅方向へと出た。
 近年発展したという夜市目当てである。
 元々車の交通量は多くないようだが一部車道を通行禁止にして、様々な屋台が並び簡易のテーブルや椅子が出されていた。
 陽が落ちて辺りが次第に暗くなり、夜市が広がる区画の街灯が灯る頃になると周囲は一気に賑わい出した。
 幸い早くに市に着いていたため端の方のテーブルを確保して、そのまま夕飯と酒を楽しんでいるのだが。

「大分マシだけど、やっぱ時々見られてんな」

 アトリは小さなキノコをぱくりと口に放り込んでから、そろりと辺りを見渡した。
 視線を集める原因を知って、それからフードは被ったまま行動しているのだが。
 いや、隠れている黒髪に気付いてという人は多くない。

「若干怪しいなーって視線向けられんの悲しいんだけど」

「まあ、異質なものに視線が行くのは生物として当然のことだ。こればかりは諦めるしかないな」

「異質なものって」

 地酒の入っていた空の瓶を手にユーグレイは腰を上げる。
 オレンジ色の街灯が、どこか非現実的に夜市を照らしている。

「まだ何か食べるか?」

「んー、そろそろ。気持ちは食いたいけど」

「そうか」

 飲み物を買った屋台に瓶を返しに行くユーグレイの背を、ぼんやりと見守る。
 元気の良い看板娘がまだ何かおすすめがあるらしく、笑顔でユーグレイに声をかけている。
 すぐ近くで観光客たちが楽しそうに食事をしていた。
 アトリは少しぐらつくテーブルに頬杖をつく。
 誰もが暗がりを警戒することなく、無防備に笑っている。
 
「……どうした?」

「平和だなーって。 え、何か可愛いの買って来てんじゃん」

 いつの間にか戻って来たユーグレイは、大きな紙製のコップをテーブルの中央に置く。
 甘い匂い。
 たっぷりと盛られているのはホイップクリームだろうか。
 金銀の粉が上からかけられていて、太いストローと長いスプーンらしきものが刺さっている。

「売り子に名物だから絶対に飲んで帰って欲しいと言われて、それならばと」

「うわー、甘そ! きらきらしてんの何?」

「色付けした砂糖だそうだ」

 ちゃんと聞いてきたんかよ、とアトリは笑う。
 スプーンの柄をつまむようにしてそろりと持ち上げると、ふわりとチョコレートの匂いが漂った。
 促されて、ストローに口をつける。
 とろりと甘いそれは、やはりチョコレートだ。
 けれどそれに加えて、強いアルコールの風味がある。
 
「ん、酒!?」

「……若者に人気だそうだ」

「おま、先に言え!」

 確信犯だろう。
 ユーグレイはアトリからコップを受け取って、それを口に含んだ。
 意外と強いな、と少しだけ驚いた表情をする彼に、「脳がバグるだろ」とアトリは文句を言う。
 勿論そうとわかって飲めば美味しいのだが。
 
「…………楽しいか?」

 ふとユーグレイにそう問いかけられる。
 アトリはスプーンでクリームを掬って舐めると、首を傾げた。
 ざわざわと波の音のような喧騒が響いている。
 楽しいかって、何が?
 
「今日は、『旅行』だろう。君は楽しめたか?」

 ああ、甘いな。
 アトリは頷く。

「楽しいに決まってんだろー。明日の仕事キャンセルになんねぇかなって思うくらいには」

「そうか」

 安堵したようにユーグレイは一瞬視線を落とした。
 何があったとしても、楽しくないはずがない。
 何を心配していたのか。

「多分どこ行くんでもユーグとなら楽しいな、俺」

 口をついて出た言葉に、ユーグレイは静かにこちらを見た。
 アトリは彼の手元からコップを取って、ストローを咥える。
 じわりと脳が溶けるような甘い酒。
 そうだ。
 結局どこに行くとか何をするとか、そういうこと以上にユーグレイといるのが楽しいらしい。
 わかってはいたけれど、これは重症だ。

「今度はちゃんと旅行しような。温泉とか入ってみたいしさ」

「ああ、そうだな」

 こんな特別でも何でもない約束で、そんな嬉しそうな顔するのか。
 直視するには少し苦しくて、アトリはコップを押しやって誤魔化した。
 見た目は可愛らしいそれをユーグレイは何も言わずに飲む。

「なー、本当に明日仕事すんの?」

「残念ながらな」

 意識は上手いことそちらに逸れたらしい。
 サボりたいですが、と暗に訴えたアトリにユーグレイは仕方ないとばかりに首を振った。
 明日は現地調査員とホテルのロビーで落ち合う予定だ。
 防壁からペアを応援に送る案件である。
 まあ、嫌な予感しかしないが。
 分け合った甘いそれは、あっという間に飲み終えてしまって。
 名残惜しい気はしながら、アトリとユーグレイはホテルに戻った。



 
 
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