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黒文鳥

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3章

0.4

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 不規則に震える背を撫でて、宥めるように少し汗ばんだ額に手をやる。
 常夜灯に薄く照らされた部屋。
 同じベッドに横になって一時間は経っただろうか。
 ぽつりぽつりと他愛のない話をしているうちに、アトリの呼吸が乱れて来たのがわかった。
 ごめん、とどうしようもなく笑って彼は謝る。
 魔術行使に伴う脳の防衛反応。
 強制的な絶頂というのは、恐らくユーグレイが想像するよりも苦痛が伴うのだろう。
 小さく声が混ざる喘鳴。
 ユーグレイがどこに触れても、ただ気持ち良くて仕方がないらしい。
 それなのにまだ、熱に浮かされた瞳には理性が残っている。
 諦めれば良いものを、といつも思う。
 許容するにはあまりに酷なものを味わっているのだ。
 アトリ本人に非がある訳でもない。
 ただその熱に呑まれてしまえば良い。
 その方がきっと楽だろう。

「……ぅ、く」

 背中に回されたアトリの手が、ぎゅうっと服を掴む。
 縮こまるように項垂れた彼の首筋が酷く無防備に眼前に晒された。
 結局耐えられはしないのに、アトリはいつも限界まで理性を手放さない。
 そうやって余計に苦しむ彼が哀れでもあり、好ましくもある。
 その抵抗を尊重したくもあり、この手で呆気なく壊したくもあった。
 ユーグレイは白い首筋に口を寄せて、軽く歯を立てる。
 
「んッ、……ッ!」

 びくと抱き寄せた腰が跳ねる。
 意識を飛ばすまで抱かないで欲しいとアトリは言うが、それくらいしないと逆に辛いだろう。
 
「耐えなくて良い」

 無茶を言うなと言いたげな瞳。
 ユーグレイは苦笑して、背を撫でていた手を服の中へ滑り込ませた。
 慌てたように後を追うアトリの手が、縋るように腕を掴む。
 薄い腹に触れて、指先をぐっと埋め込む。
 繋がって中を擦り上げる時、酷く反応を返すところだ。
 がく、とアトリが仰け反る。

「……ッ、う、あッ!」

 そうだ。
 どれほど淫蕩な表情を見たところで、それはユーグレイにとって感情を煽るものでしかない。
 アトリが必死になって耐える意味などどこにもないのだから。
 
「ここが好きだな、君は」

「あ、あ、……ぐ! ま、それ、強、すぎる、ってぇ……!」

 外からの刺激だけでも強烈な絶頂に至るらしい。
 辛うじてそう訴えたアトリは、堪え切れないとばかりに身体を撓らせて悶える。
 薄明かりでもそうとわかるほどに染まる肌。
 ユーグレイの腕を掴んだままの手を絡め取ってシーツに押し付けた。
 下腹部を押す指には、まだ力を入れたままだ。

「手を、握るだろう」

「ん、う? う、ッあ、あ」

「探知をした後だ。以前はしなかった。何故だ?」

「あ……、ぅ、な、に? て、手止め、ぇ」

 ぐり、と指先で抉るようにそこを刺激すると、アトリは悲鳴のような声を上げた。
 ここが抵抗の限界だろう。
 ああ、常であればもうその身体を穿っている頃合いでもある。
 激しく胸を上下させて、けれど全く落ち着く様子のないアトリも気付いているようだ。
 何故始めないのか、と訴える瞳。
 ユーグレイは慎重に動きを止める。

「僕の手をああも必死に握るのは、何故だ」

「手? あ、いま、それ」

 文句を言いたくはあったのだろうが、アトリは結局衝動を堪えるようにぜぇぜぇと息をした。
 彼は辛うじて頭を振る。
 ユーグレイの問いは理解が出来たらしい。
 答えなければいけないとは思ったようだ。
 ゆっくりと瞬きをして、アトリは言葉を選ぶように絞り出す。

「探知、すると飛ぶ、から。戻るのに、ユーグの手が、頼り、で」

 手の感覚が残るから、とアトリは続ける。
 そうか、とユーグレイは息を吐いた。
 視力強化という枠組みを超えた魔術。
 そもそもアトリ自身それをコントロール出来ている訳ではない。
 その威力に振り回され、魔術を解くことさえ容易ではないのか。
 自分で言っていてもおかしいとわかるのだろう。
 アトリは、少しだけ笑う。

「これさえ、なきゃ……、ユーグが、思うように、戦って、やれたけど、な?」

「君に不足があると思ったことはない。そうと言った記憶もないが?」

「……悪い」

 アトリは若干不安の滲む瞳をする。
 その言葉は単純に、ペアとしてユーグレイの力になりたいという願望から来るものだと知っている。
 それに、問われてまでは嘘を吐かないという約束を破ってもいない。
 呆れた訳でも、苛立った訳でもなかった。
 返す言葉に険が込もったのは、ただその魔術がユーグレイの認識より遥かに度を超えていただけだ。
 探知をすると、飛ぶ?
 戻るのに、手の感覚を頼りにしている?
 それは。
 
「いや、良い」

「…………ん」

 まだ微かに痙攣する下腹部を撫でて、下着ごとズボンを下ろす。
 腰を浮かせたアトリは、ほっとしたようにユーグレイの肩に額を押し付けた。
 後は、もう望むように身体に触れる。

 このまま。

 ここに閉じ込めてしまえば、良いのだろうか。
 そうすれば魔術を使うことなく、防衛反応に苦しむことなく、アトリは生きていけるのだろうか。
 ペアとして隣にいて欲しいと望むのは、あまりに残酷な話だったのだろうか。
 揺さぶられて泣くアトリを抱き締めて、ユーグレイはその思考から目を逸らす。
 夜は溺れるように蕩けるように、刹那に過ぎて行った。



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