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黒文鳥

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3章

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 ユーグレイの寝室は、やはりアトリと同じで私物が殆どない。
 ただ備え付けのチェストの上には数冊の本が積まれていて、どこか清廉とした気配に満ちていた。
 ユーグレイの匂いだな、と心地良く思うのはいつものことだ。
 ベッドに押し倒されると、整えられていたシーツが一瞬で乱れた。
 何が琴線に触れたのか。
 余裕のない表情のユーグレイに、唇を柔く食まれる。
 呼吸を奪うような荒々しさはないが、これからするのかと思えば安穏と受け入れられるものでもない。
 
「……っ、ユーグ!」

 肩を撫で、首筋を辿る右手。
 もう片方の手が服の裾から直に肌に触れ、脚の間に潜り込む。
 ひぇ、と色気のない声が漏れてアトリは僅かに上体を起こした。
 先程の口付けで否応なしに反応していた自身を、大きな手のひらが包む。
 人差し指と親指でぎゅうと先端を摘まれて、ひくと腰が浮いた。

「うっ、あ、ちょっと」

 左手を差し出したアトリに、ユーグレイは一瞬不思議そうな顔をする。
 ただ求められていることはわかったのだろう。
 彼はアトリの手に右手を絡め、そのままシーツに押しつけた。
 流れ込んで来るものは何もない。
 愛撫を受けるそこから微かに滑るような水音が聞こえる。
 かあ、と頬が熱くなった。

「い、や、そうじゃなくて! 魔力、は!?」

「魔力? 何故?」

「何故って、だっ、て」

 今日は現場で魔術を行使した訳でもない。
 だからユーグレイから魔力を受け取らなければ防衛反応は起きないのである。
 受け入れる身としては、訳がわからないほど気持ち良くなってしまうのが一番だ。
 恐らくは色々な手間もないし、ユーグレイだってそちらの方が楽なのではないか。
 けれど彼は心底わからないみたいな顔で、ゆるりと首を振った。
 
「必要ないだろう。いや、君が本当に辛いようであれば再考するが。何故、わざわざ?」

「は? え? だって、俺、それされないと普通に」

 そうなると、「女性」として快感を得るという前提が崩れてしまう。
 男として反応するし、当然出してしまうだろう。
 触れられたことがない訳ではないから、ユーグレイがそれを忌避するとまでは思わないが。
 ちゃんと出来るのか、彼はそれで快楽を得られるのか、少しだけ不安になる。
 ぐるぐると巡る思考を断ち切るように、アトリを責める手の動きが速くなった。
 待て待て、と掠れた声で訴えたところで、意味はないと知っている。
 くちゅくちゅと泡立つような音が大きくなった。
 
「……ぅ、く」

 辛うじてユーグレイの腕を掴んだが、その動きを止めるには至らない。
 止めて欲しいのかも、わからない。
 必死に唇を噛んで声を殺すと、ユーグレイは何を思ったのか追い詰める手を止めた。
 ふぅふぅと息を吐きながら、けれどやはり解放に至りたくて縋るような視線を向けてしまう。
 
「熱いな。気持ち良いのか、アトリ」

 静かな声は、少しだけ震える。
 労わるようにふわりと微笑むユーグレイは、限界まで張り詰めたそれを確かめるようにするすると撫でた。
 形を覚えるように指先が執拗に行き来する。
 その指は悪戯に後孔まで降りて来て、また熱の先端まで戻って行く。
 気持ち良いけれど、決定的な刺激ではない。
 イけそうで、イけない。
 
「お、前ぇ……ッ! そーいうの、さぁ!」

 寸止めとか、わざとだとしたら流石にちょっとどうかと思う。
 ただ幸いと言うべきか、ユーグレイは全くの無意識だったようだ。
 どうした、と素で問われてアトリは「どーしたもこーしたもない」と唸る。
 何が楽しいのか知らないが、こんなことではいつ解放してもらえるかわからない。
 アトリは短く息を吸うと、掴んでいたユーグレイの腕を思い切り下に引っ張った。
 ちゃんとイかせて欲しい、と小さく訴える。
 
「……………ああ」

 すうっと細められた瞳。
 見慣れた碧眼は、やけに鋭い。
 絡めたままの手に力が籠った。
 
「ん、っ………! ん、う゛っ、う」 

 遠慮のない手つきで性器を激しく扱かれる。
 性器の先端を爪で抉られて、熱が弾けた。
 ぎゅうと目を瞑って、堪え切れなかった声を幾つか吐き出す。
 こうやってまともに絶頂するのは、久しぶりかもしれない。
 浮いた脚から力を抜き、アトリは深く息をしながらぐったりとベッドに沈み込む。
 吐き出したもので下腹部の不快感が凄いが、仕方がない。
 止まっていたユーグレイの指先が、爪を立てたそこをつうと撫でる。
 ぼんやりと瞬いて、アトリは彼を見上げた。
 
「ユーグ?」

 達したばかりのふわふわした思考のまま、呼びかける。
 ユーグレイは、何も言わない。
 アトリはゆっくりと身体を起こした。
 掴んでいた彼の腕を摩って、その頬に手を当てる。
 覗き込んだ瞳は酷く飢えていた。
 ああ、だから。

「あんまキツイのは無理だけど、お好きなようにどうぞ」

 一応逃げを打ってしまったことは、見逃して欲しい。
 ユーグレイは僅かに目を見張って、それから絞り出すように「君が」と言う。

「君が、欲しい。アトリ」

 番を得ようとする雄の表情をして、ユーグレイはそう繰り返した。
 本能的に「これは随分と貪られそうだ」と悟る。
 貫かれる快感を知る下腹部が、疼いた。
 アトリは触れるだけの口付けをして、「良いよ」と答える。
 その肩口に額を擦り付けると、ぎこちなくではあるがゆるりと腰を揺らす。
 まだ性器を捕らえたままのユーグレイの手が擦れて、気持ち良い。
 
「ユーグが欲しいなら、欲しいだけ、良いよ」

 息を飲む音。
 喰らいつくような口付けを返されて、アトリはユーグレイの背に手を回す。
 咽喉の奥から、甘えたような音が漏れる。
 もっと、と媚びる響きに羞恥を覚える余裕さえなかった。
 欲しい。
 ユーグレイが欲しいと言ってくれるからあげたい。
 こいつのためなら、何を差し出しても別に構わない。
 でも、それだけじゃない。
 アトリは必死になってユーグレイを抱き寄せる。
 熱い身体が、応えるようにアトリを包んだ。
 息継ぎを促される刹那。
 何故か、泣き出したいような気持ちになった。 
 
「俺も、ユーグが欲しい」




 
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