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3章
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しおりを挟むなんかトラブってるっぽい。
そんな声を、恐らくいつもであればそう気にも留めなかったはずだった。
食堂に入って来たペアが、「さっき門のとこでさ」と少し興奮した様子で先にテーブルについていた同僚らに話すのが聞こえる。
「言い合いってほどじゃなさそうだったんだけど、管理員呼んだ方が良かったんかな?」
「現場出てるやつなら通信機持ってんだろ? 別に大丈夫じゃね?」
アトリたちだってカグと一悶着あったのだ。
そういうことはここでは決して珍しくない。
彼らも別段重くは受け止めていないようだが、「女の子のペアだったからさ」という言葉が続いて僅かな焦燥を覚えた。
気にすることはない。
もう今日は散々だったのだから、これ以上のことは勘弁願いたい。
「見ない感じのペアだったよな。片方、新人? やっぱ声くらいかけとくべきだったんじゃ……」
騒めきに背を向けた刹那、案じるようなその声を聞いてアトリはぐっと息を飲み込んだ。
女の子のペアで、片方は新人で。
何かトラブっている。
ユーグレイの前にペアだった人なんだよねぇ、今の。
そう言った少女の疲れたような表情を思い出す。
いや、別にそうだと決まった訳じゃない。
踏み出した足は食堂を出て、自然と門へ向かう。
確認するだけだからと自身に言い訳をして、けれど途中から逸る気持ちのまま廊下を駆けた。
階段を数段飛ばしで駆け降りて、緩やかに曲がる長い廊下を抜ける。
息が上がるより前に、通い慣れた門が見えて来て安堵した。
銀の門扉。
開けたその空間に、出来ればいて欲しくはなかった人影がある。
ふわふわした金髪に隠れて、その横顔から表情は窺えない。
「だから、お話なら改めてちゃんとしましょうって言ってますよね。今夜は、もう帰らせてくれませんか?」
固く突き放すような彼女の声。
リン。
呼びかけようとしたまま、アトリは立ち止まる。
石壁に背をつけて力なく項垂れているのは、ロッタだ。
リンは彼女を守るように一歩前に出て、目の前の少年に対していた。
どこか幼い印象の彼はやはりロッタの元ペアだった。
リンも少年も必死だからか、アトリに気付いた様子はない。
「気分が悪いって、前も言ってたじゃん。なあ、何で駄目なわけ?」
少年は掠れた声で、ロッタに問う。
不穏ではあるが、手が出るような状況には至っていないようだ。
だからこそ「なんかトラブってるっぽい」くらいで見過ごされてしまったのだろう。
元々門の付近はその日の哨戒要員くらいしか立ち寄らない。
足を止めるお人好しを待つには、向かない場所なのだ。
現に三人だけ、ぽつんと取り残されてしまっている。
ああ、こういう時は迷惑なんて考えずに周囲に助けを求めるよう教えておくんだった。
元ペアに問いかけられたロッタは、俯いたまま弱く首を振った。
第五防壁で会った時も体調が良くないなんて話をしていたが、どう見ても様子がおかしい。
ぼんやり観察している場合ではない、とアトリは一歩踏み出した。
「すみません。もう行きます、私たち。ロッタさん」
恐らくは押し問答を続けていたのだろう。
リンは丁寧に諭すだけ無駄だと切り替えたようだった。
ふい、と背後のロッタを振り返ってその手を取った。
肩を支えるようにして彼女を促すリンに、少年は傷ついたように顔を歪ませた。
彼は目の前で踵を返したリンの身体を、手でぐいと押しやる。
怪我をするような強さではなかっただろうが、彼女は反射的に小さく悲鳴を上げた。
「リン!」
ぱっとこちらを向いたリンと目が合った。
同時に少年も、怯えたような瞳をアトリに向ける。
ぞくり、と何故か耐え難いような危機感が思考を埋めた。
何でだ。
「……リン、ちゃん」
縋るようにリンの手を握ったまま、ロッタは絞り出すようにペアの名を呼んだ。
色を失った顔。
かくんとその身体が崩れ落ちるのを、リンは咄嗟に抱き止めようと腕を伸ばした。
駄目だ。
肌でそう感じる恐怖は、先日のそれと酷似していた。
魔術の暴発。
少女たちに手が届くまで、僅か数歩。
その距離が絶望的なほど遠く感じる。
何でさっさと割って入っていなかったんだと思う暇も惜しかった。
差し出されたアトリの手を、リンは無条件には掴まない。
驚いたように見開かれる蜂蜜色の瞳。
「リン、手を」
ロッタを抱き止めたリンの手が、ようやく動く。
けれど、もう。
間に合わない。
「ーーーーッ!!」
彼女の腕の中。
ガラスが砕け散るような音と共に、魔術が弾けた。
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