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3章
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しおりを挟むちょっと、待て。
眠りに落ちる瞬間のように、身体が重くなる。
対して意識は鮮明なままだ。
じわりと滲むような熱が、身体の芯に灯る。
これは防衛反応だろうか。
それとも、繋がった部分から伝わる潜在的な欲求だろうか。
どちらにせよ、これはちょっとまずい。
「…………ぁ、ーーーー?」
余計なこと考えてないできちんと寝かせてくれ。
まだアトリほど状況を理解してはいないはずのユーグレイにそう求めようとしたが、開いた口からは掠れたような音しか出て来ない。
眠らせようと作用する魔力に熱を求める意識が混ざり合って、訳がわからなくなる。
駄目だ、これ。
完全に失敗した。
「大丈夫か、アトリ」
言葉を発せなかったアトリに、ユーグレイが心配そうに問う。
薄く目を開くと、伝わってくる感情とは別に真剣な碧眼と視線が合った。
本心から案じてくれているのだろう。
けれどそれとは別に、まあ、そういう気分になることもあるよなと思った。
涼やかな顔をしていても、容赦なくアトリを抱くだけの欲求があることは既に知っていたはずだ。
若いし男だし、気持ちはわかるけれど。
ユーグレイの感情や感覚の影響をこれだけ受けるのに、この状態でしたらどうなるのか。
「アトリ?」
意識がはっきりしないと思われているのだろう。
ひたと頬に手を当てられる。
投げ出した手の甲が触れている敷布の感触。
心地の良い彼の体温。
きちんとそれらを感じ取れるのに、それ以上に。
ユーグレイから流れ込んで来る意識が大き過ぎる。
アトリは深く息を吸って、肺に空気を送り込む。
もうこのまま、寝たふりでもするか。
黙って瞳を閉じると、瞼の裏の薄闇に集中した。
「………………」
息を殺すような沈黙。
幸い身体は元から脱力したままだ。
繋げたものを切り離せたらそれが一番良いのだが、指の一本さえ自由を許されていない状態ではそれも難しい。
自然に魔術が解けるのを待つか、ユーグレイがそうと願うかのどちらかだろう。
つまりは前者に期待するしかない。
諦めて、ただゆっくりと呼吸を重ねる。
頬に添えられた手はするりと離れていき、不意に指先で唇をなぞられた。
「……ッ、は」
反則だろーが、それ。
反射的に開いてしまった瞳に、呆れたように笑うユーグレイが映る。
「何だ、意外と平気なのか? 防衛反応かと思ったが」
「…………う」
「だが『普通』ではないだろう。先程の魔術は何だ? 繋がっている、全部預けている、と言ったな」
返事をしないアトリをそのままに、ユーグレイには静かに思考を巡らせているようだった。
魔術の構築を任せるために神経を繋げるような真似をしてうっかり何もかもユーグレイに支配されている状態です、とか。
口が裂けても言えない。
言えないけれど、ユーグレイであれば結局それくらい見抜いてしまうのだろうという予感もあった。
「…………そうか。僕だからそこまで許した、と思いたいが。他の人間相手には決してやるな」
ほらやっぱバレてんじゃん。
流石に表情には出たようで、ユーグレイは眉を顰めて「聞いているのか」と念を押した。
もう自身の感情の揺らぎがアトリに伝わっていることはわかっているだろうに。
剥き出しの独占欲もその先にある欲望も、隠そうとしない。
「仕方がないだろう。根底にあるものを消すのは、流石に難しい」
アトリが言いたいことくらいはわかるのだろう。
自嘲気味に、彼は笑う。
「どちらにせよ、このままでは君も辛いだろう。素直に寝かせてやれれば良いが」
「……ユ、ーグ」
後頭部を支えるように寝かされて、顔のすぐ脇に手を着かれる。
抵抗の言葉は出て来ない。
「悪いが、これくらいは許して欲しい」
ぐ、と息を呑む。
いつ見ても端正な顔が近付く。
静かにユーグレイに唇を塞がれて、けれど、それだけだ。
それだけだと言うのに。
欲しくて堪らないのだと、痛いほどに伝わってくる。
「……っ」
重ねられただけの唇は、それ以上を求めて来ない。
もっと触れたいと、そんなに思っているくせに。
ただ偶然気が合って、事情もあって嫌悪感もないからと身体を重ねて。
ペアだし大切な親友だから、好意も当然あるし。
きっとそういう感情に流されることもあるだろうと思ったけれど。
そんなにか。
そんなに、欲しいのか。
ユーグレイが欲しがるほどの価値は、きっとこの身体にはないのに。
「アトリ」
ほんの僅かに離れた唇が、自身の名を紡ぐのをぼんやりと聞いた。
耐えるように細められる碧眼は、激情を湛えて澄んでいる。
欲しい。
瞬間迫り上がった感情は、ユーグレイのものではなく確かにアトリ自身のものだった。
そのまま離れていきそうな唇を咎めるように、舐める。
驚いたユーグレイが不意に手に力を入れて、ベッドがぎしりと軋む。
「……君は、ッ!」
隙間に差し込んだ舌先が、絡め取られた。
熱い。
そうして欲しかったことが伝わったのか、すぐに首筋に手が回った。
抱き返したいのに、動かない身体が鬱陶しい。
「ん、く………、ぅ」
口の端から唾液が溢れる。
気持ち良い。
ちらちらと視界が白んだ。
これ、イく。
「ーーーーーーぅ、ッ!」
胎の奥がじん、と震えるのがわかる。
ただいつものように身体は跳ねもせず、ぐったりとベッドに横たわったままだ。
それが、逆に辛い。
ユーグレイは静かに唇を離す。
「は、あ、あっ、ぁあ」
壊れたように、小さな喘ぎが喉から押し出された。
ユーグレイはアトリが達したことに、きちんと気付いたようだった。
宥めるようにこめかみを撫でて、困ったように少しだけ笑う。
イッたばかりの内部が、ずくずくと断続的に強く痙攣した。
これは、防衛反応の暴走だろうか。
わからないけれど、きっとこんな状態でユーグレイを受け入れたら壊れてしまう。
「い、やだ……。いま、は、挿れん、な」
「…………わかっている」
半分意識は飛びかけている。
必死に懇願したアトリに、ユーグレイは静かに頷いた。
頷いて、けれどもう一度唇を重ねる。
擦れ合う舌が、痺れた。
ああ。
重い快感が弾ける。
脳が白く溶けるような感覚。
何でこんなにも、気持ち良いのか。
堪え切れなかった叫びは、ユーグレイに飲み込まれて。
何故か酷く満たされたような気分で、ぷつりと意識が途切れた。
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