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3章
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しおりを挟む「意外と気ぃ遣うな、こういうの」
水滴の付いた麦酒の瓶を撫でて、アトリはぼやいた。
半日の聞き込みを終えて、いつもとは少し違う疲労感を抱えて夕食を終えたばかりだ。
ユーグレイはやけに大きな皿を持って向かいの席に腰を下ろす。
今夜はがっつりしたつまみが欲しかったのか、最早メイン料理と思しき塊のベーコンを丁寧に切り分け始める。
「いー匂いするー」
食堂のテーブルにだらりと突っ伏すと、ユーグレイは何も言わずにアトリの手にフォークを握らせた。
いや、食べるけどそういう扱い。
すぐ隣のテーブルから「またやってる」と笑い声が聞こえる。
「やっぱ何かありそうって話は聞かないなー。そもそも向こうは国として来てんだろ? ここで何かあって困るのは外の連中だろうし、変なことはしなさそうだけど」
少しだけ声を落としてそう言いながら、アトリは綺麗に焼き目の付いたつまみを口に放り込んだ。
防壁内の人が集まりそうなところに顔を出してそれとなく例のカウンセリングとやらの話を聞いてみたのだが、特別何がどうという話は出て来なかった。
生活や任務に関するアンケート。
任意で魔力の受け渡しや魔術発動のデータ採集。
至って、普通である。
「……セル、エル問わずではあるが、若干能力の高い人間に声をかけているような印象はあるな。それくらいの作為はどの国の使節団でもやるだろうが」
「あー、なるほど。道理で俺、あんまそーいうの声かけられた覚えねぇなって思った」
ユーグレイは静かに苦笑した。
あちこちから構成員の情報を集めれば、誰が優秀で誰が優秀じゃないかくらいはすぐ把握出来る。
アトリは皇国の出身でもないから早々に対象者から外されたのだろう。
まあ、声をかけられて果たしてそれを受けるのかと言われると怪しいところではある。
別段気にはならないのだが。
体調不良云々は明日第五防壁辺りで聞いてみるか、と決めると自然と会話はその一件から離れていく。
だらだらと飲みながら、いつもと同じように他愛のない話をする。
部屋を移ってからは今まで以上に一緒にいる時間が増えたが、窮屈どころかいっそ怖いほどに居心地が良い。
以前だって何をするにしてもユーグレイとが一番楽だとは思っていたが、流石にどうなのか。
「………………」
アトリは話題の切れ目でふと口を噤んだ。
ユーグレイは特に気にした様子もなく、麦酒の瓶を傾ける。
相変わらずの綺麗な所作で、さして高くもない酒を飲んでいるようには見えない。
世界中から様々な人間が集まっているが、彼は中でも目を引くタイプだ。
なかなかペアが決まらないと言いつつ、候補者が絶えなかったのだって当然だろう。
今更。
何故自分なのかと疑問が浮かぶ。
そりゃあ仲は良いしこうして結局五年も相棒をやっているし、特別であることは確かだが。
組織の中でだって、その気になって探せばそれくらい気の合うやつは他にも見つかるだろう。
「……もったいな」
「何が」
自然と口をついた呟きを拾われて、アトリは頬杖をついて「何でもない」と誤魔化した。
ああ、これは多分冷静になって考えてはいけないことだ。
ペアという関係は、カンディードにおいては何より重いものである。
その感情の線引きは、きっと難しい。
怪訝そうに細められた碧眼。
何か言いかけた彼の声に、「仲良しだねー」とのんびりした声が重なる
視線を向けると、同じテーブルの数席離れたところでニールが小さく手を振っていた。
気が付かなかったが、彼も夕食を終えたところらしい。
遠慮がちに一つだけ近くの席に移って、ニールは「こんばんは」と笑う。
カグは相変わらずだが、彼に限っては以前に比べ格段に声をかけてくることが増えた。
「お疲れ、ニール。カグは? 一緒じゃねぇの?」
「今日はお休みだったから。アトリくんたちほどいつも一緒ってわけじゃないし」
少しだけ揶揄うような声音は、親しい友人に対するように気安い。
威圧的な相棒の影に隠れていたニールは、こうして話してみる案外人懐っこいところがある。
とはいえユーグレイにはまだ遠慮があるらしい。
一瞬窺うような視線を向けて、大きな反応がないことに安堵したように続ける。
「ぼくが言うのも何だけど、やっぱり二人はそうじゃないと落ち着かないね」
「そりゃあ、どうも」
まあ、それはお互い様だけれど。
ニールは「それで」と首を傾げた。
「カウンセリングのこと、調べてるの?」
「…………え?」
「あれ、ごめんね。何かそうらしいって話を聞いたから……。もしかして秘密だった?」
先程の会話を聞いていて、そこからの推測かと思ったがそうではないらしい。
別に細心の注意を払って聞き込みをしていたわけではないが、半日でこれとは。
アトリとユーグレイは顔を見合わせた。
「ほら、やっぱ俺らこういうの向いてねぇんだって。先輩、完全な人選ミスだろー」
「目立つからな。君は」
「俺じゃなくてお前が目立ってんだっつの」
ユーグレイは何故か納得いかない顔をする。
ニールが「あのね」と控え目に口を挟んだ。
「そもそもアトリくんたちが一緒にいたら、やっぱりみんな注目すると思うんだけど。その、色々あったし」
そりゃあごもっともである。
彼は声を潜めると、ちらと周囲に視線をやった。
「あんまりこの話はしない方が良い? この前カグくんが使節団の人に声かけられたから、ちょっと気になって」
態度が気に食わないってカウンセリングは受けなかったんだけど、とニールは付け加える。
カグらしい。
アトリは諦めて首を振った。
「別に内密にしとけって言われた訳じゃないしな。大したことじゃなくて、まあ、適当な安全確認って感じだよ」
嘘ではないが、詳細まで話せば余計な心配を煽るだろう。
ニールは「そっか」と安心したように頷く。
「声かけてきたの、綺麗な人だったけどちょっと怖そうな感じがしたから。何かあったのかなって」
「あ、やっぱその人か。みんな言ってんな。仕事出来そうな眼鏡の美女に声かけられたーって」
今回のカウンセリングに関しては、どうもその女性が主に関わっているらしい。
もっとも眼鏡の似合うちょっとキツそうな美女という情報くらいで、名前さえわかってはいない。
下心ありでカウンセリングを受けた連中も軒並み撃沈しているというから、なかなかの強者だろう。
「皇国の研究院から来たって言ってたよ。カウンセリング兼ねて能力の査定もしたいって話だったんだけど、ぼくには興味がなかったみたいで……。無視っていうか眼中にないっていうか、とにかくそんな感じだったからカグくんが怒っちゃって」
「それは、また」
苦笑するニールに、アトリは肩を竦める。
何だか他人事ではなさそうな話だ。
話は聞いているくせに、ユーグレイは特に何も言わない。
「皇国の研究院から、か」
アトリはふとこめかみを押さえる。
使節団の一員として、研究院から?
あれ、それなら。
アトリの反応に、ニールは不思議そうな顔をして「どうしたの?」と問う。
その問いかけに「うん」と気の抜けたような返事をして、アトリはユーグレイを見た。
「ユーグ、明日ちょっと行きたいとこある」
何か力になれそうなことがあれば何時でも声をかけて下さい。
そう言ってくれたラルフは、皇国の研究員だったはずだ。
第四区画で出会ったあの人は、もう少し何か知ってはいないだろうか。
その邂逅を知らないはずのユーグレイは、何も聞き返さずただ「構わない」と答えた。
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