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黒文鳥

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2章

13

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 ベッドに押し付けられた両手。
 少し大きな手で包まれてから、指先を広げるようにして絡められる。
 ちりちりと火花が散るような感覚。
 
「や、め……、っユーグ!」

 覆い被さるようにしてこちらを見下ろすユーグレイは、アトリの制止など聞き入れる様子もない。
 抱き抱えられたまま、彼の自室まで連れて来られて。
 ベッドに寝かされたと思ったら、存外優しい手つきでローブとブーツを脱がされた。
 それすら声を殺すのに必死で、殆どされるがままだったのに。
 何が起こっているのか判断出来るほどの余裕はない。
 ただこの状況は、どう考えても普通の話し合いとは言えないだろう。
 アトリ、とユーグレイは低く名前を呼ぶ。

「前提として僕は、どのような事情があれ好ましくもない相手を抱こうとは思わない」

「は………、え?」

 指の間を撫でられて、アトリは顔を背ける。
 確かめるようなその動きは、あの夜と同じだ。
 意識した瞬間、ささやかな感触さえ柔らかい快感に置き換わった。
 ひくと震えた身体は、ユーグレイに押さえ込まれる。
 ぎし、とベッドが軋んだ。

「僕が嫌な思いをしただろう、か。全く、何も気付いていないのか。君は」

「な、何? ちょっ、ま」

 話の続きを、と言っていたのに。
 これでは全然何も理解が出来ない。
 絡めた指を片手だけ解いて、ユーグレイはアトリの首筋に触れた。
 それ、嫌だ。

「治療行為という口実を得たから、我慢出来ずに君を抱いたと言えばわかるのか?」

 我慢出来ずに、抱いた?
 首筋を辿った手が鎖骨を撫でる。
 自身で触れる行為などとは、比較にならない。
 明確な意思を持った指先が、皮膚を舐めるように滑っていく。
 アトリは咄嗟にユーグレイの袖を掴む。
 上手く身動ぎが出来なくて、快感の逃しようがなかった。
 見られたくないのに、止まらない。

「ん、くぅ…………ッ!」

「またイッたのか? アトリ」
 
 ユーグレイは鼓膜を擽るように笑う。
 胸元をゆるりと摩られて、喉の奥から声が溢れた。
 奥を突き上げられているような錯覚。
 互いに着衣のまま、肌が触れ合っている訳ではないのに。
 ぎゅうと、ナカが収縮するのがわかった。
 気持ち良い。
 気持ち良いから、だから。

「君だから抱いた。治療で誤魔化せる程度と思っていたが、歯止めが効かなかったことは謝ろう」

 何言ってるんだ、こいつ。
 だってあの時、苦しそうな顔してただろ。
 指先に力を入れて、アトリはユーグレイの袖を引っ張る。
 言い募りたいのに、気持ち良くて言葉が出て来ない。
 はあはあと呼吸を繰り返して、辛うじて「苦しかったくせに」とか細い声で訴える。
 意識を取り戻した時に見たユーグレイの表情を、痛みと共に思い返す。
 こんな役回りをさせたのかと申し訳なくて、だから。 
 ユーグレイは一瞬目を見張って、それから「当然だろう」と苦笑した。

「話しかけてもまともな反応がない君を前に、僕が平気な顔でいられるとでも?」

 はたと瞬いて、アトリはユーグレイを見上げる。
 それは確かにそう、かもしれないけれど。

「君がもう目を覚まさないかもしれないと言われて、気が狂うかと思った」

 吐き出された言葉の鋭さに、それが疑いようもなく真実であることを知る。
 指先から力が抜けて、手がシーツに落ちた。
 あう、と情けない声が出て、顔が歪むのがわかる。
 
「………じゃ、あ、嫌じゃなかったのか」

「だから、さっきからそう言っている」
 
 仕方ないみたいな顔をして、ユーグレイは小さく首を振る。
 胸元に触れていた手が、そっと頬に添えられた。
 それは快感を積み重ねるような動きではなく、ただひたすらに優しい接触だった。
 やっと深く息を吸って、アトリはその手の温度に目を閉じる。
  
「僕は、気持ち良かったなんて言葉だけでは言い表せない」

「…………ん、ぇ?」
 
「けれど、君にそのつもりがないことは思い知っていた。だからあの時限りと思っていたし、君が隣に戻って来るだけで十分だと思っていた」

 長い指が、するりと唇を撫でた。
 驚いて目を開くと、端正な顔が近付いて来る。
 
「だが、自覚がないだけなら話は別だ」

「じ、自覚?」

 鼻先が触れる程の距離。
 押さえ込まれた身体が、ユーグレイの熱を確かに感じている。
 彼の碧眼は獰猛な光を帯びて、鮮やかだ。

「アトリ。君はずっと、僕のことばかりだ」

「ーーーーは?」

「君がどう思ったかじゃない。僕が、どう思うかばかりだろう」

 嫌だっただろう。
 気持ち悪いと思われるだろう。
 だからユーグレイの隣にはいられないと思った。
 それが、一体。

「そんなに、僕に嫌われたくなかったのか?」

 ユーグレイに嫌われたくなかった。
 そんなのは当然だ。
 言い当てられた気恥ずかしさはあったけれど、他のことに比べれば大したことではない。
 アトリはただ頷く。
 彼はふっと何故か堪らないような表情をして。
 呆気なく、僅かな距離を埋められる。
 唇を塞がれて、言い訳のしようがないとぼんやり思った。
 治療なんかではない、互いの熱を分け合う行為。
 薄い唇は柔らかくあたたかい。
 怖いほどに、拒否感はなかった。
 
「ん……、んっ!?」
 
 ぬる、と唇を舐められ、隙間を割り開くようにしてユーグレイの舌が挿し込まれる。
 一際重く、腰が痺れた。
 舌を擦り合わせて、丹念に口腔を嬲られる。
 熱い。
 反射的に閉じた瞼の裏が曖昧に白くなった。
 止めたいのか、縋りたいのか、わからない。
 ユーグレイの襟元を掴むと、後頭部に回された彼の手に力が籠った。
 深くて、苦しくて。
 
「ん、っ………、ンぐ、うぅーーッ!!」

 溢れた唾液を吸われて、びくんと背が撓った。
 声を上げずにはいられないほどの、強烈な絶頂。
 指の先からつま先まで痙攣する。
 怖いくらいに、果てがない。
 ユーグレイはアトリの声を飲み込んで、やっと唇を離した。
 彼は満足そうに瞳を細めて、力の抜けたアトリを抱き締める。
 もっと。
 もっと欲しいと、身体が悲鳴を上げた。
 これだけ気持ち良くて堪らなかったのに、まだ。
 その上があることを、知っている。

「全部だ、アトリ。君の全てが欲しい。君以外は、いらない」

「はっ、あっ、あぁ…………あ」

 もう、良いのに。
 そんなに欲しければ、もう奪ってくれて良い。
 早く。

「悪いが、君が自覚するのを待つほど優しくはなれない。僕のペアに戻れ、アトリ。君でなくては駄目だと言ったのを、忘れたのか?」

 わかった。
 そんなのは、わかったから。
 後頭部を支えた手が、答えを促すように首の後ろを撫でる。
 アトリは荒い呼吸をしながら、ユーグレイを見つめた。
 彼は微かに顔を歪める。
 
「言われた通り、君のためだけに取っておいた台詞だが。それでアトリ、返事は?」

 はく、と口を開くが何から伝えたら良いのか思考が纏まらない。
 さっきからずっとイッているのだから、少しだけ待って欲しい。
 ユーグレイはわかっていないのか。
 いや、わかっていて急かすように「言うことがあるだろう」と責める。
 言うことが。
 確かに、あるけれど。
 
「もう、挿れて、ほしい」

 瞬間。
 ユーグレイの手が震えた。
 彼は何かを飲み込んで、沈黙した。 
 互いの息遣いだけが、部屋に満ちる。
 揺れる碧眼に捉われたまま、アトリは恐る恐る自身の口を押さえる。
 あれ?
 今、何か、とんでもないことを。

「あっ、え、待った。今の、なし」

「その発言の撤回は認められない。アトリ」

 ユーグレイは息を詰めて、獣のように喉を鳴らす。
 口を押さえた手を掴まれ、シーツに縫い留められた。
 反論など許してはもらえない。
 もう一度重なった唇は、遠慮なくその欲望を暴く。
 それはやはり嫌悪の欠片もなく、ただ。
 気持ち良くて、仕方がなかった。
 

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