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黒文鳥

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1章

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 凄い、気持ち良いんだろうな。

 浮かんだ感想はそれだった。
 聞こえて来たのは、声だ。
 まあ、単純にそういう時に出る類の声である。
 ただ安っぽいフィルムなんかで女性が出すような作った声ではない。
 安心して、素直に快感を享受しているとわかる。
 本当に大切な相手と繋がって、初めて出る声なんだろう。
 だから、どこだかわからないけれど近くで恋人同士がつい盛り上がってやっちゃってるんだろうなと思った。
 盗み聞きみたいになって申し訳ないが、こちらは耳を塞ごうにも身体は動かないし半分夢の中みたいな状態だから勘弁して欲しい。
 いや、でも近くない?
 大丈夫か、これ。
  
 やけに生々しい水音がして、アトリは瞬いた。

 眠っていると思っていたのに、目を開けていたらしい。
 薄暗い視界。
 少し固いベッド。
 目の前には人影がある。
 ぐぅっと下腹部から堪え切れないほどの快感が全身に走って、腰が浮いた。
 訳がわからないまま、それでも喉からは声が溢れる。
 あれ、これ、俺が喘いでんの?
 
「ーーーっ? あ、ぅ、うっ?」

 そっと脚を抱えられて、これ以上ないほどに胎の奥を暴かれる。
 気持ち良い。
 悲鳴のような嬌声を上げて、アトリは仰け反った。
 駄目だこれ。
 完全に、ヤッてしまっている。
 本来排泄器官であるはずのそこは、何の抵抗もなく相手を受け入れて悦んでいる。
 シーツを掴んで首を振ると、水色の入院着が視界に入った。
 それは大きくはだけていて、結局は相手と素肌で抱き合っている状態だとわかる。
 激しさはない。
 労わるように、優しく人影が動く。
 さらさらと銀髪が揺れて、見慣れた碧眼が細められた。
 ユーグレイだ。
 
 何だ、これ、夢じゃん。

 神経質そうな少し大きな手が脇腹を撫でて、アトリは呆然としたまま震えた。
 最悪だ。
 よりにもよって相棒を相手に想定するとか、ペアとして最低の所業である。
 一向に整わない呼吸を繰り返すと、ユーグレイは案じるようにアトリの喉元を摩った。
 それですら、快感に変換するのだから堪らない。
 脳の防衛反応と夢が混ざっているからだろう。
 ずっとイキっぱなしで、辛い。
 ユーグレイは均整の取れた身体を僅かに離して、アトリの腰を掴んだ。
 本当にこういう表情をするのだろうか。
 ちゃんと男の顔をしたユーグレイは、けれど苦しそうに眉を寄せた。
 ああ、ごめん。
 いくら夢だからって、こんな役回りをさせられたら不本意にも程があるだろう。
 申し訳なくて、アトリは彼に手を伸ばした。
 ユーグレイはそれを見て、ふっと表情を緩める。
 そしてアトリの手を掴むと、自身の頬に添わせた。
 あたたかい。
 そのままゆっくりと、手のひらに唇を当てる。
 
「ーーーーーーう」
 
 違う。
 違う、違う。
 この感触が、この温度が、夢であるはずがない。
 ユーグレイはアトリの腰を掴んだまま、あやすように中を擦った。
 
「いっ、あぁ」

 内部が激しく痙攣する。
 穿たれたそこは痛みも違和感もなく、ただ純度の高い快感を伝えて来る。
 ちかちかと視界が明滅した。
 
「ゆ……、ぐ、ユーグっ!」
 
 やめてくれ、と訴えたはずなのに、ユーグレイはアトリを揺さぶるのを止めなかった。
 奥を小刻みに突かれて、何度も絶頂する。 
 重く、深い波に飲まれて、掠れた声で喘ぐ。
 
「ーーーーーーう、あ! も、やめ……、ユーグ!」

 咥え込んだ熱いものが、中で震えた。
 駄目だと思うのに、アトリの内部はユーグレイを包んだままうねる。 
 泡立つような水音が、大きくなった。
 何でこんなことになっている?
 辿っても、辿っても、記憶は暗い海で意識を失ったところで途絶えている。
 何をどうしたら、彼に抱かれているなんて状況に陥るのだろうか。
 ぐっとユーグレイが息を詰めた。
 同じ男だから、まあ、理解出来る。
 驚くほどに、全く嫌悪感はなかった。
 ただ、怖い。
 ひゅっと喉が鳴った。
 けれど言い訳のしようがないほどに、身体はそれを待ち望んでもいた。
 ぐん、と押し込まれた熱が弾ける。
 叫ばずにはいられないほどの快感に、アトリは喉を晒して身悶えた。
 堪らない。
 こんな、こんなに気持ち良いなんて。

「ん、んぅ………、は、あ」

 長い長い忘我の末、永遠にも思えた余韻が少しだけ遠くなる。
 アトリはその快楽を追うようにゆるゆると腰を揺らした。
 もっと。
 荒く息をするユーグレイが、ふっと笑う。
 
「アトリ」

「あ………、あ? う?」

「アトリ、僕が、わかるな?」

 返答を促すように、ユーグレイはアトリの下腹部を軽く押した。
 まだ彼を飲み込んだままのそこは、その刺激に歓喜して熱を上げる。
 ただ強すぎる快感は、頬を打つような衝撃で逆に思考を引き戻した。
 何をしていた?
 羞恥で顔が染まるのがわかる。

「まだ駄目か?」

 埋め込んだ自身をなぞるように、ユーグレイはアトリの薄い腹を押しながら揺らした。
 中で吐き出されたばかりの精が、微かに音を立てる。
 アトリは僅かに上体を起こすと、彼の手を押さえて何度も頷いた。

「ゆ、ユーグっ! わか、る、からぁ!! それ、やめ……ろっ!」
 
 ユーグレイはやっと安心したような表情をして、手を離す。
 アトリはがくりとベッドに逆戻りして、顔を背けた。
 ぜぇぜぇと音のする呼吸に、ユーグレイは先ほどと同じように胸元を摩ろうとしてくれる。
 
「き、もちいいからっ、さわるな」

 アトリは顔を腕で覆って、必死に訴える。
 とにかく、もう終わったのだから、抜いて欲しい。
 消え入るような声でそう言うと、ユーグレイは「何故?」と答える。
 何故、とは。
 呆気に取られて、アトリは腕を下ろしてユーグレイを見上げた。
 繋がったままのそこは、まだ熱い。

「脳の防衛反応の、暴走か」

「ーーーーえ、何で、う、ぇ?」

 ユーグレイはゆっくりと腰を押し込めた。
 いつの間にか硬度を取り戻していたそれが、内部を滑るようにして奥へと。
 先ほどの残滓を摺り込むように、緩慢に最奥を愛撫される。
 突き落とされるように一瞬で、鮮烈な快感に飲まれた。

「本来感じるはずの痛みを性的快感に変換したというのは、合理的だな。脳が訴える痛みを誤魔化すことは難しいが、快感においては終着地点がある。脳の信号、実際の身体の反応、意識。それらを擦り合わせて終わりに導けば、暴走状態を収めることは可能だろう」

「んッ! く、うぅ」

「聞いているのか? アトリ」

 聞いているけれど、理解は出来ない。
 内壁を抉られる度に、意識が飛びそうになる。
 アトリは夢中でシーツに爪を立てて、後頭部を擦り付けるようにして必死に快感を逃そうと足掻く。
 どこが気持ち良い、ではない。
 全部が、堪らなく、気持ち良い。
 ああ、また。

「今の君にもわかりやすく言うなら、その暴走状態は、身体が正常に性的興奮を得て絶頂することで収まっていく」

 ユーグレイはそう言って、ぴたりと動きを止めた。
 何で、もうちょっとだったのに。
 どくどくと脈打つ音が耳元でする。
 違う。
 こんなことを、ユーグレイにさせては、いけない。

「も、もう、大丈夫、だから……ッ! 自分で、な、んとか、するから!」

 アトリの言葉に、彼はふっと笑った。
 呆れたような、若干馬鹿にしたような、悪い顔だ。
 君が? と問われてその声の温度に怯えた。
 
「自分でなんとかする? あれから三日間目を覚ます気配もなかった、君が? こうしていなかったら、今だって眠ったままだったはずなのにか?」

「…………う、ちょっ、待っ!!」

 ぎしり、とベッドが軋む。
 ずるりと引き抜かれていくそれに、喉が鳴った。
 これで終わりにしてくれるだろう、とは到底思えない。
 
「意識が戻っただけ、という自覚はあるのか? アトリ。こんな状態で、なんとかするも何もないだろう」

 そう指摘されて、言葉もない。
 咥え込んでいたものの大きさに比例して、胎の奥は喪失感を訴えていた。
 抜かないで欲しいと、内壁はユーグレイを締め付ける。
 彼だって当然気付いているだろう。
 
「自業自得だ、アトリ。いいからもう、諦めろ」

 それまでの慮るような動きではなかった。
 アトリが逃げないように腰を押さえて、ユーグレイは鋭く最奥を穿った。
 そのまま、激しく揺さぶられる。
 息をしているか、わからない。
 気持ち良い。
 苦しい。
 視界が滲んで、狂ったような自身の喘ぎに嗚咽が混ざった。
 ここまで醜態を晒して、挙句泣いているらしい。
 意識が戻った時に見た、彼の苦しげな表情が脳裏を過ぎる。
 ユーグレイにこんなことを強いたのは、アトリだ。
 嫌だろうし、気持ち悪いだろう。
 望まぬ行為をさせたのであれば、彼を穢したも同然だった。
 それなのに。
 責めるような動きはそのまま、ユーグレイは指先だけは優しくアトリの目元を拭う。
 
「お、まえに………、こんな、こと………………」

 お前に、こんなことを、させたくなかった。
 させるべきじゃなかった。
 謝りたいと思ったのに、ユーグレイはそれを許してはくれない。
 言葉を聞き終えることなく、彼は唐突にアトリの性器を握った。
 目を逸らしてはいたが、やはり殆ど反応していなかったそれを乱暴に擦られて「いやだ」と叫ぶ。
 これ以上は、無理だ。
 壊れてしまう。
 アトリは半ばパニックになって泣き喚きながら、ユーグレイの手を掴んだ。
 ただそれを阻むほどの力は残っていなかった。
 エルが概念的に女性であろうと、アトリはどうしたって男である。
 反応は、早かった。

「そんなに辛いなら、思考を放棄していれば良い」

 もう何も考えるな、とユーグレイは淡々と言った。
 滅茶苦茶だ。
 頭の中は真っ白で、言われなくても理性の欠片もない。
 がくがくと腰が跳ねた。
 ユーグ、ユーグ、と訳もわからず名前を呼ぶ。
 中でユーグレイが果てるのと同時に、アトリは彼の手を汚した。
 その後のことは。

 言われた通り思考を放棄したせいで、あまり覚えていない。

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