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1章
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しおりを挟む0地点。
それは正しく「魔術師」と呼ばれる人々が生きていた時代からの、遺産である。
大国の集まるレンゲット大陸の東。
東エドラ大海のほぼ中央にそれは位置する。
古の魔術師たちが編み出してしまった禁呪の成れの果て。
それが「0地点」と呼ばれるものだと、現代ではそう考えられている。
通信網も発達し大陸ではそろそろ航空機が台頭するかと言われているこのご時世に、何をファンタジーなと言われるのは当然である。
けれど仕方がない。
第一防壁の先、どの映像保存機器を以てしても0地点の画像を得ることは出来ていない。
未だそこがどうなっているのか、誰も知らない訳である。
そして黒い魚影として現れる、人魚。
0地点から現れるそれは、人を飲み込むと異形に姿を変えて元来た場所へと引き返す。
連れ去られた人間は、生死不明。
生きて帰って来た者は勿論のこと、遺体ですら戻って来た者はいない。
幸いと言うべきか、この物騒な0地点はかつての魔術師たちが築いたとされる五つの防壁に囲まれている。
防壁には解析不能な文字がびっしりと刻まれ、それは人魚が外界へと出るのを防ぐ魔術なのだろうと言われていた。
現状、0地点から現れる人魚は一日に二、三匹ほど。
そのうち一匹程度が、五つの防壁を越えて外界に出て行くだけの力を持つと言われる。
じゃあ防壁に機関銃でも備え付けておけば良い、と言う話でもない。
人魚に、現代兵器は通用しない。
文字通り掠りもしないのだから、それだけで脅威である。
放置すれば、人魚は際限なく0地点から湧き出でて人を攫って行く。
その人魚を狩る者。
魔術師たちの遺志を継ぐ者。
それが、五つの巨大な防壁内に拠点を置く「カンディード」と呼ばれる組織である。
「え? 招集? いやー、俺まだちょっと頭痛が」
アトリは癖のない黒髪に指を入れて、側頭部を揉んだ。
そのまま右手に持ったサンドウィッチをぱくりと頬張る。
柔らかいローストビーフに瑞々しいレタス。
安定の美味しさに安心する。
流石は食堂の人気メニューの一つだ。
「昨日は腹痛とか言っていなかったか?」
冷え冷えとした声で、向かいに座ったユーグレイが言った。
アトリは吹き抜けの天井でクルクルと回る大きなファンを見上げてから、愛想のない友人を見る。
ユーグレイ・フレンシッド。
少し長めの銀髪を結えた碧眼の青年は、支給品の灰色のローブを品良く着こなしている。
同じものを着ているというのに、全く格差というやつは。
長身でどことなく所作に育ちの良さが漂うこの友人は、相変わらず何でこんなとこにいるのか良くわからないほど王子様然としていた。
その無愛想な王子様は、熱いブラックコーヒーとカットしたフルーツでご朝食らしい。
ホント、王族か。
「何度も聞いて悪いけどさ、足りる? それ」
「……朝はこれで十分だ」
「やーい、低血圧ー」
何の煽りだ、と抑揚なくユーグレイが返した。
ほんの冗談でも不敬罪で首が飛びそうと言ったのは、同期の誰だったか。
壊滅的に愛想のない彼は、カンディードにおいてやはり少し敬遠されている。
良いから作り笑いしとけ、王子様。
と、揶揄うように言ってみたこともあるがそれは本気で嫌な表情をされたので、反省した。
それ以来とやかく言うのはやめにしている。
とりあえずこうしてアトリと下らないことを話している分には、近寄りがたさも軽減されるようだから良しとするべきか。
「話を逸らすな、アトリ。腹痛はどうした?」
「腹痛は、腹痛はそう。こう迫り上がってきて頭痛に進化した感じ」
「………………」
「明日には、多分治ってんじゃないかなって思うんだけど」
「アトリ」
はい、と答えてアトリは残りのサンドウィッチを口に放り込んだ。
長いテーブルがいくつも並ぶ食堂は、丁度朝食時で穏やかに賑わっている。
防壁内には採光用の窓は一つもないが、壁や天井にこれでもかと設置された照明は僅かな暗がりさえ作らない。
斜め向かいのテーブルに座っていた顔見知りのペアが、またやってるよとばかりにこちらを見て笑った。
アトリを甘やかすなよユーグレイ、と余計な一言まで飛んで来る。
まだ観念はしていないが、アトリは軽く両手を上げて見せた。
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