24 / 32
23
しおりを挟む記念ホールの第二会場。
三百人ほどを収容出来る、やや小さいホールが今夜の舞台だ。
チケットはすでに完売。
ステージに向かって緩やかに下る客席には、やはり女性客が多い。
客席の最後方には音響卓があり、何だかごついカメラが配置されている。
ファンクラブの会員限定で配信もあるそうで、舞台袖のスタッフ含めあちこちかなり忙しいようだ。
鮮やかに照らされたステージで、ジャックは軽快に話を続けていた。
「ーーーーってことで、結局オレが後片付けまでしてさ。スタッフさんも帰っちゃって、オレが警備室にお疲れ様ですーって鍵返しに行きましたよ!」
一時間半の公演。
一体何をそんなに話すことがあるのかと思ったが、舞台袖で聞いていても実に多彩な話をする。
他愛無い世間話から始まり、ここ最近の業界の噂やら小ネタやら。
観客からのリクエストや質問を受け、自虐を混ぜた失敗談を披露すると会場は一気に笑い声に満ちた。
別段興味のないレンが聞いていても多少は話の内容が入ってくるのだから、やはり語る力はそれなりにあるのだろう。
「ね、レン。これ終わったら帰りにご飯買って、また車で食べようよ」
まあ、アルエットは全く彼の話を聞いている様子もないから一流とは言えないのかもしれない。
「良いけど飯? ここまで来て飯の話? 緊張感どっかに置いてきちゃってんのかな!」
繰り返すが、舞台袖である。
少し先はライトが煌々と当たるステージだ。
そしてそのステージに、これから立とうとしている。
面白おかしくおしゃべりをしに行く訳ではない。
上手くいくとも限らない、上手くいったとして拍手で称えられることは決してないだろう。
緊張感と聞いて、アルエットは「だって」と平然言い放つ。
「レンが一緒なんでしょう? なら、大丈夫」
「……あ、そうですか。よくわからない理屈だけど平常運転なのは助かる」
半ば賭けでもあったレンの提案を受けて、ジャックの行動は早かった。
レンとアルエットをサプライズゲストとしてステージに上げると決めたジャックは、すぐにショーのスタッフを呼んだ。
スタッフは驚きながらもそういう無茶振りに慣れているのだろう。
一時間程度で今晩のショーの構成、レンたちに求める解説の程度について端的に教授してくれた。
配信も入るのでくれぐれも発言に注意して欲しいと何度か釘を刺した辺り、あのスタッフは優秀である。
ステージに呼ばれるのは、メインとなる儀式に関する話題に入ってから。
まもなくである。
「どう転んでも上に怒られること請け合いだから、やっぱ無理ってのもありだけど?」
進行を任されているスタッフが「そろそろ準備お願いします」と声をかけてくる。
アルエットが一緒に来てくれるのは都合が良いが、それは別に絶対条件ではない。
彼女がいなくても、ジャックを否定して儀式の「正当性」を根底から覆すことは恐らく可能だ。
例え相手がレンより話術に長け、ステージで語るという経験を圧倒的に積んでいても。
レンは二ルフェリア財団の研究員である。
その立場を、容易く得たわけでもない。
アルエットは酷く静かな瞳でレンを見上げて、
「そっか、怒られちゃうんだ。でもそれならレンがここまですることもないと思うけどな」
そう、あっさりと言う。
本来はイグナートが上層部に掛け合ってくれるのも待つのが正しい。
それを待たずに動いているのは、完全にレンの独断である。
「Rデータからみんなを守りたい? それとも、レンはRデータを守りたいのかな」
息を飲むほど鋭く、躊躇いもなく彼女は言った。
それはアルエットの直感だろうか。
思いがけず本心に肉薄されて、レンは取り繕うことなく苦く笑う。
そうだ。
そもそもRデータの被害は、人が想像や言葉で情報を付加することによって変異して初めて起こることが殆どだ。
有り体に言えば、七、八割のRデータが「完全に無視」すれば無害であると考えられている。
だから本来はこれほど多くのRデータを解体、破壊する必要はないはずなのだ。
あるのが当たり前で、根絶など出来ないものを相手にすることほど馬鹿馬鹿しいことはない。
Rデータが「敵」なのではない。
人が、Rデータとの接し方を間違えている。
「あの人がやってることは不特定多数を危険に晒し、且つ本来は対処しなくても良いはずだったRデータを発生させる行為だ。挙句こちらの話は聞きもせずあの態度。何を守る云々の前に、個人的に非常に不愉快だ」
ともあれその話を始めると長くなる。
この件に関してはやっていることが悪質で本人に状況改善の協力が得られなかったため、よしじゃあ社会的に痛い目見てもらおうという気になっただけだ。
主任には割と真面目に怒られるだろうし始末書では済まない可能性もあるが、状況的には情状酌量の余地があると見た。
アルエットは「そうだね、あの人どう考えても悪い人だよね」と頷く。
舞台袖で各所指示を出すスタッフに聞かれなかったか心配になるほど、はっきりとした物言いだった。
幸い関係者はそれどころではないらしい。
スタッフの一人がトランシーバーで照明に呼びかけ、ステージの光量が落ちる。
「私はレンが行くなら一緒に行くよ。セットだもんね」
アルエットの柔らかい声は、会場からの拍手で半分掻き消された。
ジャックがステージ前方に出て、Rデータに関する話を始める。
それは客観的に、実話というよりは脚色された「怪異譚」に聞こえた。
その間、スタッフが手早くステージに椅子をセットする。
一脚と少し間を空けて二脚が並ぶ。
これから対談形式でジャックの儀式について解説する。
タイミングを見計らって、スタッフがレンにハンドマイクを手渡した。
意外と重さがある。
「ってことでこの話をぜひ聞きたいってゲストが来てくれてんだよねー! いやまじホント、サプライズゲスト! 多分みんな驚くよ?」
ステージがぱっと明るくなり、ジャックがこちらに手を向けた。
傍に控えていたスタッフが「どうぞ」と促す。
踏み出した一歩は軽くはなかったが、案外思考は冷静に巡っていた。
当たり前になってしまった距離で、アルエットがレンを見上げる。
さて反省してもらいますか。
そう殆ど口だけで、レンは彼女に言った。
聞こえなければそれはそれで構わなかったが、アルエットは正しくレンの言葉を受け取ったらしい。
珍しく悪い顔で微笑んで、彼女はレンの手を引いて踊るようにステージに踏み出した。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

一人じゃないぼく達
あおい夜
キャラ文芸
ぼくの父親は黒い羽根が生えている烏天狗だ。
ぼくの父親は寂しがりやでとっても優しくてとっても美人な可愛い人?妖怪?神様?だ。
大きな山とその周辺がぼくの父親の縄張りで神様として崇められている。
父親の近くには誰も居ない。
参拝に来る人は居るが、他のモノは誰も居ない。
父親には家族の様に親しい者達も居たがある事があって、みんなを拒絶している。
ある事があって寂しがりやな父親は一人になった。
ぼくは人だったけどある事のせいで人では無くなってしまった。
ある事のせいでぼくの肉体年齢は十歳で止まってしまった。
ぼくを見る人達の目は気味の悪い化け物を見ている様にぼくを見る。
ぼくは人に拒絶されて一人ボッチだった。
ぼくがいつも通り一人で居るとその日、少し遠くの方まで散歩していた父親がぼくを見つけた。
その日、寂しがりやな父親が一人ボッチのぼくを拐っていってくれた。
ぼくはもう一人じゃない。
寂しがりやな父親にもぼくが居る。
ぼくは一人ボッチのぼくを家族にしてくれて温もりをくれた父親に恩返しする為、父親の家族みたいな者達と父親の仲を戻してあげようと思うんだ。
アヤカシ達の力や解釈はオリジナルですのでご了承下さい。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる