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しおりを挟む『いやー、オレ結構そういうの気配とかわかっちゃう人なんで、話のネタに事欠かないんすよね。そういうの含めて財団に怒られるギリギリまで色々語っちゃうんで、ぜひ! チケット少なくなってるんで早めにお願いしまーす!』
呑気にトークショーの宣伝を終えたコメンテーターが、画面の中で手を振る。
続いて見慣れたアナウンサーが正午を告げた。
いつものように熱いコーヒーを用意して、トーストしたパンを齧る。
今日は重く暗い曇天で、窓は早々に閉めてしまった。
昨夜の報告書の作成に取り掛かろうと端末を開き、キーボードに触れて。
けれど結局、レンは諦めて端末を閉じた。
いやだって、おかしい。
「レンは、もうちょっとちゃんとしたご飯を食べた方がいいと思う」
ただトーストしただけのパンをもそもそと咀嚼しながら、アルエットが言った。
バターもなければ当然ジャムなんかもない。
加えてミルクや砂糖も買っていないから、ブラックコーヒーを飲めないらしい彼女はちびちびと水を飲んでいる。
なお食器も少ないため、水が入っているのはスープ用の小さな器だ。
「もっと栄養摂らないとだめだよ。お肉とか、野菜とか、魚とか。倒れちゃうよ?」
来客を想定していない部屋には、当然椅子も一脚しかない。
アルエットはコートを脱いで丸めて床に置き、その上に腰を下ろしている。
その光景もさることながら、常識を逸脱した彼女に食の大切さを説かれる事態に混乱する。
加えて。
無言でコーヒーを飲みながら、あちこちに積み上げられた本や資料をちらちらと眺めているのはカイトだ。
こちらは時折壁に寄りかかったり、床にしゃがみ込んだりと忙しない。
全く不思議なことに、目を覚ましたら二人は既に我が物顔で部屋に居座っていたのである。
「え、だから何で?」
「何でって。だってレン、絶対体力ないよね?」
「さらっと酷い言われよう! じゃなくて、何でいんのかって聞いてんの!」
赤い大きな瞳を瞬かせて、アルエットは「覚えてないんだ」と考え込むように頷いた。
財団のコートを脱いでいるせいか、或いはいつもハーフアップに纏めている髪を下ろしているせいか。
アルエットはいつもより「普通の女の子」然としていて、それもどうも落ち着かない。
何故。
懸命に辿った記憶は、カイトに車に乗るよう促された辺りで途切れていた。
「財団に着いたら、レン、一人で歩いて帰るって言うから。心配だし送ってあげたの」
ああ、そういう。
記憶にはないが、さして驚きはなかった。
こう言うのも何だが、シオの発動後は割とよくあることだ。
「それでレンってば、部屋に入ったらすぐベッドに直行で寝ちゃったの。でもやっぱり心配だったから、泊まらせてもらったんだ」
「なる、ほど?」
そこでカイトを見ると彼は彼で何とも言えない表情のまま、
「オレはイグナートさんにアンタらのことを頼まれたわけだから、仕方なくだっての。言うなれば業務の一環ってやつ」
焦茶の猫っ毛を掻きながら、不本意そうに言う。
アルエットに無視されながら、それでも結局は心配でついてきたのだろう。
男の部屋に転がり込む彼女を置いて帰るという選択肢は、少年にはなかったらしい。
そうして、この狭い部屋で三人が顔を突き合わせると言う状況が生まれたわけか。
「なるほど」
流石に申し訳なくて、レンは額を押さえたまま呻くように息を吐いた。
「ちゃんと言ってなかった俺が悪いけど、まず保有データ発動後の俺が倒れても放置で良い。単純に寝落ちてるだけだから、雨風凌げるとこに置いてってくれれば言うことない」
「………………」
アルエットも、カイトも、何も言わない。
気にかけてくれることを馬鹿馬鹿しいと言うつもりは当然ない。
けれど、そんな配慮は勿体ないとレンは思う。
レンはそもそも、こうなのだから。
「ちょっとやばいのに当たったら、俺結構な確率で夢の世界に一人逃げだから。その辺はざっくり対応してもらえると助かる」
「は? ヤバいのに当たって寝落ちとか、そっちのがヤバいじゃん。んで置いてけとかさ、どーいう話なんだよ。頭おかしいだろ」
そこでカイトから反論があるとは思わなかった。
だが思えばアルエットは同じデータ憑きで、シオは一度アンリエッタの挨拶を躱している。
だから放っておいても大丈夫なことは、よくわかっているのだろう。
苛立った口調の少年に、レンは少しばかり驚きながらも「別におかしくない」と首を振る。
「シオは、Rデータ相手なら必ず俺を守る」
例外も失敗もない。
必ずだ。
一瞬怯んだような表情をしたカイトが、「でも、普通に危ないだろーが」と食い下がる。
八つ当たりで反論を続けている訳ではないようだ。
彼の指摘は真っ当なものである。
思った以上に良い少年だ。
レンは思わず笑ったが、カイトは対して不愉快そうに眉を寄せた。
馬鹿にしてる訳じゃないと軽く両手を挙げて、レンは「そうだな」と続ける。
「Rデータ『以外』は、確かに状況による。シオは純粋な身体強化って訳じゃないから、寝落ちの瞬間に階段から落ちてとか車に轢かれてとかは防げないんだとは思う」
曖昧な表現になるのは、実例がないからだ。
これまで調査班として活動する中、一人で意識を失う場面には少なからず遭遇している。
けれど実害を被ったことは一度としてなく、意識を失った場所で目覚めることもあれば無意識のまま帰宅したのか、自宅で覚醒することも稀にあった。
Rデータからであれば『必ず』。
それ以外だと『必ず』という絶対性は失われる。
恐らくは、それがシオの限界だ。
「まあ、一晩外で熟睡して結果風邪引いて寝込むとかいう事態には多々陥った実績があるから、屋根があるとこには連れてって欲しいんだけど」
今後があったらの話だが。
カイトは僅かな沈黙の後「ふぅん」と言ったきり、コーヒーを飲んでそっぽを向く。
肝心のアルエットはといえばつまらなそうに空になったスープカップを覗き込んで、やっとこちらを見上げた。
お話はおしまい? と首を傾げる辺り、果たして理解してもらえたのか怪しいところである。
「どうでもいいけどさ。てか体調不良って訳じゃないんだったら、イグナートさんから直接報告に来るようにって連絡が来てるんだけど。オレたちはアンタらと違って忙しいんだから、さっさと準備しろよな」
不機嫌そうに、カイトは大事な話を付け加えた。
レンは、んぐと口に含んだコーヒーを慌てて飲み込んだ。
あのイグナート・セナスから早々のお呼び出し、とは。
ちらとテレビで時間を確認して、「ぐぇー、初耳ー」とぼやく。
十二時、まもなく半を回ろうかという時間だ。
「だからっ、体調不良だったらって!」
わかっている。
気に食わない相手でも、多少心配はしてくれているのだろう。
その性根の良さが伝わればいいと、レンも思う。
そうすれば案外、アルエットと上手くやっていけるのではないだろうか。
カイトはぐっと続く言葉を飲み込んで、「だから、早く準備しろって言ってんだろ!」と良識の範囲内で怒鳴った。
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