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5月
第6話 雨の通学路。
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「茜、どうしたの?」
ボサボサ頭でパンをくわえ、2階からダッシュで降りてきた碧は息を切らした。
「碧にちょっと話があってさ。朝っぱらからごめん。パン食べながら聞いて。」
茜はまた眉をハの字にして困ったように笑っている。2人は傘を並べてゆっくりと歩き始めた。
「改めてさ、私は碧のことが羨ましいんだよ。」
茜は水たまりを蹴った。
「私、絵描く以外何もできない。私こそ、茜が羨ましい。」
碧はパンを不味そうにかじっている。
「そこが羨ましいんだってば。」
茜は水たまりを投げやりにもうひと蹴りして碧をすっと見据えた。碧は怯んで何もいえなくなった。
「絵描けたらそれでいいのに、私。碧のように自由に絵を描けるんだったら、勉強も、スポーツも、音楽も何もできなくたっていい。」
茜の声が震えた。止まりそうなほど遅い足取りでふたりはしばらく黙って歩いた。たった2分ほどの沈黙が碧には果てしなく長く感じられた。傘で顔を隠した茜からはときどき鼻をすする音が聞こえた。
どんなに考えても碧には茜の気持ちがわからない。茜のように勉強ができればどんな高校にだって入れるし、スポーツや音楽ができれば友達を作るのに困ることもない。茜の絵はたしかに賞を取るには足らないところはあったが、それでも世間一般からすると誰がどう見ても「上手な絵」だった。
「茜、絵、上手だよ?誰がどう見ても。」
碧の胸はドキドキと締め付けられて苦しい。とうとう茜は肩を震わせて泣き出した。
「そんな絵じゃ、だめだ。」
「美術高校に進学するならわかるけど、でもみんなから見たら茜はとても上手だよ。」
「私、美術高校に進学したいの!」
茜は傘を上げて怖い顔をして碧をにらんだ。ぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくる茜。碧はこれまでの自分を振り返って地に突き落とされるような感覚を覚えた。
「みんな、進学校に行くと思ってるんだよね。でも私は絵が好きなの。絵が描きたい。碧のように自由に、心から絵が好きだって言いたい。でも、賞も取れないような私が、そんなこと言えない。」
茜はついに立ち止まって両手で顔を覆った。肩にもたれさせた傘は上向いて雨は茜の髪を打った。少し前を歩いていた碧は急いで茜に駆け寄って、茜の傘を閉じ、自分の傘に茜を招いてぎゅっと抱きしめた。
「碧、私どうしたらいいの。こんなに絵が描きたいのに、3年間一生懸命描いてきたつもりだったのに。賞ひとつ取れなくて、美術高校に行きたいだなんてバカみたいなこと考えて。でも行きたくて。」
「茜の気持ち、知らなかったのよ。ごめんなさい。茜は絵を描いてもいいんだよ。一緒に描こう。塾の先生やお母さんがダメって言っても、クラスのみんなが笑っても、自分でバカみたいって思っても、私がいいって言うから。だから、泣かないで。」
訳もわからないまま碧も泣いていた。二人はまだ誰も通らない通学路の真ん中で雨に打たれて泣いた。
「碧、ありがとう。私、美術展に出る。」
茜は碧の懐から顔を上げてぐしゃぐしゃの顔で思いっきり笑った。碧はスケッチブックを取り出す衝動に駆られたが今はただ同じようなぐしゃぐしゃの顔で笑い返したかった。
「このパンあんまり美味しくないな。」
碧はかじっていたパンを半分茜に渡した。雨は止んで通学路をつやつやと輝かせていた。
ボサボサ頭でパンをくわえ、2階からダッシュで降りてきた碧は息を切らした。
「碧にちょっと話があってさ。朝っぱらからごめん。パン食べながら聞いて。」
茜はまた眉をハの字にして困ったように笑っている。2人は傘を並べてゆっくりと歩き始めた。
「改めてさ、私は碧のことが羨ましいんだよ。」
茜は水たまりを蹴った。
「私、絵描く以外何もできない。私こそ、茜が羨ましい。」
碧はパンを不味そうにかじっている。
「そこが羨ましいんだってば。」
茜は水たまりを投げやりにもうひと蹴りして碧をすっと見据えた。碧は怯んで何もいえなくなった。
「絵描けたらそれでいいのに、私。碧のように自由に絵を描けるんだったら、勉強も、スポーツも、音楽も何もできなくたっていい。」
茜の声が震えた。止まりそうなほど遅い足取りでふたりはしばらく黙って歩いた。たった2分ほどの沈黙が碧には果てしなく長く感じられた。傘で顔を隠した茜からはときどき鼻をすする音が聞こえた。
どんなに考えても碧には茜の気持ちがわからない。茜のように勉強ができればどんな高校にだって入れるし、スポーツや音楽ができれば友達を作るのに困ることもない。茜の絵はたしかに賞を取るには足らないところはあったが、それでも世間一般からすると誰がどう見ても「上手な絵」だった。
「茜、絵、上手だよ?誰がどう見ても。」
碧の胸はドキドキと締め付けられて苦しい。とうとう茜は肩を震わせて泣き出した。
「そんな絵じゃ、だめだ。」
「美術高校に進学するならわかるけど、でもみんなから見たら茜はとても上手だよ。」
「私、美術高校に進学したいの!」
茜は傘を上げて怖い顔をして碧をにらんだ。ぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくる茜。碧はこれまでの自分を振り返って地に突き落とされるような感覚を覚えた。
「みんな、進学校に行くと思ってるんだよね。でも私は絵が好きなの。絵が描きたい。碧のように自由に、心から絵が好きだって言いたい。でも、賞も取れないような私が、そんなこと言えない。」
茜はついに立ち止まって両手で顔を覆った。肩にもたれさせた傘は上向いて雨は茜の髪を打った。少し前を歩いていた碧は急いで茜に駆け寄って、茜の傘を閉じ、自分の傘に茜を招いてぎゅっと抱きしめた。
「碧、私どうしたらいいの。こんなに絵が描きたいのに、3年間一生懸命描いてきたつもりだったのに。賞ひとつ取れなくて、美術高校に行きたいだなんてバカみたいなこと考えて。でも行きたくて。」
「茜の気持ち、知らなかったのよ。ごめんなさい。茜は絵を描いてもいいんだよ。一緒に描こう。塾の先生やお母さんがダメって言っても、クラスのみんなが笑っても、自分でバカみたいって思っても、私がいいって言うから。だから、泣かないで。」
訳もわからないまま碧も泣いていた。二人はまだ誰も通らない通学路の真ん中で雨に打たれて泣いた。
「碧、ありがとう。私、美術展に出る。」
茜は碧の懐から顔を上げてぐしゃぐしゃの顔で思いっきり笑った。碧はスケッチブックを取り出す衝動に駆られたが今はただ同じようなぐしゃぐしゃの顔で笑い返したかった。
「このパンあんまり美味しくないな。」
碧はかじっていたパンを半分茜に渡した。雨は止んで通学路をつやつやと輝かせていた。
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