【完結】悪魔に祈るとき

ユユ

文字の大きさ
上 下
6 / 100

昔話

しおりを挟む
目を開けると見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。

いい部屋だわ。客室ではなさそうだけど、誰かの部屋というには殺風景だわ。

光が漏れる方のドアを開けると特務部の隊長が机で書類を見ていた。

「どうかな、気分は」

「ご迷惑をお掛けしてしまったようで」

「腹は減っていないか」

「よく分かりません」

「では茶でも淹れさせよう」

私にカーディガンをかけてくれると、メイドに指示をした。

優しい人なのね。

顔も綺麗だし指も長くて綺麗だわ。

「穴があきそうだ」

「ご、ごめんなさいっ」

「何を考えていたのかな」

「指が長くて綺麗だなと。
清潔に爪の手入れもして形もいいなと」

「形?」

「細すぎず太すぎず爪の形も綺麗」

「変な褒められ方だな」

「あの、私はどうしてしまったのでしょう。記憶が曖昧で…」

「茶を飲んで体を温めてから話そう」

「はい」


お茶が運ばれてくると二人きりになった。
考えてみれば親族でもない男女が寝室付きの部屋に二人きりなんて避けるべきなのに当たり前のようにメイドは自ら退がった。

彼がとても信頼されているのか、余程の権力を持っているのか。

「何を考えている?」

「二人きりでいいのかなと…」

「君は子供じゃないか」

そうだわ。今の私は成人前。

「失礼しました。成人前でもよくないと教わりましたから」

「私は未成年に手を出す節操なしではないから安心してくれ。もっと大人の女がいい」

「……」

「ゆっくり飲んで。

医師の診断では異常は無さそうだと言っていたが、痛いところや不快な症状はないか」

「ありません。ありがとうございます」

「私は権力者の庶子だ。
母は妊娠が分かると正妻を恐れて逃亡した。
身籠ったきっかけは母が望んだものではなかった。

私がある程度大きくなるまで母の僅かな貯えを切り崩して生活していた。1人で留守番ができるようになると母は働きに出た。

数年後、実父の追っ手に見つかってしまった。
実は分かってはいたらしいが正妻の手前、放置を選んだ。
だが後に正妻が病死したことで接触をしてきたんだ。実父は母にどうしたいか聞いた。
母は今までの暮らしがしたいと願い出た。

実父は悩んでいたようだった。
そこで実父の側近が“側に置く方がいい”と進言したときに、私はその側近に言ってしまった。
“嘘をついてまで僕らを連れて行ってどうするつもりだ!”

そこからの押し問答で私が人の嘘を見抜けることが分かり、母と引き離された。
私はその代わりに母に不自由なく生活ができるよう支援するよう求めた。
そして王城ここに囚われの身となり、特技を活かして貢献している。

実父には正妻との間に跡継ぎが生まれていて、私はあくまでも監視対象にしか過ぎなかった。

その後年月が流れて実父が死に、兄が跡を継いだ。
その時、初めて会った。
何を言われるのか、何をされるのか不安だった。

兄は私の母のことを再調査していた。
母は不自由な暮らしをしていた。
私がいないことで住み込みのメイドをやっていたので平民の暮らしは出来ていたが、息子が取り上げられたことで気落ちしていた。
実父は年に一度少しの施しを与えただけだった。
正確には人任せにして任せた相手が“勿体ない”とろくな支援をしなかった。

兄はその者を懲戒解雇と長期労働刑を課した。そして私に金を持たせて母のところに会いに行かせてくれた。母を王都で暮らせるようにするから希望を聞いて、同意するなら連れ帰れと。

だが、母は首を横に振った。
私は持たされた金を全て置いて城に戻った。
正式に特務の職員になり、階級も権限も与えられ、給料の三分の一を毎月母に送っている。
 
本当の名前を教えられなくてすまない。
ここではジスラン・モローと呼ばれている」

彼は身の上話をしながら、居心地が悪そうにソワソワし カップを持ったり降ろしたりしていた。

ふふっ、誠意をみせてくれたのね。

「モロー隊長とお呼びしなくてはなりませんね」

お茶のおかわりを隊長が注いでくれた。

「モロー隊長は陛下にご報告なさるお立場ですが、それはどの範囲でしょうか」

「つまり?」

「モロー隊長が望まれる答えではありませんが疑問にお答えできます。
ですが他言をされると要らぬ騒ぎを起こします」

「君が罪を犯したのではないなら報告はしない」

「法は破っておりません。ただ神の教えには背きました」

「分かった。一切の他言はしない。
リヴィア嬢、その話はカシャ公爵家と関係があるのか?」

「っ!」

モロー隊長は私の側に来ると抱き上げた。

「ひゃっ!」

「また失神してしまうと困るから向こうで話そう」

そう言って私を隣の部屋のベッドに降ろし、枕を積み上げ背もたれをつくってくれた。

「君はハリソン侯爵から王子殿下やカシャ公爵家の名前が出た途端に立ち上がり、フラフラと部屋から出たところで気を失ったんだ。
だからこれからする話がソレなら、ここで横になりながら話してくれ。
また倒れて怪我でもしたら私が伯爵から責め立てられてしまう」

「ご迷惑をお掛けしました」

隊長は椅子をベッド脇に移動させて座った。

「それではモロー隊長、私が西の塔の最上階から身を投げた話をいたしましょう」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...