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新たな生活
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サックス男爵領の海に近い場所にある屋敷を購入した。
使用人が決まるまで宿に泊まろうと思っていたが、ハヴィエル様の使いが宿まで迎えに来てサルト邸に滞在するように言われた。
「次」
「パメラと申します、爵位のあるお屋敷は初めてですが、」
「次」
「レイラと申します、男爵様、私は、」
「次」
「フィンネル様、私はメリンダと申します。お目にかかれて光栄です。仕事は始めてですが家事は全般的にこなせます。
働きに出ている両親の代わりに弟妹達の面倒を見ながら、」
「残ってくれ。隣の部屋へ。
次 」
こんな感じでハヴィエル様が面接に付き添い話を全部聞くこともなく追い返してしまう。
「ハヴィエル様? 残ったのは二名ですよ?
もう少し話を聞かないとわからないじゃないですか」
「あれだけでも如実に現れているんだよ。主人を主人だと思おうとしない者、若い君を掌で転がそうと目論んでいる者、主人である君との面接なのに私に色目を使う者、能力の無い者がね」
「また募集しないと」
「急ぐ必要はない。間違った者を選ぶ方が何百倍もまずい。
君は無防備なのだから。
安全で仕事が普通以上にできる者を探そう。いなければうちから派遣する」
「そんなご迷惑はかけられませんわ。ここにいる皆さんはサルト家に仕えたくて懸命に働いていらっしゃるのです。
それに掃除も洗濯もできますし、食事も簡単なものなら作れます。剣を持ったり修理をしたり馬を扱うことはできませんけど」
「アネット、最初が肝心なんだ。余計な侵入者を許せば善良な使用人まで被害に遭うんだ」
「ハヴィエル様…」
「アネット様、私達からもお願いします。安全な使用人が揃うまでサルト邸にいてくださいませ。受かった者はこちらで預かって、若い女主人に仕えられるよう教育しますので。
このままあのお屋敷にアネット様を送り出せば、心配で心配で夜は眠れずクマができ、食事も喉を通らず痩せ細り、旦那様の胃に穴があいてしまいます」
「オルガさんは大袈裟ね」
「アネット様、大袈裟ではございません。
我が主人は執務も放り出して応募書類を何度も読めと命じました。お陰様で暗唱できそうです。
このままでは私達も安心できません。
最善の人員が決まるまでサルト邸に滞在すると約束なさってください。お願いします」
「わ、わかったわ。ジェキンスさん。約束します」
「ありがとうございます。
さて、廊下で息を潜めている仲間達に知らせないとなりませんので失礼します」
「私は隣の二名に確認をして帰します。明日以降から教育を始めると伝えますので旦那様のことをお願いします」
「お願いします」
メイド長のオルガさんと執事のジェキンスさんが退出した。
「ハヴィエル様、お茶を淹れ直しますね」
「ありがとう」
ここで過ごして数日だけど使用人達がいかにハヴィエル様を敬い支えているのかが分かる。
ハヴィエル様自身がやり手だ。
きっと視覚以外のものが敏感なのだろう。
入室して早々に追い出した女性がいたが、少しすると香水が香った。
『私、臭くありませんか?臭かったら我慢せず言ってください』
『バカなことを言い出したな』
『だって……』
『さっきの女を追い出したからか?』
『でも臭いなんて言われたら立ち直れない』
『アネット、おいで』
『嫌です』
『アネット、お願いだ』
ハヴィエル様はずるい人だ。私がハヴィエル様の“お願い”に弱いことを知っていて弱々しく言葉にするのだ。
側に立つとハヴィエル様は立ち上がり、私の手を掴むと首に鼻を寄せた。
『やっ、くすぐったいです!』
『アネットのいい匂いがする』
『揶揄わないでください!』
こんな感じで彼の方が私を掌で転がすのだ。
領地は小さめらしいがとても豊かで道も整備されている。店も賑わい町の路地を覗いても路上生活者などはおらず、町兵が街を巡回していた。
「アネット?」
「あ、すみません。ボーッとしてしまって」
「想い残しか?」
「いえ。ちゃんと昔には別れを告げて来ました。こちらで何か趣味か仕事でも見つけないととは思っています」
「仕事?」
「お金を得るためではなく、時間の消費と言いますか。屋敷でやることがありません。
それこそメイドや庭師の仕事を取ることになります」
「やることか。裁縫や刺繍はできる?」
「えっ……習いました。できると言ってはいけない気がしますけど……笑わないでくださるなら」
「可愛いな」
「なんですかっ」
「ハハッ」
「だって先生が、」
「先生が?」
「私の考える図案は壊滅的だと」
「見てみたいな」
「顔が笑ってます!」
「図案があれば問題ないんじゃないか?」
「それがついつい本能が邪魔をしまして」
「言うことを聞かない娘だったんだな?」
「流石に恩人へのお礼の刺繍は我慢をして剣の絵の刺繍をしました」
「近衛?」
「はい。直属の上官で恩人達です」
「(あの男ではないのだな)」
「えっ」
「何でもない。趣味としてやりたいことは無いのか?」
「乗馬ができるようになれば便利かなと」
「便利?」
「馬に乗って何処へでも行けますから」
「何処に行く気だ」
「ハヴィエル様?」
「アネット、危ないよ。馬だって怪我をしたり病気もする。何日も歩いたり野宿が出来るのが基本だ。誰かが通りかかって助けてくれると言っても、人気のない場所、馬車の中、家の中で豹変する。
体を奪うか、金品を奪うか、命を奪うか、全部か。その日だけか、何日間か何年もか」
「……」
「この領地でさえ、そういう被害者がいたんだ。父の代でも私の代でも。
私はこの領地ではそれが無くなるよう頑張っているつもりだが確実とは言えない。
人の欲とはいつも持ち合わせる場合もあれば突然湧き上がる場合もある。
本人でさえ予期せず制御できない欲に取り憑かれ己の中の悪魔を見る」
「ハヴィエル様も?」
「理性は保つようにしているよ。
……怖くなった?」
「少し」
「その調子で警戒してくれ」
「揶揄ったのね!」
「クッキーが食べたい」
「えっ、クッキー……ジャム付きとナッツ入りがあります」
「ナッツ入りがいいな」
「はい、あ~ん」
「……うまい」
「料理人に言わないとね」
「そうだな。
飲み終わったら散歩に連れ出してくれ」
「喜んで」
使用人が決まるまで宿に泊まろうと思っていたが、ハヴィエル様の使いが宿まで迎えに来てサルト邸に滞在するように言われた。
「次」
「パメラと申します、爵位のあるお屋敷は初めてですが、」
「次」
「レイラと申します、男爵様、私は、」
「次」
「フィンネル様、私はメリンダと申します。お目にかかれて光栄です。仕事は始めてですが家事は全般的にこなせます。
働きに出ている両親の代わりに弟妹達の面倒を見ながら、」
「残ってくれ。隣の部屋へ。
次 」
こんな感じでハヴィエル様が面接に付き添い話を全部聞くこともなく追い返してしまう。
「ハヴィエル様? 残ったのは二名ですよ?
もう少し話を聞かないとわからないじゃないですか」
「あれだけでも如実に現れているんだよ。主人を主人だと思おうとしない者、若い君を掌で転がそうと目論んでいる者、主人である君との面接なのに私に色目を使う者、能力の無い者がね」
「また募集しないと」
「急ぐ必要はない。間違った者を選ぶ方が何百倍もまずい。
君は無防備なのだから。
安全で仕事が普通以上にできる者を探そう。いなければうちから派遣する」
「そんなご迷惑はかけられませんわ。ここにいる皆さんはサルト家に仕えたくて懸命に働いていらっしゃるのです。
それに掃除も洗濯もできますし、食事も簡単なものなら作れます。剣を持ったり修理をしたり馬を扱うことはできませんけど」
「アネット、最初が肝心なんだ。余計な侵入者を許せば善良な使用人まで被害に遭うんだ」
「ハヴィエル様…」
「アネット様、私達からもお願いします。安全な使用人が揃うまでサルト邸にいてくださいませ。受かった者はこちらで預かって、若い女主人に仕えられるよう教育しますので。
このままあのお屋敷にアネット様を送り出せば、心配で心配で夜は眠れずクマができ、食事も喉を通らず痩せ細り、旦那様の胃に穴があいてしまいます」
「オルガさんは大袈裟ね」
「アネット様、大袈裟ではございません。
我が主人は執務も放り出して応募書類を何度も読めと命じました。お陰様で暗唱できそうです。
このままでは私達も安心できません。
最善の人員が決まるまでサルト邸に滞在すると約束なさってください。お願いします」
「わ、わかったわ。ジェキンスさん。約束します」
「ありがとうございます。
さて、廊下で息を潜めている仲間達に知らせないとなりませんので失礼します」
「私は隣の二名に確認をして帰します。明日以降から教育を始めると伝えますので旦那様のことをお願いします」
「お願いします」
メイド長のオルガさんと執事のジェキンスさんが退出した。
「ハヴィエル様、お茶を淹れ直しますね」
「ありがとう」
ここで過ごして数日だけど使用人達がいかにハヴィエル様を敬い支えているのかが分かる。
ハヴィエル様自身がやり手だ。
きっと視覚以外のものが敏感なのだろう。
入室して早々に追い出した女性がいたが、少しすると香水が香った。
『私、臭くありませんか?臭かったら我慢せず言ってください』
『バカなことを言い出したな』
『だって……』
『さっきの女を追い出したからか?』
『でも臭いなんて言われたら立ち直れない』
『アネット、おいで』
『嫌です』
『アネット、お願いだ』
ハヴィエル様はずるい人だ。私がハヴィエル様の“お願い”に弱いことを知っていて弱々しく言葉にするのだ。
側に立つとハヴィエル様は立ち上がり、私の手を掴むと首に鼻を寄せた。
『やっ、くすぐったいです!』
『アネットのいい匂いがする』
『揶揄わないでください!』
こんな感じで彼の方が私を掌で転がすのだ。
領地は小さめらしいがとても豊かで道も整備されている。店も賑わい町の路地を覗いても路上生活者などはおらず、町兵が街を巡回していた。
「アネット?」
「あ、すみません。ボーッとしてしまって」
「想い残しか?」
「いえ。ちゃんと昔には別れを告げて来ました。こちらで何か趣味か仕事でも見つけないととは思っています」
「仕事?」
「お金を得るためではなく、時間の消費と言いますか。屋敷でやることがありません。
それこそメイドや庭師の仕事を取ることになります」
「やることか。裁縫や刺繍はできる?」
「えっ……習いました。できると言ってはいけない気がしますけど……笑わないでくださるなら」
「可愛いな」
「なんですかっ」
「ハハッ」
「だって先生が、」
「先生が?」
「私の考える図案は壊滅的だと」
「見てみたいな」
「顔が笑ってます!」
「図案があれば問題ないんじゃないか?」
「それがついつい本能が邪魔をしまして」
「言うことを聞かない娘だったんだな?」
「流石に恩人へのお礼の刺繍は我慢をして剣の絵の刺繍をしました」
「近衛?」
「はい。直属の上官で恩人達です」
「(あの男ではないのだな)」
「えっ」
「何でもない。趣味としてやりたいことは無いのか?」
「乗馬ができるようになれば便利かなと」
「便利?」
「馬に乗って何処へでも行けますから」
「何処に行く気だ」
「ハヴィエル様?」
「アネット、危ないよ。馬だって怪我をしたり病気もする。何日も歩いたり野宿が出来るのが基本だ。誰かが通りかかって助けてくれると言っても、人気のない場所、馬車の中、家の中で豹変する。
体を奪うか、金品を奪うか、命を奪うか、全部か。その日だけか、何日間か何年もか」
「……」
「この領地でさえ、そういう被害者がいたんだ。父の代でも私の代でも。
私はこの領地ではそれが無くなるよう頑張っているつもりだが確実とは言えない。
人の欲とはいつも持ち合わせる場合もあれば突然湧き上がる場合もある。
本人でさえ予期せず制御できない欲に取り憑かれ己の中の悪魔を見る」
「ハヴィエル様も?」
「理性は保つようにしているよ。
……怖くなった?」
「少し」
「その調子で警戒してくれ」
「揶揄ったのね!」
「クッキーが食べたい」
「えっ、クッキー……ジャム付きとナッツ入りがあります」
「ナッツ入りがいいな」
「はい、あ~ん」
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