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揺れる心 E

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王都の高級レストランで食事をするダミアンを眺めていた。

マナーはイマイチで飢えた野良犬のように頬張る。
あれもこれもと頼み、半分ほど食べると残す。
かなりの高級ワインを注文して、最後にはデザートをいくつか頼み、それも半分近く残す。
少食なのにいろいろなものを食べたいらしいから残すことになる。

「エリアスは食欲無いの?」

「そうみたいだ」

「具合悪い?」

「いや、大丈夫だ」

「お腹いっぱいだよ」

「そうか」


数日前の昼食を思い出す。
好みが分からないからいろいろと品数を増やそうとしたが、彼女ははっきりと断った。

『絶対に食べきれませんので、量を抑えていただけますか』

『残せばいいのですよ』

『明らかに多いとわかっているのに調整しないのは食べ物を粗末にすることになります。私には耐えられそうにありません。他所様のお屋敷や王宮でそのようなことは言い出し難いですが、こちらは婚家となりますので是非加減をお願いしたいのです』

『そうですか。ではそうさせましょう』

『お願いですが、敬語をお使いになる必要はございません。エリアス様は最初から使っておりませんし、子爵と子爵夫人がお使いになると違和感が…』

『分かった。シャルロット嬢は食事は口に合いそうかな?』

『はい。美味しいですし、食べやすくしてくださっているのが分かります』

『嫌いなものが出たら無理して食べなくてもいいのよ』

『ありがとうございます』

父上も母上も嬉しそうだったな。


「エリアス、気になる店があるんだ」

そう言われて連れてこられたのは時計の店だった。

「ほらこれ。かっこいいと思わない?」

「そうだな」

「エリアス?」

「そろそろ帰ろう」

「え?」

「時間だ」

婚約した身だし、他人から見て友人だと思われるように気遣い、短時間という条件で会うことを許された。それを事前にダミアンにも伝えていた。

「でも、」

ダミアンの目線は懐中時計に向いていた。
新作なのか店内の懐中時計の中で上位に入るほどの値が付けられていた。

「懐中時計は去年贈ったじゃないか」

「壊れちゃって」

「壊れた?修理に出すから送ってくれ」

「え? い、いいよ」

「去年の懐中時計も値の張る物だった。簡単に壊れたから新しいのを手にしようとするのは間違いだ」

「分かったよ」


数日前の昼食後を思い出す。

うちの店の者に商品を持って来させたが、説明を聞き終えても欲しいと言わない。

『シャルロット、好きな物を選んでいいんだぞ』

『あの、何のお祝いでもありませんし、そこまで親しくありません。どうかお気遣いなく』

『もらって欲しいんだ。彼らもそのまま帰りたくないだろう』

『では自分で購入しますわ』

『シャルロット、今日は私の顔を立てて選んで欲しいわ』

『……ありがとうございます。それでしたら私が恐縮しなさそうな何かを選んでくださいませんか』

『そうね、何がいいかしら』

『ネックレスはどうだ』

『高過ぎますわ』

『指輪にしましょうか』

『それも高過ぎますわ』

そんなやり取りを父上や母上と繰り返したシャルロットが首を縦に振ったのは宝石の付いていない質素な髪留めだった。
それでも鏡を見ながら髪に付け、喜んでいた。

彼女の身に付けている物を改めて見ると、指にはめた指輪の石は小さいがクオリティは高いのが分かる。ネックレスにも小さな石が付いていた。

それについて尋ねると、指輪は恋人だった伯爵令嬢が贈ったもので、ネックレスは侯爵夫人が子供の頃につけていたものだと説明された。

侯爵家はうちほどではないが裕福な家門だし、ドレスは質素に見えて布地は高級だ。きっと品良くという言葉が身に付いているのだろう。
そして受け継がれた物を大切にする子なのだと分かった。


「で、壊れた懐中時計は?」

「い、家にあるよ」

「じゃあ送ってくれ。修理に出しておくから」

「分かった。ねぇ、もう一件行きたいところがあるんだけど」

ダミアンの目線の先には王都で有名な仕立て屋だ。

「ダミアン、成長期など過ぎ去っただろう。体格も変わっていない。去年も今年も何着仕立てたと思っているんだ」

「エリアス?」

「何故そんなに必要なんだ」

「っ!」

「…言い方が悪かったかもしれないが、身に付ける物にも相応というものがある。先ずは見かけではなく中身を磨くことに意識を持っていったらどうだ?
教師なら雇ってあげるぞ」

「…愛人にそんなもの必要ないでしょ」

「正夫になるその時は、相応しくなっているということか」

「何でそんなに意地悪を言うの」

「子爵位を弟に継がせた場合は騎士の給金で生活することが基本になる。なのに散財しては飢えることになるからだ」

「え? 子爵になるんじゃないの!?」

「大商会を抱えた子爵のパートナーになるということは愛だけでは到底務まらない。知識も作法も身に付いていることを求められるんだ。
ダミアンには難しいと理解した。だからダミアンを娶るなら子爵家は弟に託す」

「騎士なら愛人なんて囲えないじゃないか」

「愛人は大人しく屋敷にいて、主人の愛に応えるために存在する者のことだ。
正妻がすべきことを成すから子爵位を継げる。愛人はそれを理解して波風を立てずに主人を癒すことだけが役目だ。だから子爵位を優先にするならダミアンを愛人にして、正夫か正妻を据えるしかない」

「変わったね」

「俺が現実を教えなかったこともあるが、ダミアンもこの程度のことは知っていて当然だと思う。男爵家の令息だろう」

「っ!」

「帰るぞ」


ダミアンを送って屋敷に帰った。

あの無知さも無邪気さも可愛いと思っていたのに、今は苛立ちを覚えるなんて。

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