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【ロジェ】手遅れ

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【 ロジェの視点 】

既に十月十日が過ぎたのに産まれる様子がない。
医者を呼んで診察させ、応接間で診断を聞いた。

「普通よりお腹の膨らみが小さいことが気になります。考えられるのは栄養不足で発育が悪いのか、何かしらの病気で発育が悪いのか」

「胎児は生きているのですか」

「心音がありますので生きています。
あと考えられるのが…」

「何ですか」

「受精時期がリリーさんの申告と違うかです」

「臨月ではないという意味ですか」

「可能性の一つですが。
胎児が大きすぎる場合は無理に産ませる手段をとることもありますが小さいので待つ方がいいでしょう。様子を見てください」

「分かりました」


医者を帰して 母上に相談しに行った。
医者の診断を伝えると、真顔になった。

「あの夜では妊娠しなかったから、慌てて他の男と寝たのね」

「殺してしまいたいです」

「もう少し本格的な調査をしましょう」



2週間後、両親に話があると言われて居間に入室した。

「リリーの専属侍女を金で買った。平民の生活なら一生困らない金を握らせた。公的な証言はしないという約束で口を割った。
リリーの胎の子はお前の子ではない」

やっと、やっとユリナを説得できる。

「お前と同じ色をした男を雇って1週間宿に泊まらせて毎日通って交わったようだ。
相手の男は夫人相手に男娼をしていたらしい。今 聞き込みをさせている」

「今すぐ追い出しましょう」

「侍女はもう使えない。口を割らなくて何度も交渉して念書まで書かされた。証言をさせられなければ侯爵家がエンヴェルの血を引く子を孕んだ女を追い出したことになる」

「男の遺伝的な特徴が受け継がれていたら追い出せるわね」

「リリーに似ていたら終わりだ。だから男を捕まえないと」

父上達に任せて、このことをユリナに伝えようと またゼルベス王国へ渡ったが会わせてもらえなかった。


帰国して 時が過ぎ、やっとリリーの陣痛が始まった。

半日後に産まれ、メイドが産まれた子を連れてきた。

「間違いないな」

「そうね」

「やっと解放されます」


翌日、フォンヌ公爵夫妻を呼んで、リリーを車椅子に乗せて応接間で引き合わせた。

公爵「おめでとう、リリー」

夫人「健康な男児らしいな」

リ「ありがとうございます」

リリーは微笑んでいた。産まれた子は、今のところリリーに面影があって、瞳の色はリリー、髪の色は俺と同じだったからだ。

母「赤ちゃんを連れてきて」

メイドが抱えて連れてくると夫人に手渡した。

父「連れてきてくれ」

直ぐに兵士2人に引き摺られて、手首足首を縛られて頭に麻袋を被った男が入室し、リリーの前に転がされた。

リ「えっ!何をなさるのですか!」

父上が合図を出すと兵士は紐を切って拘束を解き、麻袋を外し猿ぐつわも外した。

リ「っ!!」

母「見覚えがあるようね、リリーさん」

リ「な、何のことか」

父「ロジェの髪や瞳の色と同じ色をした男を雇って子種を貰っただろう。1週間毎日交わった男を忘れたのか?」

リ「そんなことはしておりません」

父「色だけしか拘らなかったようだな。身体的特徴を持つ相手は避けるべきだった」

リ「何を、」

母「赤ちゃんと、この男娼の耳を比べてください」

リ「っ!!」

公爵「なっ!!」

夫人「そんなまさか!」

父「独特な耳の形なのが分かるか、リリー。
この男の耳と瓜二つだし、顔も君とこの男の掛け合わせという感じもする。まあ、これだけ特徴のある耳が遺伝していたらロジェの子だとは言い難いと思うが、念のために宿も調べた。君とこの男の似顔絵を持って行くと下女が証言したよ。日付けまで覚えていた。下女の初勤務の日から1週間、似顔絵の男が泊まり、女が毎日訪れたと証言してくれた。
臨月を過ぎても産まれないから、医者に診させたら、ロジェと一夜を過ごした時の子ではないかもと言われた。だから腹の膨らみが小さくて産まれないのだと。
その通りだったな。
宿の下女が証言した日付けに受精すると昨日の出産で計算が合う」

夫人「リリー!!あなた、なんてことをしたの!」

公爵「申し訳ございませんでした」

リリーの顔色は蒼白になっていた。

父「娘さんと子を連れ帰ってください。父親も引き渡します。ただ彼はお金を貰って依頼を果たしたまでのこと。騙したわけでも裏切ったわけでも強姦したわけでもありません。リリーの依頼で男娼として仕事をしただけですから咎めることはできません。

君、すまなかったね。これは慰謝料だよ」

男「こんなに…」

父「これで示談にしてくれるね?」

男「もちろんです」

男を無理矢理連れてきて監禁し縛ってこの場に連れてきたのだから慰謝料は当然だろう。
男は示談書に署名をした。

母「リリーさんの荷物は馬車に積ませていただきました。どうぞお引き取りくださいませ」

公爵「ご迷惑をお掛けしました」

夫人も深々と頭を下げた。

リ「ロジェ様、私は」

俺「平民で犯罪者のお前が、俺の名を口にするな。屋敷まで穢しやがって。お前の使った部屋を燃やしてしまいたいくらいだ。
次に関わったら首を刎ねるからな」

リ「ううっ…」

俺「さっさと去れ!」

公爵夫妻はリリーと子と男を連れて帰っていった。



やっと片付いた。

数日後にはアランの結婚式がある。ユリナが現れるはずだ。だが、祝い事だからゲルズベル邸にもリシュー邸にも近寄ることを禁じられた。
確かにアランの祝い事の場に押し掛けることはできない。

だから少し待った。アランの挙式から3日後に父上とエンヴェル邸を出発した。
やっとリシュー邸に到着したが不在だという。同領内のゲルズベル邸にもいないと言われた。

嘘を吐いている可能性もある。だから見張りを付けて近くの町に宿を取って待ったが、ユリナの姿は無いしリシュー家の馬車の出入りもないと報告を受けた。
仕方なくタウンハウスに戻ると母上が静かに新聞を渡した。

「何ですか、母上」

「貴族の慶弔欄を見なさい」

新聞を捲り、文字を目で追った。

「嘘だ…」

“リシュー子爵家 長女ユリナ嬢、ジーン・リシュー子爵(ゼルベス王国) 婚約”

ジーンといったら第四王子と同じ名前だ…

「ジーン・リシュー子爵?」

「父上、ユリナの近くにいた第四王子がジーンという名です」

「王子が子爵になったのか」

「アランの式の翌日付けですよ…何で…こんなことって…こんなにユリナを愛しているのに、あの女のせいで…」

「ロジェ…」

悔しくて涙が止まらなかった。

何もかもが嫌になり、そのまま部屋に引き篭もった。


数日後 父上が部屋に来て、外交を担当している知人から情報を得て来た。

「確かにゼルベス王国の第四王子ジーン殿下だった。

ユリナはゼルベス城の武器修繕室で研磨の指導していた。あの腕前だ。直ぐに支持を得たのだろう。
きっかけは騎士団の幹部にユリナが助けられたことだった。熱中症で倒れたところに通りかかり救ってくださった。
当時 問題をよく起こしていたジーン殿下がユリナとの交流を経て更生した。
国王夫妻と王太子殿下がお喜びになった。

ユリナの帰国が決まると直ぐに王子が王太子に願い出た。王位継承の放棄と臣下に下ること、領地不要の子爵位を賜りたいこと、姓をリシューとしたいこと、ユリナを娶りたいことを申し出た。
国王は子爵位は駄目だと反対をした。だが王太子が強く賛成した。

殿下はユリナに内緒で入国しゲルズベル伯爵邸でリシュー子爵夫妻を呼んで求婚をした。
伯爵夫妻と子爵夫妻の許しを得て、アラン殿の挙式翌日付けで子爵となった。

殿下は子爵になってから直ぐにユリナに求婚をした。元々縁談を探していたから、子爵となった殿下に嫁ぐことにしたのだろう。
ジーン殿下が子爵となっても現国王と次期国王の後ろ盾があり、殿下は王太子の側近となるので住まいは王宮になるはずだ。外で暮らしたいと言えば王都に屋敷を与えてもらえるだろう。不自由のない生活を送ることになるし、ユリナが軍部と親交があるから伯爵夫妻も子爵夫妻も安心なのだろう」

「……」

「ロジェ」

「…はい」

「乗り越えよう」

「ですが俺は、」

「幻覚剤を盛られた後が悪かった。
ユリナを避けて事実を告げず、その間もユリナを働かせてしまった。裏切られたと思われても仕方ない。別れを告げなさい」

「まだ…無理…です」

「別れを告げるしかないのは分かるな?」

「…はい」

「ゆっくり休め」

バタン



俺はさようならと言うしかなかった。
だがその言葉を使うのに数年かかった。
別れと感謝と謝罪の手紙を送ると、“幸せになれるよう祈っています”とユリナから返事が届いた。
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