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望まぬ再開

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「放して!」

抱きしめる力が強くてびくともしない。

「その手を放せ」

聞き慣れた声のはずなのに低い声で威圧するのはジーンくんだった。

「内輪揉めに口を出さないでくれませんか」

「出すさ。ユリナは俺と出掛ける約束している。
ユリナの友人であり、この国の王子なのだから口を出せるだろう?
俺を見ても口を出すななどと言う阿呆はうちの平民か他国の者くらいだ。身なりと馬車と連れている騎士からすると他国の貴族だろう。
ユリナは俺の庇護の元にある。今すぐ放せ」

「ユリナ」

「本当です。どうか国へお帰りください。
私達はもう他人です。リリー嬢を娶るも娶らないも勝手にしてください。もしリリー嬢以外の妻をお探しでしたらエンヴェル侯爵家に見合う家門のご令嬢をお迎えください。誰もが祝ってくださるような素晴らしい女性と未来を繋いでください」

「あの女の策略にはまって関係を持たされた。その事を直ぐにユリナに告げるべきだった。証拠を先に掴みたかったし嫌われるのが怖かったんだ!ユリナ!戻って来てくれ、もう一度チャンスをくれ!」

「早く放せ」

ジーンくんの護衛騎士が剣を抜いた。
戸惑うエンヴェル家の護衛騎士達も剣に手を掛けようとした。

「エンヴェル家の騎士達は剣に触れてはなりません!
ロジェ様!王族親衛隊と揉めるつもりですか!
貴方の騎士達は剣を握った瞬間に鞘から抜かなくても王族を殺めようとした大罪人となるのです!彼らも彼らの家族も、エンヴェル一族も処刑されてしまいます!
侯爵家ともなれば戦争に発展するのですよ!?」

ロジェ様の腕が緩み拘束が解けた。

ジーンくんが私の手を引いて自分の背に隠した。

「いいか、この屋敷は国に仕える副騎士団長の屋敷だ。普通はそんな仕事に就いている貴族の屋敷でこんな事をしたら問題になる。
さらにここは君の暮らす国ではない。
対して俺はこのゼルベス王国の王子で、ユリナは大事な人だ。国王陛下も王太子殿下も彼女の後見をしている。子爵令嬢だからといって簡単にどうこうできる存在じゃない」

「簡単にだなんて、私とユリナは婚約していたのです。事件があって別れてしまいましたが、事の経緯はほぼ明るみになって、もう少ししたら片付きます。
他国の貴族同士の問題に殿下は関われないのでは?」

「まあそうだが それは君の住む国の中での話だ。さっきも言った通り、ユリナは私の友人でこの国の王族の後ろ盾もある。それに雇用主でもあるし、ここは副騎士団長の屋敷だ。ゼルベス王国内にいる以上、君が貴族の権利を行使するには弱いぞ?
貴族はその国の国王から与えられた爵位であり身分だ。俺の父上は君の一家に爵位を与えたことはない。尊重するのは国同士の関係を考慮しているだけであって君の侯爵家にではない。
問題になって叱責を受けたり罰を与えられるのは こちらではなく君と君の父親だ。こんなやりとりはユリナが出国する前に済ませるべきだった」

「ロジェ様…いえ、エンヴェル侯爵令息様。私のことは忘れてください」

「幻覚剤でユリナだと錯覚したんだ。あの女と関係など持ちたくもなかった。俺はユリナを愛してる。
側にいてくれたら一生をかけて償おう。他の女と二度と口をきかないしダンスもしない、ユリナのいないパーティにも出席しない。お願いだ!」

「…始まりは強引でしたけど、貴方のことをいつの間にか愛していました。だから辛いのです。どうしても、嬉しそうに貴方との一夜の話やお腹を摩りながら貴方との赤ちゃんの話をしている公女様が忘れられないのです。私に一生苦しめと?
貴方なら直ぐに良い縁談に恵まれます」

「あれだけ侯爵家の嫁は荷が重いと言っていたのに王子なら例外なのか」

「ジーン殿下とはそういう関係ではありません」

「そうか?昔の俺と同じ匂いがするがな。
とにかく、帰国してくれ。リシュー子爵夫妻もユリナに会いたいはずだ」

「っ! 帰ってください!」

「…待ってるからな」

やっとロジェ様は外に出て馬車に乗り去っていった。


私達も馬車に乗って出発した。

「先程はありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」

「あれがユリナの元婚約者か」

「はい」

「きっかけは?政略結婚になるのか?」

「面識のないクラスメイトでした。席が近い生徒を含めた5人で仲良くしていたのです。彼は人と関わろうとしておらず私が一番の友人になりました。
彼からは親友だと言われていましたが、いつの間にか彼の愛人だと思われて私の嫁入り先が見つかりませんでした。彼からは求婚を受けましたが宝石のカットに関する政略的なものだと判断して断りました。親友という関係を崩したくなかったのです。
カットはそのまま使ってもらって構わなかったので私がエンヴェル家に嫁ぐ必要はなかったのです。
国内で良い縁談に恵まれず、伯母にあたるランデ伯爵夫人に紹介をお願いしておりました。卒業して伯母を訪ねようと思っていたところに既成事実が…」

「それで婚約したわけか」

「はい。ですが父がケジメとして、破婚があった場合は私の考案した宝石のカットやデザインを使えなくすることを盛り込んだ契約書を交わしました」

「それで公女と寝たから使用禁止になったのだな」

「はい」

「ランデ伯爵夫人にどんな相手を探してもらっているんだ?」

「身分が低くて、普通の貴族の暮らしが出来て、穏やかな人です」

「金持ちは嫌なのか?」

「お金を目的とした女性が現れます」

「身分が高いと駄目なのか?」

「中傷されますし、妻の座を奪おうとする女性が現れます」

「分かった」

「え?」

「心配しなくていい。俺が守る」

「そういうわけには、」

「相手は侯爵家だし、あの男は強引なタイプだ。
王子の俺が盾にならないと難しいぞ」

「それでもジーンくんを巻き込みたくありません」

ジーンくんは何かを考え込むように窓の外を見ていた。
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