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落胆するデリー公爵とエリーズへの制裁

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【 デリー公爵の視点 】

王太子妃となった娘エリーズの手紙は検閲済みのもの。公務も少なく社交も少ない理由が分からない。
リオナード王弟殿下は他に女を迎えていないから、子作りを優先させているのかと思っていた。

王弟殿下と政略結婚をなさったクリステル妃の成人パーティの招待状と一緒に王妃殿下の呼び出し状も届いた。

指定の日時に登城し、王妃殿下の話を聞いて血の気が引いた。
エリーズは何をやっているんだ!
多少我儘なところはあったが、成績も悪くなく、妃教育も終え婚姻したから安心していたのに!

『失言が多いし来賓に無礼になるようなことを口にしてしまうの。悪気がないところが致命的ね。だから公務を絞るしかないのよ』

『申し訳ございません』

『社交もね、自分は頂点に立つ高貴な女で 他は自分を引き立て役や使用人くらいにしか思っていないの。上位貴族のご令嬢に肩を揉めとかお茶を淹れろとか言い出すし、自分より目立っていると思うとお茶を掛けたりするし。下位貴族のご令嬢には酷いものよ』

だからか!招待状も減って妻もパーティなどを開きたくないと言い出していたのは!

『申し訳ございません』

『クリステルを迎えたときには、王女に向かって“従属国の献上品”と言ったのよ。陛下も同席なさった晩餐で。プリュム王国は従属国ではないと説明しても理解できないし、デリー公爵家は他国の王女よりも高貴らしいわよ』

正気か!!王妃殿下も他国の王女だぞ!!

『そ、そのようなことはございません』

『でも、エリーズがそう言ったのよ。流石に陛下も彼女に罰を与えたわ』

ソファから退いて床に跪いた。

『申し訳ございません』

『今ではクリステルは友好のシンボルで貴族から平民まで支持を得ているわ。彼女の成人パーティでエリーズをリオナードの側に立たせることはできないの。また何かしでかしたらリオナードまで巻き添えになってしまうわ。だからエリーズは公爵がエスコートしてくださる?』

『仰せのままに』

なんてことだ!これなら辞退した方が良かった!
王子妃はあっても、未来の王妃を輩出できるのは初めてだったから浮かれていたが、明暗も大きいことに今頃気が付いた。


パーティ当日、応接間にエリーズが現れると、王弟妃殿下のことで悪口を捲し立てた。

“媚を売って”“騙されてる”“従属国の献上品のくせに”“人の夫に手を出すなんて”

嗜めるも、贈り物の件や、王妃殿下の茶会はリオナード王太子殿下と王弟妃殿下だけだと聞かされると、エリーズの主張も的外れではないのかと思ってしまった。

だが、実際にパーティが始まりクリステル王弟妃殿下の前に立つと格が違うと実感した。
丁寧に挨拶をするし、繊細な花のようにも思えるが凛としていた。
王弟妃殿下を見守るように王太子殿下がピッタリと寄り添っている。叔父の妻だというのに寵愛してしまった王太子殿下の熱に対し、王弟妃殿下との温度差が明白だ。
エリーズが言うような彼女がどうこうしたのではなく、王太子殿下のご意志だと理解した。

そして私にダンスを申し込んだ。
これはデリー公爵家に救いの手を差し伸べてくれたのだろう。
王弟妃殿下がデリー公爵家と友好を示すことで、デリー公爵家とエリーズの王太子妃としての立場を守ろうとしていると。エリーズに侮辱されてもグリフ王国のために…。

なのにエリーズは公の場で王弟妃殿下を罵り始めた。

王太子殿下が怒りをあらわにエリーズを叱った。
さっさとこの場を退がらせねば!

王族控え室を貸してもらいエリーズを叱った。

『妃の打診を辞退すべきだった!お前は妃の器にない!当主の妻も無理だ!夫や義母から嫌われて当然だろう!明日からはデリー公爵家は針の筵だ!
貴族や平民から支持を得ている方にあんなことを言えば、ただでは済まないのだぞ!』

『うちは公爵家ではありませんか!』

『公爵家とはいえ、一家門がその他全てを敵に回してどうやっていけると思うのだ!
もし、お前が離縁を申し立てられたらデリー家は慎んでお受けする!』

『お父様!』

『お前、クリステル王弟妃殿下に手を出すなよ。処刑されるぞ』

『私は王太子妃ですのよ!?』

『王族の直系の血が流れていない公爵家出身の女の命など、彼らにとっては重くない。王妃殿下は毒を、王太子殿下は剣を持ってお前を排除するはずだ。そのときはデリー家も賛同することになる』

『お父様!』

『命が惜しければ大人しくしていろ』

控え室を出て会場に戻ると王弟妃殿下と踊っていたのは王弟殿下だった。髪も濡れている。
幼妻は守られていたのだな。だが女を複数囲う彼が彼女の心を掴めるのか。成人したとはいえ流石に無理強いはしないだろう。

曲が終わると直ぐに王太子殿下が彼女を迎えに行った。

間違いなく王太子殿下は王弟妃殿下に恋をしている。熱のこもった眼差しとほころぶ笑顔。
本来なら王弟殿下の妻に横恋慕する王太子殿下を責める風潮があってもおかしくないのだが、エリーズがあの状態なので、聞こえてくる会話も否定できない。

“クリステル王弟妃殿下こそ相応しいですな”

“アレでは王弟妃殿下に心をお寄せになるのも致し方ないですわね”

“代替わりしたときが恐ろしいですわ”

私でもそう思う。
頬を染めた王太子殿下は初恋なのだろうか。
それを見守る王弟殿下も殺気立った目をしている。

エリーズが王弟妃殿下を傷付ければ王弟殿下も黙ってはいないだろう。いっそのこと私がエリーズを殺めたくなってきた。


後日、王妃殿下に、エリーズが重い病に罹ったことにして王太子妃を退いても構わないことを伝えた。



【 エリーズの視点 】


お父様からも叱られて散々な一夜だった。

着替えを済ませて酒を用意させた。

絶対に許さない。あの女を始末してやる。
毒で殺すのは簡単だけど、リオナードの絶望した顔も見たいわね。他の男に穢されたと知ったらどんな顔をするのかしら。出来るだけ見窄らしい男がいいわね。侍女に探させようと思っていると乱暴にドアが開いた。

振り返るとズカズカとこっちへ歩いてくるリオナードがいた。

「リオナードさ、」

錯覚なのは分かっている。彼の腕が振り上げられ、ゆっくり近付く拳が見えた。

ドズッ ガシャーン!

顔に衝撃が走り、身体が横に飛ばされて家具に当たると乗せていた花瓶が落ちて割れた。

「ひっ」

「お、王太子妃様っ」

メイド達の怯えた声が微かに聞こえる。耳がくぐもってクラクラする。口の中は血の味がした。

「いっ!」

リオナードがしゃがみ、私の頭頂部の髪を掴んで引っ張った。

「お前のような女と婚姻したことを今日ほど後悔したことはない。お前は私の汚点であり、疫病神だ」

「あの女は魔女です!王弟、王太子、私の父まで魅了して!」

「……」

「痛い!放してください!!」

「おい、そこのメイド。桶を持ってきて水を入れろ」

「あ…」

「早くしろ!」

「は、はいっ!」

その間もリオナードはうつ伏せにした私の背中に膝を乗せて体重をかけていた。

苦しくて息が!!


桶に水のを注ぐ音がする。

「よし、お前達全員廊下に出ろ」

バタバタと急いで走り去る足音が聞こえた。

バタン

ドアが閉められ2人きりになった。

膝を退かし髪を引っ張って頭を持ち上げると、桶の中に顔を沈め後頭部を押しつけられた。

「ゴボゴボゴボ ゴボ」

苦しい!殺される!!

もう無理という頃に水から引き上げられた。

「ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」

「何故 私が寵愛していると気付いたのに彼女を傷付けようとするんだ?」

「私は王太子妃で、ゴボゴボゴボゴボッ」

また水に沈められた。

「ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」

「私は直系の王族。第一王子で王太子だ。お前は公爵家の娘に過ぎない。そのお前が王女に向かってどういうつもりだ」

「私ももう王族、ゴボゴボゴボゴボッ」

いつまで続くの!

「ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」

「違うな。いつでもクビに出来る偽物の王族だ。いや、王族の威光を笠に着ようとしているだけだろう。公務をして王子を産んで初めて受け入れられるのだ」

「私は、ゴボゴボゴボゴボッ」


何度も何度も繰り返され、気が付いたらベッドに寝かされていた。

「王太子妃様」

「私は…」

「昨夜 王太子殿下の逆鱗に触れ、気を失われました」

「身体が怠くて、顔の右側が痺れた感じがするわ」

触れてみると耳がおかしい。

分厚い布のようなものと、何かが頭を締め付けていた。
 
「包帯を取ってはなりませんっ」

「これ、包帯なの? 何故?」

メイド達がおし黙った。

ふと見ると、出入口ドアの内側に帯剣した兵士が2人立っていた。

「何故内側に?」

「…当面 この部屋から出ることは叶いません」

「は?誰が命じたの!」

大きな声を出すと気分が悪くなった。

「国王陛下からは公務の停止を、王妃殿下からは面会謝絶を、王太子殿下からは…部屋から出たりクリステル王弟妃殿下に危害を加えるようなことを口にしたら斬り捨てていいとの命を受けました」

「王太子妃の私を斬り捨てろと?」

「左様でございます。どうか自重なさってください」

目眩がする…


「痛い!誰か!!」

いつの間にか眠っていたようだが右側の耳を中心に頭部全体が痛む。

メイドが薬を用意したが、効くまで痛みと目眩と吐き気に耐えた。


薬が効いてくるとメイドに手鏡を要求した。

「手鏡です」

メイドの手が震えている。

手鏡を受け取り顔を映した。

「ひっ!!」

顔は腫れぼったく、右側は完全に腫れて赤茶や青色になっていた。
右耳あたりからは血が滲んでいた。

「耳は?切り傷があるの?」

「…ありません」

「だって血が滲んでいるじゃない」

「はい。右耳は切り落とされました」

「な…に?」

「王太子殿下が、意味を成さない耳は必要無いだろうと、ナイフで右耳を切り落としてしまわれました。左耳も切り落とそうとしたところを皆でお止めいたしました」

「右耳が…無い?」

「はい」

「ああああああっ!!」

取り乱した私を兵士が押さえ付け、睡眠薬を飲まされた。


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