【完結】貴方のために涙は流しません

ユユ

文字の大きさ
上 下
49 / 72

淡い桃色の花(マチアス)

しおりを挟む
【 マチアスの視点 】


『おやすみ、アリス』

パタン

湯上がりのアリスを見て、香りを嗅いで、日中に抱きしめた感触を思い出して欲情しないわけがない。細くて折れそうなのに柔らかくて無抵抗で、アリスの全てを自由にできそうなほど無防備で。

バンフィールド邸から出したくない。他の場所であんな風に倒れたらと思うと気が気ではない。
他の男の側で倒れたらアリスは穢されてしまうのではないかと不安で眠れない。

医師からアリスが死んだと言われたとき、身体に衝撃を受けた。お祖父様が亡くなったときも、従兄弟が亡くなったときも、悲しいとは思ったがそれだけだ。アリスの時は全身が凍結されたかのように動かない感覚に襲われた。ただ鼓動と否定の言葉が空洞になった頭の中で響いていた。


『マチアス様、少しお酒を垂らしたお茶をお持ちしましょうか』

『要らない。アリスに何かあったときに影響させたくない。1日くらい寝なくても別に何ともないさ』

これで分かった。私はアリスを友人としてではなく、女として好きになってしまった。彼女の死が私の身体に異変をもたらす程に心がアリスに囚われている。



優しく髪を撫でる感覚に目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだ。

瞼を開けるとアリスが私を撫でていた。
その眼差しも優しい。まるでたくさん花びらを付けた白に近い淡い桃色の花が咲き乱れているように見えた。

「おはよう。マチアス様」

「っ!」

「えっ!?」

たまらずアリスを引き寄せて抱きしめた。

「生きてる」

「はい」

アリスは私を幼子のように背中を摩った。

「大丈夫ですよ。女神がそう簡単に私のことを死なせませんから、多分大丈夫ですよ」

どこが大丈夫なものか!

「ずっとウチで暮らせばいい」

「流石に無理ですよ」

「ずっと守ってやる。私が誰よりもアリスを守ってやれる」

バンフィールド公爵の力を使って全力で守る!

「マチアス様は友情に厚いのですね」

「……」

「ありがとう、マチアス様」



アリスがエリアーナ姉上に捕まっている間に父上に庭園に呼ばれた。

「父上」

「マチアス。お前には婚約者がいる」

「はい」

叱責を受けると覚悟したが、

「アリスをバンフィールドに迎えよう」

「え?」

「お前にもエリアーナにもアリスは不可欠な存在になってしまった。トリシア王女には別の男との縁談を充てがおう」

トリシアとは2つ先の国の王女だ。歳はひとつ下で絶世の美女と言われている。幼い頃に打診された縁談で、バンフィールド家には大した恩恵はない。
王女とはいえ小国で隣接していないし、豊かでもない。血と容姿だけが取り柄だ。

「陛下が何と仰るか」

「バンフィールド家は王家にも負けないさ」

「……アリスは侯爵家の血を残す者です」

「その程度のことで諦め切れるなら構わないが、アリスが他の男と婚姻した後では取り返しがつかないぞ?テムスカリン子爵家は手を引かざるを得ないだろうが、シルヴェストル王子殿下は違う。正妃の子ではなくとも陛下の子には違いない。今有力なのはシルヴェストル殿下だろう。エスコートの様子からすると、アリスも殿下に好感を持っている。恋や愛だと自覚してからでは難儀になるぞ」

「スーザン嬢はリオネル殿下の婚約者で順調です」

「従兄弟や遠縁でも血が繋がっていればいい。血筋で優秀な男がいないか探させる。その前にお前の正直な気持ちを知りたい」

「…アリス程、私に影響を与える女はいないでしょう。彼女の死亡宣告に私の全ては凍てつきました。
他の男にも触らせたくありません。側で守ってやりたい、バンフィールド邸から出したくない…でもアリスに嫌われたり避けられたりするくらいなら友人のままの方がいい気がします。気持ちに気付いたばかりで判断ができません」

「バンフィールド公爵家は貴族の頂点に立つ家門だ。そんな次期バンフィールド公爵のお前が弱気になるな。欲しいものは手に入れろ。それが価値あるものなら尚更だ。
手に入れてからも充分に愛でればいい。女は愛され大事にされると絆される。だが、最愛の男と引き離されたら恨まれる。シルヴェストル殿下とそうなる前に手に入れよう」

「父上」

「ティアナもエリアーナも同じ意見だ」

「母上も?」

「ティアナは お前がアリスを呼ぶ悲痛な声に愛を感じ取ったようだ」

「……お願いします」

「テムスカリンと王女の調査を入れよう。弱みを握る調査だ。マチアスはとにかくアリスとの距離を縮めろ。ノッティング家の次男は現在婚約者がいない。
あそこは侯爵夫妻もジェイド殿もアリスを気に入っているし、エリアーナは義理の妹にできるなら協力を惜しまないだろう。だが、義理の妹になってもジオニトロ邸にいるアリスには先触れが必要だが、うちは実家だから必要ない。自由に会いに来れるバンフィールドの方が都合がいいんだ。
ブレイル殿が婚約者の起こした事件のことで、アリスに負目を感じて足踏みしている今、出し抜く機会だからな」

「ありがとうございます、父上」


その後、学園でも誰もアリスが頼らなくていいように勉強を教え、世話を焼き、理由を付けてバンフィールド邸に連れ帰った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

婚約破棄された私の結婚相手は殿下限定!?

satomi
恋愛
私は公爵家の末っ子です。お兄様にもお姉さまにも可愛がられて育ちました。我儘っこじゃありません! ある日、いきなり「真実の愛を見つけた」と婚約破棄されました。 憤慨したのが、お兄様とお姉さまです。 お兄様は今にも突撃しそうだったし、お姉さまは家門を潰そうと画策しているようです。 しかし、2人の議論は私の結婚相手に!お兄様はイケメンなので、イケメンを見て育った私は、かなりのメンクイです。 お姉さまはすごく賢くそのように賢い人でないと私は魅力を感じません。 婚約破棄されても痛くもかゆくもなかったのです。イケメンでもなければ、かしこくもなかったから。 そんなお兄様とお姉さまが導き出した私の結婚相手が殿下。 いきなりビックネーム過ぎませんか?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...