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観察眼

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もうすぐ2年生が終わろうとしていた。
王宮行事に呼ばれるときはシルヴェストル様がパートナーを引き受けてくれた。それ以外ではブレイル様が務めてくれた。

相変わらずシャルロットは[桃恋]の逆ハーメンバーに絡むようだけど、誰一人靡いていない。
虐めるはずのイリアナ様が早々に脱落したのが悪かったのかな。

「アリス?」

「あ、ごめんなさい」

マチアス様に勉強を教わっているところだった。
私は代わりに数学を教えている。2年生になって覚えている公式を使って教えたところ、驚かれた。
どうやらこの世界で数学の公式は存在しない。大事になりそうだったのでマチアス様に土下座して口止めした。

マチアス様の侍従から、“あんな土下座は初めて見ました”と苦笑いされた。ゆっくり膝をついてではなく ジャンプするように勢いよくしたために膝にアザを作ってしまった。

“分かったから”とマチアス様が私を立たせようとしたが膝が痛かった。私を抱き上げソファに座らせるとドレスの裾を捲って脚を確認した。メイドが慌てだしたのでマチアス様が我に返り、脚から目を逸らした。

『別に下着を見ているわけではありませんから、お気になさらず』

『それは問題だ』

マチアス様自らアザに効くクリームを塗ってくれた。耳が赤かった。オルデンとは違ってピュアなのね。そう思い、つい頭を撫でてしまった。

『アリス!?』

『ごめんなさい。つい可愛くて』

『っ!』

手当が終わると、男に油断するなとか懇々と叱られた。


マチアス様の侍従ウスターシュにも口止めをしたが、数学の公式に興味津々で 誓約書をもらいマチアス様とウスターシュとバンフィールド公爵の右腕と呼ばれるクリスチャン様に教えることになった。

『凄いですね。本当に正解している』

『どの数字を入れても合いますね』

『本当に発表しなくても?』

『私が困ったことになるので止めてください。内緒にできないなら教えませんよ』

特にクリスチャン様はキラキラした目で私を見るが 寧ろ公式無しに解く皆さんの方が凄いですからね?

終わると4人でお茶をする。時には食事をするのが2週間に一度のルーティンのようになってしまった。

数学だけじゃない。マチアス様とクリスチャン様は誘導尋問で他にもあることを暴いていく。
元の世界で知っていて当然の知識がチラチラと出てしまい、それをマチアス様とクリスチャン様が拾って掘り下げてしまうのだ。

バンフィールド公爵邸では外出から戻った使用人や通勤の使用人が屋敷に入って直ぐに手が洗えるよう、使用人専用の入り口の側に手洗い場を作った。
外作業の場合も外に手洗い場を設けてしっかりと洗わせる。ナンテンやタイムを含んだソープを惜しみなく使わせること。そして熱がある者、断続した咳や鼻水が出る者は働かせない。接触者の感染の有無も確認し、マスクというものも活用させた。
これにより、風邪の流行る季節もバンフィールド家とジオニトロ家の屋敷内で感染うつしあうことはなかった。

逆に蕁麻疹やアトピーなど、明らかな症状がある使用人に関しては感染の恐れは無いので、それが理由でクビにしたりしないこと。口に入れるものに気を付けて、ストレスの軽減に努めさせる。仕事の担当替えも試した。また、症状が出た日の食べ物を書き記し 統計をとった。
ストレス性の蕁麻疹が一人、特定の食べ物に反応していた者が二人、食生活を変えてアトピーの症状が軽くなった者が一人いた。クビにされずに済んだと涙ながらにお礼を言いに来てくれた。

そして効果的な植物を配合した歯磨きペーストで口内環境は快方に向かう者が多かった。これに関しても使用人に十分に使わせるようお願いをした。主人を支える者達の健康を疎かにすると、結果的にバンフィールド家に影響すると言って説得した。
“だって、給仕の口が臭かったら食欲失せますよね?看病するメイドの口が臭かったら辛いですよね?会議室にひとりでも悪臭を放つ人が居たら地獄の密室ですよ?私なら嫌です。これは頭を下げてでも使ってもらうレベルの物です”
一家は納得してくれた。

料理もお菓子もついうっかり口に出してしまう。


『ちょっと!私のアリスなのに、こっちに呼ぶからノッティング家に来る回数が減ったじゃないの!
マチアスは学園で会えるし、学園に圧力をかけて何時間も隣の席にいるじゃない。何で休みの日も独占するのよ』

今、聞き捨てならないワードがエリアーナ様から出てきたような…

『学園に圧力?』

『姉上。誤解を招くようなことは言わないでください。ただ、アリスの席の近くがいいなとちょっと言っただけです』

『だからお父様が学園長に手紙を出して、学園長の奥方にお母様が賄賂を贈ったんじゃない』

また聞き捨てならないワードが…

『賄賂を!?』

『違います。夫人の実家の領地の教会と孤児院に寄付をしただけですよ。慈善活動です』

マチアス様はニッコリと笑みを浮かべた。

こうしてすっかりバンフィールド邸を歩いていても、使用人達からは“お嬢様”と呼ばれて住人のような扱いになってしまった。


「何か悩み事?」

「特に増えていません」

「気分転換に散歩でもしよう」

マチアス様の手を取ると、急に視界が暗くなった。

「アリス!! アリス!! ……」

マチアス様が叫んでいる。迷惑かけちゃってるのかな。







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