上 下
7 / 10

ある意味正直なルイ

しおりを挟む
【 ルイ・オートウェイルの視点 】


アンナと出会った日を思い出した。


「お爺さん、手伝いますよ」

は?

子爵邸の廊下で書類を落としてしまった時に後ろから話しかけられた。
平民服を着た彼女は書類を拾うと笑顔で“どうぞ”と僕の手の上に乗せた。それと同時に蒼白になった。

「ご、ごめんなさい。失礼しました!」

立ち去った女性を案内していたジョナサンに後で聞いた。

「旦那様がうちで働くよう声を掛けたと聞いております。先に屋敷内の案内に連れて行かせましたので、間もなく旦那様から声がかかるかと思います」


少しして面談が始まったが、彼はもう決めていた。
彼女の方が貴族の屋敷で働く事を嫌がっているように見えた。

不思議な子だ。後ろから見て白銀の髪が白髪に見えたのだろう。
顔を見て蒼白になる初対面の女は初めてだ。

大抵は数秒止まってじっと見られる、うっとりとした目で見られる、場合によっては言い寄られるなどの反応ばかりだったが彼女は違った。

平民のアンナ。幼馴染で恋人で婚約者だった男は、アンナを陥れて皆を騙した女と婚姻してしまった。自身のための式が勝手に乗っ取られていたのだ。そして家族と一緒に町から追い出されるようにうちの侯爵領に移住してきた。

調査結果はアンナの主張通りだった。彼女は室内の掃除係に配属された。

採用後の彼女を見ると、自分の仕事だけするのではなく、誰にでも声を掛けて手助けをする。野菜の皮を剥いていることもあれば水汲みをしていることもある。土いじりをしている時もあれば馬糞の片付けをしていることもある。具合が悪そうな者には自分が代わるからと早めに上がらせたり、荷物が多いと運ぶのを手伝う。

美人とは言えない。平民の中ではまずまずの容姿なのは分かるが貴族の中では霞んでみえる…はずなのに、彼女は輝いて見えた。特にあの笑顔。この子なら信じられると思った。何より言い寄らないし見つめてもこない。きっと外見や侯爵家という装飾無しに僕を見てくれるはずだ。


ある日、私兵の1人がアンナと楽しそうに雑談をしていて、肩に手を回した。

「よーし、アンナ!お兄さんが観光に連れて行ってやろう…あ、すまん。嫁に叱られそうだから小遣いをやろう」

僕と目が合った私兵かれは目を泳がせパッと肩から手を離した。僕に気付かなかったら観光に行ってしまっただろう。

別の日にはジョナサンがポケットから菓子を取り出してアンナにあげて頭を撫でていた。
嬉しそうに微笑むアンナを見て、頭の中は黒いモヤに包まれた。

下男は休み明けに、アンナに何やら土産を渡していた。
昼の料理はアンナのオムレツだけソースが星形になっていた。
庭師は通りかかったアンナに花を渡した。
補佐の1人はアンナをデートに誘っていた。

駄目だ。一刻も早く手を打たなければ盗られる。だからランベール様に相談した。


とにかくアンナに教育をしなければならないということで、子爵家の会議が開かれた。
ジネット大奥様、奥様、ランベール様と僕で話し合った。

奥「え? 挨拶しかしていないのに婚姻することになっているの?」

ラ「ルイの中ではな。アンナからすれば執務室にいる他人だ」

奥「それは流石に…」

ジ「オートウェイル侯爵家は反対なさるんじゃないかしら」

ラ「そんなのを気にする奴じゃない。これまで侯爵や夫人や親戚が持ってきた縁談を、令嬢に直接圧をかけたり冷たくしたり欠点を指摘し続けたりして断らせてきた男だからな」

奥「うわっ」

ジ「ルイが良くてもアンナが潰れてしまうわよ?
貴族令嬢じゃないんだから 嫌だと思えば羽が生えたように消えてしまうわ、平民の世界に隠れてしまったら見つけるのは大変よ。
名前も簡単に変えられるし、美人とか醜女とかじゃないから溶け込み易いのよ
そしてあっという間に婚姻してしまうわ。平民は貴族と違って長い婚約期間なんて要らないから、反対さえ無ければ即婚姻するわよ」

僕「他の男と?そんな事をしたら相手の男を川底に沈めてやります」

奥「アンナは手遅れのようね」

ラ「その本人は何も知らないけどな」

ジ「私の付添人にしましょう。教育をする理由になるし、その間にルイはアンナと交流を持ちなさい。侯爵家の力を使って無理矢理婚姻するつもりじゃなければ、アンナに好きになってもらわないと」

僕「っ!!」

奥「初心ね」

ジ「心配だわ」

ラ「まさか童貞か?」

僕「当然です!」

ラ「だがな。アンナは平民だから貞操観念は高くはないだろう。幼馴染が恋人だったわけだし婚約もしていたから、多分アンナは経験済みだと思うぞ。
それは覚悟しておけよ」

僕「ちょっとアンナが昔暮らしていた町に行ってきます」

ラ「駄目だ。その隙にアンナに出会いがあるかもしれないぞ」

僕「…伝手を使って刺客を送るしかありませんね」

ラ「いいから止めろ」


結局 大奥様の付添人に決まった。
アンナにとって大変なのは分かっている。だけど僕はもうアンナに決めてしまった。

仕事の合間にアンナの様子を何度も見に行っていたらランベール様に怒られた。
それでも気になって様子を見に行く途中、下男が走って来た。

「ルイ様 大変です!」

貴族出身のメイド2人がアンナの頭に汚れた雑巾を置いたらしい。

アンナの部屋の方へ向かうと、髪を洗い流したのか髪が濡れていて、ポタポタと雫が頬を伝い胸元に落ちてブラウスを濡らし肌に張り付いて透けていた。

上着を脱いでアンナに被せて抱き上げた。
部屋に連れて行きメイドに託した。

その後、ランベール様に報告し、僕の手で始末してくると言って部屋を出ようとすると羽交締めにされた。

翌朝、片方の髪を切り落とすことしか出来なかった。

「聞いていますか!ルイ様」

「え、聞いているよ」

「婚約なんてしていません」

「アンナ。諦めてくれ。僕はアンナを妻にすると決めたんだ」

「はぁ!?」

「ルイ、唐突過ぎるだろう」

「ランベール様も賛成ですよね」

「仕方なくな。その前に何か忘れていないか」

「そうですよ。子供みたいな事を言っていないで、先ずはすべきことがあるでしょう」

「新居ですか?子爵邸ここに住みます」

「もっと前だ」

「ウエディングドレスですか?」

「前!」

「……先に?それは婚姻後にします」

「初夜じゃない!もっともっと前だ!」

「ルイ。フラれるわよ」

後ろの方でジョナサンが跪きメイドが恥ずかしいフリをしながらジョナサンの手を取った。

「あ、プロポーズ」

アンナに目線を戻すと、彼女は足音を立てないようにして出口に向かって歩いていた。

慌てて後ろから抱きしめて囁いた。

「いい匂いだ」

「へ、変態っ」

「じゃなかった。婚姻するぞ 僕の妻アンナ」

「ムリムリムリムリっ、ムリですよ」

「ムリじゃない。僕のどこが嫌なんだ?」

「私は平民ですっ!ルイ様は侯爵家の方じゃないですか!それに容姿が芋と黄金のリンゴでは釣り合いが取れません!」

「おかしいな。一番最初に僕をお爺さんと呼んだじゃないか」

部屋の全員が唖然としてアンナを見た。

「あ、あれは」

僕は跪いてアンナの手を取った。

「アンナ。世界の果てに逃げても必ず捕まえる。他の男と恋に堕ちようものなら相手を始末する。アンナを虐める者はこの屋敷の裏庭に全員埋めてやる。
もう手遅れなんだ。拒絶するよりも受け入れて欲しい」

「お、脅しじゃないですかっ」

「それに浮気しない。君が嘘を吐いても信じるし味方になる。男絡みと僕から逃げること以外なら」

「……」

「ランベール様、アンナが受け入れました」

「意思の疎通が一方的だな。
屋敷に住むのは構わないが、敷地内に人を埋めるのは止めろ。あと、アンナの両親に許可を取れ。今みたいに脅しじゃなくて好きだから妻にしたいと言うんだぞ」

「僕はアンナにそう言いました」

「執着するほど好きだと遠回しにな。でもそこは遠回しじゃ駄目なんだ」

アンナに向き直って彼女の頬を両手で挟んだ。

「アンナ、愛してる」

「っ!!」

そのまま口付けをした。

「極端な奴だな…」

ランベール様の溜息が聞こえた。
ランベール・カルモンド子爵。彼は僕が唯一心を許した人だ。新たに心を許したアンナとカルモンド子爵邸で暮らせたら最高だと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

処理中です...