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放置された愛人
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【 アンジェル・プリムヴェルの視点 】
夜会で知り合ったディオン・ロテュスは侯爵家の跡取り。彼との交際は順調だった。
飽きっぽく交際出来ても何度か寝ると別れを切り出す彼を繋ぎ止めることに成功した唯一の女が私だ。
一緒に夜会に行ったときも、以前に振られた令嬢達が悔しそうな顔をしているのを見て優越感があった。
しかも彼はあのリスフィユ伯爵家の次女ミアーナの婚約者だった。ミアーナに2度ほど会ったことがあったが、美しく身に付けるものも高そうだった。
プリムヴェル子爵家は借金がある。貴族の最低限の暮らしといった感じで慎ましくしている。ドレスはお金持ちの親戚の令嬢のお下がりだ。少しだけ手直しして着ている。だけどネックレスやイヤリングはそうはいかない。
だからかなり歳上でも裕福そうな殿方を引っ掛けられたら甘えて関係を持って贈り物をさせた。だけどそんな方法は若いうちだけしか通用しない。そろそろ婚姻相手を見つけたかった。
お父様達が持ってくる縁談はパッとしない下位貴族や今の生活と変わらないレベルの相手。だったら金持ちの後妻や妾のほうがマシ、そう思っていた。
ディオンは次期侯爵だし裕福な家門だ。彼に見初められたらと誘ってベッドを共にした。
週に2度会うようになりその度に体を重ねた。次第に他の体位を要求してきたが、はしたない真似をして下に見られたくない。だから他の体位もベッド以外での行為も口での奉仕も回避した。
だけど彼は別れようとは言わなかった。
『父上も何であんな女を選んだのか』
溜息混じりにディオンが呟く。
『リスフィユ嬢のことですか?』
『とても夫婦になどなれる気がしないが貴族の務めだ。我慢するしかないのだろうな』
『美しいご令嬢ではありませんか』
『俺は好みじゃない』
いつも彼女への不満を口にしていた。
その内、
『孕まなければアンジェルを迎えられるんだがな』
『子が欲しくないのですか?』
『跡継ぎは必要だが、俺としてはあの女が産んだ子じゃない方がいい』
『ですが、リスフィユ嬢は望むでしょうし、白い結婚というわけにもいきませんでしょう?』
『そうか、閨事は月に1度にしよう。月に1度でも実績にはなるし、避妊薬を飲ませて孕ませなければいい。3年経てば父上もアンジェルを迎えることを許すだろう』
『ですが、私は子爵の娘で、』
『確かにプリムヴェル家との政略は皆無だが、妾なら いいというだろう』
『リスフィユ嬢は?』
『正妻としての暮らしをさせて表向きのことをさせればいい。どうせミアーナも極力俺とは関わりたくないはずだ』
式が近付くと大きな宝石のついた指輪を贈ってくれた。
ディオン様の婚姻後 お父様からは、
「アンジェル。いくら婚姻前からの恋人だとしても、元々はリスフィユ伯爵令嬢の方が先に婚約している。そして今は既婚者だ。他人のものに手を出す泥棒猫と夫人達からは嫌われるだろうし、愛人上がりと紳士達からは蔑まされるだろう。貴族令嬢としては好ましくない。
子が授からず、そこで初めて妾を募集してアンジェルが選ばれたのなら堂々としていればいいが、お前は違う。くれぐれも日陰の身だということを忘れるな」
そう言われたけれど、私が子を産めば、もしかしたら妾じゃなくて第二夫人にしてくれるかもしれない。場合によっては、2人は離縁して私が正妻になるかもしれないなどと夢を膨らませていた。
だけど……
いつまで経ってもディオン様から連絡が来ない。
1週間、1ヶ月、3ヶ月、半年…
ずっと手紙を送っているのにほとんど返信がない。
何通かに1度届く返事は“会えない”。
一体 ロテュス侯爵家で何が起きているの?
指輪を見つめながら待つしかなかった。社交にも現れないし押し掛ける訳にもいかなかったから。
10ヶ月が過ぎた頃、本家の茶会で嫌な話を聞いた。既に先に座っていた夫人や令嬢の話題に衝撃を受けた。
「メイクであれほど変わるとは驚愕でしたわ」
「私も、名乗られるまでわかりませんでしたもの」
「イメージもガラリと変わりましたわね」
「素敵でしたわ」
「頬を染める夫人をずっと見つめていらして」
「あまりいい噂を聞きませんでしたけど、ロテュス侯爵令息もやっと落ち着きましたのね」
椅子を引かれたときに夫人方が私に気が付いて口を噤んだ。
「あの、ディオン様についてのお話をなさっていらしたと思うのですが、私にも教えてくださいませんか」
「アンジェル様はもうロテュス侯爵令息と別れたのでは?」
「いえ、そのような事実はございません」
「そうなの? でもロテュス夫人には敵わないと思うわよ」
「時期が来たら迎え入れてくださいます」
「そうかしら。 誰から見ても溺愛といった感じでしたわ」
「他の殿方を牽制していらしたもの」
「ピッタリと寄り添って甲斐甲斐しく夫人の世話をしていらしたわ」
「き、きっとディオン様は体裁を気になさっているのです」
「アンジェル様は現実が見えていないのね」
「どういう意味ですか」
「貴女、ミアーナ・ロテュス夫人に1つでも勝るところがあるのかしら」
「ディオン様は、」
「あのリスフィユ伯爵家の出身で、美しくて愛らしい上にスタイルも抜群。しかも貴女より若いわ」
「態々全て妻より劣る女性を選ぶなんて、奇特な趣味を持ち合わせていない限り有り得ないわ」
「他人には分からないこともあるのです!」
「まさか、閨事のことを言っているのかしら」
「多分そっちも負けていると思うわよ。そうでなければ あの雰囲気は出せないもの」
「この指輪が証拠です!」
「……それは令息がお選びになったのかしら、それとも貴女?」
「私です」
「そうよね、品が無いもの。大きければいいというものではないの。ロテュス夫人の指輪は対照的に指の細さに似合った品のある指輪をなさっていたわ」
「っ!」
夜会で知り合ったディオン・ロテュスは侯爵家の跡取り。彼との交際は順調だった。
飽きっぽく交際出来ても何度か寝ると別れを切り出す彼を繋ぎ止めることに成功した唯一の女が私だ。
一緒に夜会に行ったときも、以前に振られた令嬢達が悔しそうな顔をしているのを見て優越感があった。
しかも彼はあのリスフィユ伯爵家の次女ミアーナの婚約者だった。ミアーナに2度ほど会ったことがあったが、美しく身に付けるものも高そうだった。
プリムヴェル子爵家は借金がある。貴族の最低限の暮らしといった感じで慎ましくしている。ドレスはお金持ちの親戚の令嬢のお下がりだ。少しだけ手直しして着ている。だけどネックレスやイヤリングはそうはいかない。
だからかなり歳上でも裕福そうな殿方を引っ掛けられたら甘えて関係を持って贈り物をさせた。だけどそんな方法は若いうちだけしか通用しない。そろそろ婚姻相手を見つけたかった。
お父様達が持ってくる縁談はパッとしない下位貴族や今の生活と変わらないレベルの相手。だったら金持ちの後妻や妾のほうがマシ、そう思っていた。
ディオンは次期侯爵だし裕福な家門だ。彼に見初められたらと誘ってベッドを共にした。
週に2度会うようになりその度に体を重ねた。次第に他の体位を要求してきたが、はしたない真似をして下に見られたくない。だから他の体位もベッド以外での行為も口での奉仕も回避した。
だけど彼は別れようとは言わなかった。
『父上も何であんな女を選んだのか』
溜息混じりにディオンが呟く。
『リスフィユ嬢のことですか?』
『とても夫婦になどなれる気がしないが貴族の務めだ。我慢するしかないのだろうな』
『美しいご令嬢ではありませんか』
『俺は好みじゃない』
いつも彼女への不満を口にしていた。
その内、
『孕まなければアンジェルを迎えられるんだがな』
『子が欲しくないのですか?』
『跡継ぎは必要だが、俺としてはあの女が産んだ子じゃない方がいい』
『ですが、リスフィユ嬢は望むでしょうし、白い結婚というわけにもいきませんでしょう?』
『そうか、閨事は月に1度にしよう。月に1度でも実績にはなるし、避妊薬を飲ませて孕ませなければいい。3年経てば父上もアンジェルを迎えることを許すだろう』
『ですが、私は子爵の娘で、』
『確かにプリムヴェル家との政略は皆無だが、妾なら いいというだろう』
『リスフィユ嬢は?』
『正妻としての暮らしをさせて表向きのことをさせればいい。どうせミアーナも極力俺とは関わりたくないはずだ』
式が近付くと大きな宝石のついた指輪を贈ってくれた。
ディオン様の婚姻後 お父様からは、
「アンジェル。いくら婚姻前からの恋人だとしても、元々はリスフィユ伯爵令嬢の方が先に婚約している。そして今は既婚者だ。他人のものに手を出す泥棒猫と夫人達からは嫌われるだろうし、愛人上がりと紳士達からは蔑まされるだろう。貴族令嬢としては好ましくない。
子が授からず、そこで初めて妾を募集してアンジェルが選ばれたのなら堂々としていればいいが、お前は違う。くれぐれも日陰の身だということを忘れるな」
そう言われたけれど、私が子を産めば、もしかしたら妾じゃなくて第二夫人にしてくれるかもしれない。場合によっては、2人は離縁して私が正妻になるかもしれないなどと夢を膨らませていた。
だけど……
いつまで経ってもディオン様から連絡が来ない。
1週間、1ヶ月、3ヶ月、半年…
ずっと手紙を送っているのにほとんど返信がない。
何通かに1度届く返事は“会えない”。
一体 ロテュス侯爵家で何が起きているの?
指輪を見つめながら待つしかなかった。社交にも現れないし押し掛ける訳にもいかなかったから。
10ヶ月が過ぎた頃、本家の茶会で嫌な話を聞いた。既に先に座っていた夫人や令嬢の話題に衝撃を受けた。
「メイクであれほど変わるとは驚愕でしたわ」
「私も、名乗られるまでわかりませんでしたもの」
「イメージもガラリと変わりましたわね」
「素敵でしたわ」
「頬を染める夫人をずっと見つめていらして」
「あまりいい噂を聞きませんでしたけど、ロテュス侯爵令息もやっと落ち着きましたのね」
椅子を引かれたときに夫人方が私に気が付いて口を噤んだ。
「あの、ディオン様についてのお話をなさっていらしたと思うのですが、私にも教えてくださいませんか」
「アンジェル様はもうロテュス侯爵令息と別れたのでは?」
「いえ、そのような事実はございません」
「そうなの? でもロテュス夫人には敵わないと思うわよ」
「時期が来たら迎え入れてくださいます」
「そうかしら。 誰から見ても溺愛といった感じでしたわ」
「他の殿方を牽制していらしたもの」
「ピッタリと寄り添って甲斐甲斐しく夫人の世話をしていらしたわ」
「き、きっとディオン様は体裁を気になさっているのです」
「アンジェル様は現実が見えていないのね」
「どういう意味ですか」
「貴女、ミアーナ・ロテュス夫人に1つでも勝るところがあるのかしら」
「ディオン様は、」
「あのリスフィユ伯爵家の出身で、美しくて愛らしい上にスタイルも抜群。しかも貴女より若いわ」
「態々全て妻より劣る女性を選ぶなんて、奇特な趣味を持ち合わせていない限り有り得ないわ」
「他人には分からないこともあるのです!」
「まさか、閨事のことを言っているのかしら」
「多分そっちも負けていると思うわよ。そうでなければ あの雰囲気は出せないもの」
「この指輪が証拠です!」
「……それは令息がお選びになったのかしら、それとも貴女?」
「私です」
「そうよね、品が無いもの。大きければいいというものではないの。ロテュス夫人の指輪は対照的に指の細さに似合った品のある指輪をなさっていたわ」
「っ!」
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