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助手
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翌日中にはドレスとワンピースが1着づつサイズ補正をして届けられた。残りも順次届くらしい。
お屋敷に滞在3日目からお手伝いを始めた。
だが、
「ノアム様。ほとんど暇です」
あまり仕事がなく、居心地が悪かった。
「側近が大抵やってしまうからあまり無いんだ」
「じゃあ、着替えてお掃除でも」
「駄目だ」
そういうと執務室を出て行った。
少し経ってローズさんと戻ってきた。
「アンジェリーヌ様は刺繍はできますか」
「多分」
「では、こちらのハンカチに刺繍をお願いします」
「何を刺せば」
「お好きなように。あと、こちらはアルク子爵家の家紋です。参考までにどうぞ」
10分経って、
「あの、ノアム様」
「どうした。指を刺したか?」
「どう考えても皆様お忙しそうな中で私が刺繍をしているのはどうかと。別のお部屋に移りますね」
「駄目だ。ここでやりなさい」
「サボりませんから」
「そうじゃない。いいからここでやりなさい」
「はい」
側近達はニコニコしていた。
頭を下げて続きを始めた。
昼食後、刺繍の話になってうっかり肩が凝ると口にしたら午後は取り上げられた。
代わりに本を渡されて読めと言われた。
お仕事中の側近達の前で!?
小説じゃないだけマシかと貴族年鑑から手を付けた。
私は逆から読んでいた。準男爵のページから。
正直、眠くなりそうだ。
「アンジェリーヌ、果実水を貰いに行ってくれ」
「はい」
危うく寝ちゃうところだった。
何故か一時間置きに用事を頼まれるようになった。
そして本もその度に入れ替えられる。
夜は肩、背中、腰を重点的にマッサージしてくれた。私は頼んでいないのに。
就寝前に部屋にノアム様が訪ねてきて、希望や困ったことがないか聞いて頭を撫でていく。
それが私の日常になった。
金曜日の夜、私から挨拶に向かった。
「アンジェリーヌ。何かあったのか?」
「違います。改めて御礼を申し上げます。
川で助けてくださり、看病してくださり、引き渡さず住まわせてくださり、ドレスも買い与えてくださり、役に立っていませんのに気を遣っていただきありがとうございます」
心を込めてカーテシーをした。
「……気に病むことはない。自分のことが分からず、此処のことも分からず、不安な中で泣き言も言わずに頑張っているのはアンジェリーヌだ。
ゆっくり過ごすといい」
「もし、ご迷惑なときははっきりと言葉で伝えてください。嫌われて追い出されるより、自ら出ていきますので」
「アンジェリーヌ、何が不安なんだ」
「分かりません。良くしていただいているのに不安という水の中で溺れている感じなのです」
ノアム様は私を抱きしめて背中を摩った。
そして抱き上げて私の部屋に運びベッドに降ろした。
手を握り、頭を撫でて額にキスをした。
翌夜にはベッドにぬいぐるみがたくさんいた。
ノアム様にとって私は幼い妹のような感じなのだと思った。
子爵邸に移ってから1ヶ月。すっかり馴染んでいた。
「ノアム様、そういえば小屋にはいつ行くのですか」
「何故気にするんだ」
「一、二ヶ月に一度数日過ごしていると仰っていましたので」
「行く予定はないな」
「そうですか」
私は貴族年鑑に目線を戻し、ページを捲った。
“エリオット・サラセナ・ブランパーン大公”
ガタッ
立ち上がると目の前が暗くなった……
目覚めると暗かった。
月明かりがあったので側に水があるのが分かり手を伸ばした。
コトッ
コップを置く音が響くと、
「起きたか」
「ひっ!」
「すまない。驚かせたか」
ソファから立ち上がり側へ来て額に手を乗せた。
「熱は無いな」
「大丈夫です。あの、私は…」
「執務室で気を失った。立ちくらみだろう」
「ご迷惑をおかけしました」
「倒れたときに身体をぶつけて痛むだろうが、打ち身だけで傷はない」
「そうですか」
「腹が減っただろう。食事を用意させよう」
「いえ。大丈夫です」
「食べられるなら食べなさい。倒れたばかりなのに、また倒れるつもりか?」
「では、パンだけ」
「アンジェリーヌ」
「明日からしっかり食べますから」
「約束だぞ」
「はい」
こんな時間まで灯りもつけずに私が目覚めるのをひたすら待ってくださったのね。
「ノアム様、ありがとうございます」
「本当に大丈夫なのか」
「はい」
私はもう一度寝ることにした。
「ノアム様もお休みください」
「ちょっとでも異変を感じたら呼び鈴を鳴らせ。いいな」
「はい。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
チュッ
ズキン!
ノアム様が額にキスをしたとき頭に痛みが走った。
倒れたときに額を打ったのかもしれないと、そのまま目を閉じた。
お屋敷に滞在3日目からお手伝いを始めた。
だが、
「ノアム様。ほとんど暇です」
あまり仕事がなく、居心地が悪かった。
「側近が大抵やってしまうからあまり無いんだ」
「じゃあ、着替えてお掃除でも」
「駄目だ」
そういうと執務室を出て行った。
少し経ってローズさんと戻ってきた。
「アンジェリーヌ様は刺繍はできますか」
「多分」
「では、こちらのハンカチに刺繍をお願いします」
「何を刺せば」
「お好きなように。あと、こちらはアルク子爵家の家紋です。参考までにどうぞ」
10分経って、
「あの、ノアム様」
「どうした。指を刺したか?」
「どう考えても皆様お忙しそうな中で私が刺繍をしているのはどうかと。別のお部屋に移りますね」
「駄目だ。ここでやりなさい」
「サボりませんから」
「そうじゃない。いいからここでやりなさい」
「はい」
側近達はニコニコしていた。
頭を下げて続きを始めた。
昼食後、刺繍の話になってうっかり肩が凝ると口にしたら午後は取り上げられた。
代わりに本を渡されて読めと言われた。
お仕事中の側近達の前で!?
小説じゃないだけマシかと貴族年鑑から手を付けた。
私は逆から読んでいた。準男爵のページから。
正直、眠くなりそうだ。
「アンジェリーヌ、果実水を貰いに行ってくれ」
「はい」
危うく寝ちゃうところだった。
何故か一時間置きに用事を頼まれるようになった。
そして本もその度に入れ替えられる。
夜は肩、背中、腰を重点的にマッサージしてくれた。私は頼んでいないのに。
就寝前に部屋にノアム様が訪ねてきて、希望や困ったことがないか聞いて頭を撫でていく。
それが私の日常になった。
金曜日の夜、私から挨拶に向かった。
「アンジェリーヌ。何かあったのか?」
「違います。改めて御礼を申し上げます。
川で助けてくださり、看病してくださり、引き渡さず住まわせてくださり、ドレスも買い与えてくださり、役に立っていませんのに気を遣っていただきありがとうございます」
心を込めてカーテシーをした。
「……気に病むことはない。自分のことが分からず、此処のことも分からず、不安な中で泣き言も言わずに頑張っているのはアンジェリーヌだ。
ゆっくり過ごすといい」
「もし、ご迷惑なときははっきりと言葉で伝えてください。嫌われて追い出されるより、自ら出ていきますので」
「アンジェリーヌ、何が不安なんだ」
「分かりません。良くしていただいているのに不安という水の中で溺れている感じなのです」
ノアム様は私を抱きしめて背中を摩った。
そして抱き上げて私の部屋に運びベッドに降ろした。
手を握り、頭を撫でて額にキスをした。
翌夜にはベッドにぬいぐるみがたくさんいた。
ノアム様にとって私は幼い妹のような感じなのだと思った。
子爵邸に移ってから1ヶ月。すっかり馴染んでいた。
「ノアム様、そういえば小屋にはいつ行くのですか」
「何故気にするんだ」
「一、二ヶ月に一度数日過ごしていると仰っていましたので」
「行く予定はないな」
「そうですか」
私は貴族年鑑に目線を戻し、ページを捲った。
“エリオット・サラセナ・ブランパーン大公”
ガタッ
立ち上がると目の前が暗くなった……
目覚めると暗かった。
月明かりがあったので側に水があるのが分かり手を伸ばした。
コトッ
コップを置く音が響くと、
「起きたか」
「ひっ!」
「すまない。驚かせたか」
ソファから立ち上がり側へ来て額に手を乗せた。
「熱は無いな」
「大丈夫です。あの、私は…」
「執務室で気を失った。立ちくらみだろう」
「ご迷惑をおかけしました」
「倒れたときに身体をぶつけて痛むだろうが、打ち身だけで傷はない」
「そうですか」
「腹が減っただろう。食事を用意させよう」
「いえ。大丈夫です」
「食べられるなら食べなさい。倒れたばかりなのに、また倒れるつもりか?」
「では、パンだけ」
「アンジェリーヌ」
「明日からしっかり食べますから」
「約束だぞ」
「はい」
こんな時間まで灯りもつけずに私が目覚めるのをひたすら待ってくださったのね。
「ノアム様、ありがとうございます」
「本当に大丈夫なのか」
「はい」
私はもう一度寝ることにした。
「ノアム様もお休みください」
「ちょっとでも異変を感じたら呼び鈴を鳴らせ。いいな」
「はい。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
チュッ
ズキン!
ノアム様が額にキスをしたとき頭に痛みが走った。
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