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遭難
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1週間ガードナー邸で改善をして、その後サットン邸で待機していた。
数日後、サットン邸の門を潜る隊列は30名強の騎馬隊とブランパーン大公家の紋章入りの重厚な馬車だった。
「サラ姫様。隊長のデニス・ベスタリオスと申します。お迎えに上がりました」
「態々遠くからお越しいただき感謝いたします」
「道中に何かあれば閣下は正気を保てません。どうぞ気軽になさってください」
「同行者は私のお祖父代わりのサットン将軍と兄代わりのケイン様です。将軍は剣の指導者として、ケイン様は王族の専属騎士をなさっています」
「将軍閣下、サットン卿。同行の意図をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「我々はサラの保護者です。元々はケインとサラだけのはずでしたが、急遽大公閣下にご報告申し上げたいことが生じましたので同行させていただくことにしました」
「馬車ですか、騎馬ですか」
「交代にしようと思っています。邪魔にならないようにしますので宜しくお願いします」
「かしこまりました」
荷物を詰め込み馬車、荷馬車、騎馬隊の隊列が出発した。
国境まで6日。国境からブランパーン大公国まで3日の旅程で、順調に国境の町に着いた…が、
「あれ? 関所を止まらずに通過しちゃいましたよ?」
「そりゃ、止めないよ。馬車の紋章も馬の装飾の紋章も大公家のものだし、旗はセンティアの国旗だ。
馬車や騎士服の所々に用いられている薄紫は王族に仕えていることを表している。そして濃い紫色はセンティアパープルといってセンティア国内では王族しか使うことができない色だ」
出発前にもらった外套は濃い紫が使われていた。
「流石に疲れましたね。馬車には似合いませんがちょっと高い平民服を買って正解でした」
「似合ってるよ」
「本当ですか?」
「服が霞んでるけど似合ってる」
「褒められてない気がします」
「褒めてるよ」
道中、ケイン様やお祖父様と互いの昔話をして交流を深めていた。お祖父様はしつこくお祖母様を口説き落としたらしい。
あと1日程で大公国に着くという場所で事故は起きた。
「崖ですね」
「下は湖だから落ちたら溺れるな」
「お祖父様は泳げませんか?」
「泳げるが、馬車のまま落ちたら湖が深ければ水圧で脱出が困難だ」
「では、ここを通過するまで両窓を全開にして鍵は外しましょうか」
「襲撃があったら鍵と窓を急いで閉めることになるぞ」
「はい」
鍵を開けて窓を開けて1分もしないうちに大きな衝撃を受けて馬車が傾いた。騎士達の声や馬の嘶き、ゆっくり時間が進むように感じるが…
「サラ!!」
恐らくケイン様の声だろう。
バシャーン
馬車は湖に転落し どんどん沈んでいく。
打ち付けた体が痛い。
「お祖父様!」
「サラ…脱出しろ」
頭部から血が出ていてお祖父様は意識が朦朧としていた。
とにかく、上に向いた方のドアを開けた。窓からではお祖父様は通れない。
「お祖父様、良いですか、綺麗な水ですが深くて流れがあります。
車体がほぼ水面下に沈んだら浮力を利用して脱出します。急いで岸に上がりましょう。
できるだけ服を脱いでください」
お祖父様の上着を脱がし ベルトを外し 靴を脱がした。
「お祖父様!息を止めて!」
全部沈むとお祖父様を背後から引っ張った。
とても重いが2つ分の水筒を空にしてシャツの中に入れたから多少役立つだろう。
脱出し、流されながらも何とか岸に着いた。
胸から上を岸に上げる以上のことはできない。
「お祖父様!頑張って水から上がってください!」
「サラ…無事か」
「無事ですから、水から上がってください!」
這うように陸に上がっていく姿を見届けて、馬車が沈んだ辺りまで走り、ポケットに石を詰めてもう一度飛び込んだ。馬車を操縦していた騎士が一緒に沈んだからだ。
潜ると手綱が引っかかって沈んでいた。
騎士の腰からナイフを抜き、手綱を切るとポケットの石を捨て浮上した。岸に向かっている間に騎士は水を吐き意識を取り戻した。
彼を押して陸に上げている途中に、流木が頭を直撃した。
死ぬのかもしれない。そう直感した。
次に目覚めた時は自然の中に建てられた生活感のある小屋だった。寝心地が悪すぎるベッドに寝ていて、袋に穴を開けて腕や頭を出しているような服を着ていた。
「目覚めたか」
「ここは」
「俺の仮住まいだ。何があったか覚えているか」
水に流されている場面しか思い出せない。
「溺れた?」
「あそこは湖川で昨日の大雨で増水していた。湖から近い川の岩に運良く引っかかっていた。
名前は?」
「……名前?」
「平民にしては整い過ぎている。服は平民の服だったがな」
「なに?思い出せない…名前も分からない」
「頭打ったからか?拾ってから丸一日昏睡していた。骨折はない。頭部に怪我をしていたくらいだ。
誰だか分からねば、町まで行って憲兵に引き渡すか」
「そうしてください。助けてくださり、ありがとうございました」
「まだ動くな。町まで行ける体ではない」
「すみません」
「とりあえず名前を付けてやろう。仮だぞ。
エランでいいな」
この人が着替えさせたのだろうか。
「ん? 着替えさせたが何もしてないからな。
女に興味はない」
「ありがとうございます」
「男にもないぞ」
「はい」
「まだ二十歳は超えていなさそうだな」
紫の瞳で黒髪を後ろに束ねているこの人はどことなく気品がある。
「お名前は」
「どうせ直ぐ引き渡すからご主人様と呼べ」
「ご主人様?」
「俺が拾って、助けて、小屋に居させているのだからご主人様でいいだろう」
「はい」
4日目の朝、町に向かうはずが雨が降り出した。
「中止だ」
止んで2、3日後に出発しようとすると雨が降る。
それを3度繰り返した。
「ご主人様、雨でも歩きます」
「俺が嫌だ。それにものすごく泥濘んで危ないし無駄に体力を使って進まない。水量も増えて危険が増す」
「そうですか。じゃあ、昼食は作ってみていいですか」
「作れるのか」
「なんとなくそんな気がします」
「やってみてくれ」
数日後、サットン邸の門を潜る隊列は30名強の騎馬隊とブランパーン大公家の紋章入りの重厚な馬車だった。
「サラ姫様。隊長のデニス・ベスタリオスと申します。お迎えに上がりました」
「態々遠くからお越しいただき感謝いたします」
「道中に何かあれば閣下は正気を保てません。どうぞ気軽になさってください」
「同行者は私のお祖父代わりのサットン将軍と兄代わりのケイン様です。将軍は剣の指導者として、ケイン様は王族の専属騎士をなさっています」
「将軍閣下、サットン卿。同行の意図をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「我々はサラの保護者です。元々はケインとサラだけのはずでしたが、急遽大公閣下にご報告申し上げたいことが生じましたので同行させていただくことにしました」
「馬車ですか、騎馬ですか」
「交代にしようと思っています。邪魔にならないようにしますので宜しくお願いします」
「かしこまりました」
荷物を詰め込み馬車、荷馬車、騎馬隊の隊列が出発した。
国境まで6日。国境からブランパーン大公国まで3日の旅程で、順調に国境の町に着いた…が、
「あれ? 関所を止まらずに通過しちゃいましたよ?」
「そりゃ、止めないよ。馬車の紋章も馬の装飾の紋章も大公家のものだし、旗はセンティアの国旗だ。
馬車や騎士服の所々に用いられている薄紫は王族に仕えていることを表している。そして濃い紫色はセンティアパープルといってセンティア国内では王族しか使うことができない色だ」
出発前にもらった外套は濃い紫が使われていた。
「流石に疲れましたね。馬車には似合いませんがちょっと高い平民服を買って正解でした」
「似合ってるよ」
「本当ですか?」
「服が霞んでるけど似合ってる」
「褒められてない気がします」
「褒めてるよ」
道中、ケイン様やお祖父様と互いの昔話をして交流を深めていた。お祖父様はしつこくお祖母様を口説き落としたらしい。
あと1日程で大公国に着くという場所で事故は起きた。
「崖ですね」
「下は湖だから落ちたら溺れるな」
「お祖父様は泳げませんか?」
「泳げるが、馬車のまま落ちたら湖が深ければ水圧で脱出が困難だ」
「では、ここを通過するまで両窓を全開にして鍵は外しましょうか」
「襲撃があったら鍵と窓を急いで閉めることになるぞ」
「はい」
鍵を開けて窓を開けて1分もしないうちに大きな衝撃を受けて馬車が傾いた。騎士達の声や馬の嘶き、ゆっくり時間が進むように感じるが…
「サラ!!」
恐らくケイン様の声だろう。
バシャーン
馬車は湖に転落し どんどん沈んでいく。
打ち付けた体が痛い。
「お祖父様!」
「サラ…脱出しろ」
頭部から血が出ていてお祖父様は意識が朦朧としていた。
とにかく、上に向いた方のドアを開けた。窓からではお祖父様は通れない。
「お祖父様、良いですか、綺麗な水ですが深くて流れがあります。
車体がほぼ水面下に沈んだら浮力を利用して脱出します。急いで岸に上がりましょう。
できるだけ服を脱いでください」
お祖父様の上着を脱がし ベルトを外し 靴を脱がした。
「お祖父様!息を止めて!」
全部沈むとお祖父様を背後から引っ張った。
とても重いが2つ分の水筒を空にしてシャツの中に入れたから多少役立つだろう。
脱出し、流されながらも何とか岸に着いた。
胸から上を岸に上げる以上のことはできない。
「お祖父様!頑張って水から上がってください!」
「サラ…無事か」
「無事ですから、水から上がってください!」
這うように陸に上がっていく姿を見届けて、馬車が沈んだ辺りまで走り、ポケットに石を詰めてもう一度飛び込んだ。馬車を操縦していた騎士が一緒に沈んだからだ。
潜ると手綱が引っかかって沈んでいた。
騎士の腰からナイフを抜き、手綱を切るとポケットの石を捨て浮上した。岸に向かっている間に騎士は水を吐き意識を取り戻した。
彼を押して陸に上げている途中に、流木が頭を直撃した。
死ぬのかもしれない。そう直感した。
次に目覚めた時は自然の中に建てられた生活感のある小屋だった。寝心地が悪すぎるベッドに寝ていて、袋に穴を開けて腕や頭を出しているような服を着ていた。
「目覚めたか」
「ここは」
「俺の仮住まいだ。何があったか覚えているか」
水に流されている場面しか思い出せない。
「溺れた?」
「あそこは湖川で昨日の大雨で増水していた。湖から近い川の岩に運良く引っかかっていた。
名前は?」
「……名前?」
「平民にしては整い過ぎている。服は平民の服だったがな」
「なに?思い出せない…名前も分からない」
「頭打ったからか?拾ってから丸一日昏睡していた。骨折はない。頭部に怪我をしていたくらいだ。
誰だか分からねば、町まで行って憲兵に引き渡すか」
「そうしてください。助けてくださり、ありがとうございました」
「まだ動くな。町まで行ける体ではない」
「すみません」
「とりあえず名前を付けてやろう。仮だぞ。
エランでいいな」
この人が着替えさせたのだろうか。
「ん? 着替えさせたが何もしてないからな。
女に興味はない」
「ありがとうございます」
「男にもないぞ」
「はい」
「まだ二十歳は超えていなさそうだな」
紫の瞳で黒髪を後ろに束ねているこの人はどことなく気品がある。
「お名前は」
「どうせ直ぐ引き渡すからご主人様と呼べ」
「ご主人様?」
「俺が拾って、助けて、小屋に居させているのだからご主人様でいいだろう」
「はい」
4日目の朝、町に向かうはずが雨が降り出した。
「中止だ」
止んで2、3日後に出発しようとすると雨が降る。
それを3度繰り返した。
「ご主人様、雨でも歩きます」
「俺が嫌だ。それにものすごく泥濘んで危ないし無駄に体力を使って進まない。水量も増えて危険が増す」
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