上 下
45 / 84

王太子妃の心

しおりを挟む

【 王太子妃の視点 】


クリス殿下はシェイナ・ヴェリテを溺愛している。
これは周知の事実だった。

10歳を迎えて以降、年に一度だけ王家主催の祝い事に出席するだけで、社交嫌いの引きこもりだった。

なのに、年に一度のパーティだけでクリス殿下の寵愛を独り占めしていると言わせるほどの溺愛振りだった。

だけど従兄妹だし、シェイナ嬢が幼かったから可愛い妹離れしない殿下という見方だった。

実際はお忍びでクリス殿下はヴェリテ領まで会いに行っていた。日程を調整しては健気に通ったのだ。

クリス殿下が成人して王太子になった。
学園でも社交でも、容赦無く言い寄る令嬢達を追い払っていた。

ヴェリテ公爵令嬢とは余りにも扱いが違い過ぎて違和感を覚えた。  

そして、王太子妃候補の話が来て、条件を話し合っている時に確信した。  
好きな女がいるのだと。

唯一、態度の違うヴェリテ公爵令嬢だと悟った。

それは選抜の佳境を迎えた頃に国王陛下の誕生パーティで確認できた。

他の候補達が、令嬢の悪口を言っていたのだ。
クリス王太子殿下は恐ろしく冷たい目で候補達を見つめていた。

内一人が後ろに立っている王太子殿下に気が付くと顔色を変えた。残りの令嬢は気が付かずに話を続ける。

「公爵令嬢が弁えて遠慮すればいいのに。
子供を武器にして、狡賢いわ」

「もう子供じゃありませんわ。しっかり男に媚を売る女狐よ」

「入学したら、令息達を手玉に取りそうね」

「秘訣を教えてもらわなくちゃ」

「やだ、“脚を開くだけですわ” とか、“跪いてお口でお慰めするだけですわ” とか言われるだけよ」

「王太子殿下も歳頃ですもの、夢中になりますわ。夜伽係とは違う新鮮さにやられてしまったのね」

「お前達は今から自由の身だ。たった今 候補から外れた。好きに令息に媚を売れ。やり方については詳しいようだから、すぐだろう。急いだ方がいいぞ」

そう言い捨てて私の元へやってきて手を差し出した。

「ダンスを誘ってもよろしいですか」

「喜んで」



ダンスの最中、

「君は話に加わらなかったね」

「条件を守っただけですわ。
それに、ヴェリテ公爵令嬢は何も悪くありません。ただ、王太子殿下が片想いをなさっておいでだというだけです」

「それでも辞退しないのか」

「私に選択権はございません。この縁談が駄目になっても、また父が別の嫁ぎ先を探すだけですわ。但し、もう良い嫁ぎ先は見込めないかもしれませんわね」



翌日、王太子妃内定の知らせが届いた。

父は大喜びだった。
 
私は愛されて嫁ぐわけではない。
害なしと判断されただけ。




時が経ち、第一子を産んだが女の子だった。

皆おめでとうと言ってくれるし笑顔だが分かる。“王子じゃないのか” そう聞こえてきた。

そのうち、ヴェリテ公爵令嬢が王都にやってきた。入試を受けはしたが、宰相がスカウトして学園の方は辞退したと聞いた。

侍女から報告があった。

「ヴェリテ公爵令嬢は入試一位だったそうですが、宰相様が口説き落として補佐見習いから始めるそうです」

「そうなのね」


彼女が働き出してから賑やかになった。
国王陛下が誰よりも先に職場訪問をし、王太子殿下やエリオット殿下が足繁く通い、時折昼食を共にしているという。

また膨らんできた腹を見て思う。
また女児だったら……

第二妃がやってくる。第二妃妃が男児を産んだら、私はお飾りの王妃になるのだろうか。
それなら離縁してもらいたい。
だけど帰る場所があるか分からない。

そして産まれたのはまた女児だった。
憂鬱で、なかなかベッドから出られなかった。

王太子殿下が視察という調査に辺境へ向かうことになった。それにヴェリテ公爵令嬢も同行するという。

これはどういうことなのだろうか。
そして今日は一日、殿下の為に時間を作ったらしい。そのまま泊まって明朝出発するという。

朝、殿下が訪ねてきた。

「嫌がるシェイナをやっと説得できた。シェイナは私の宮に泊まらせる。シヴァもいるから了承して欲しい」

「はい、殿下」

「あと、シェイナが見舞いに来たがっている。可能か?」

「はい、殿下」



そして見舞いに来た彼女をシェイナ様と呼んで歓迎した。

…また美しくなったわね。

だけど話をしているうちに泣き出してしまった。彼女は恋をしているようだ。
彼女の話を聞いて殿下のことかと思ったら血縁は無いという。

そこに張本人が現れた。

デュケットと言ったら元ノワール公爵ね。
息子?養子?


『シェイナ、何が気に障ったか言ってくれなくちゃ分からないだろう』

『もう、昔の私とは違うのです。
昔の私を求められても困ります』

二人の関係が良く掴めない。とても親しい上に感情的だ。


『私達にはお前以上に大事なものなどない』



『それは過去のものです』

過去?

『シェイナ、本気じゃないと言え』

駄目だわ!シェイナの頑な態度が令息の雰囲気をガラリと変えてしまった。

止めには入ったけど…この男は何者なの!?


そして聞きつけてしまった殿下がやってきた。かなりご立腹の様だった。

この令息は令嬢しか目に入っておらず、殿下のことを無視するかの様に話をする。



『デュケット殿。出せるのか?』

『シェイナ、私が同行したら駄目なのか?』

『聞いているのは私だろう!!』

殿下が剣を抜いて令息の肩の手前で止めたが、剣先が少し刺さった。

『リン兄様!!』

結局、このことがきっかけで令嬢にイエスと言わせてしまった。

態と少し前に出たのを見た。

刺さらないと同情は引けない。刺さり過ぎても駄目だ。そしてこの交戦的な瞳。

最初は令嬢を伺い、すがる様な表情見せたが、焦り、威圧を放ち、王太子殿下に喧嘩を売り、令嬢を支配する。

どんな関係なのか、何者なのか。

同行する?騎士なの?

ただ言えるのは彼女が彼を揺さぶっていると言うことだ。


夜に殿下が訪ねてきた。

「何故会わせた」

「私に権限はございません。
二人が会うなら、二人きりで会わせるよりも私が立ち会う方がいいと思いました」

「そうか。
ありがとう。助かった。

体調が優れない時に言う話ではないが、第二妃の件だ」

もう決まったのね。

「私は第二妃を迎えるつもりはない」

え?

「だが、世継ぎは義務だから、申し訳ないが、生まれる前から妾の選定を始めさせてもらった。

産まれてから始めていたら、産まれたのが女児だと発表した瞬間から自分の娘や縁戚の娘を嫁がせようと殺到してしまう。

それは避けたかった。

妾は男児を産んでも妃にはなれない。
役目が終われば後宮から去る。
だから其方は心配することは何もない。

正直なところ、私は男児に執着はない。
できなければエリオットの子に継がせることもヴェリテ家の子を迎えることも視野に入れて準備をすればいいだけだ。

出産は命懸けだ。
無理をする必要はない。

娘達をまともな王族に育てることのほうが重要だと思っている」

「感謝いたします」

「其方は契約を忠実に守っているのだから、それに応えるのは私の役目だ。

体が辛ければ遠慮なく医師に対応させるように」

「殿下、一つお伺いしたいことがございます」

「何だ」

「あの者は……デュケット子爵令息は何者なのですか」

大きな溜息をついてソファに座った。

「ノワール家の家業は知っているか?」

「存じ上げません」

「ノワール家は昔から暗殺と調査と潜入の三部門に分けて活動を行う。
教育もノワール家で行う。息子や娘でも適正があれば子供の頃から鍛え上げる。

だからノワール公爵は妻の他に妾も何人か娶り子を産ませる。

セヴリアンは実力を買われて子爵の養子になった。彼は暗殺部門のトップだ。実子のキースを押し退けた。

ボルデン公子は蒼白な顔をしてノワール邸から戻ってきた。

“特にセヴリアンはイカれてる”と言って国に帰って行った。

ノワール家のことは漏らさないでくれ」

「シェイナ様はセヴリアン様との関係を子供の頃から一緒に過ごしたと仰いました。
令息はノワール邸で子供の頃から訓練をなさっているのですよね。

どういうことでしょう」

「シェイナとセヴリアンが?」

「はい。兄と妹のように過ごしたと仰っていました。令息に仕事が与えられるようになったあたりで別れて最近再会したようです。

シェイナ様の話が本当なら、シェイナ様がノワール邸で何年も過ごしたか、令息がヴェリテ領で何年も過ごしたか……でも訓練があるのでしたらノワール邸ですよね」

「探ってみよう」

「私、殿下がシェイナ様をお気に召す理由が分かりましたわ。

フフっ、あれでは放っておけませんわね」

「間違って誰かが第二妃の話をしたら嫌味でも言って追い返せ。

……其方はそんなことは出来ないな。

どんな奴が来ても会いたくなければ会わなくていい。第二妃について言ってきた奴の名前を控えておいてくれ。戻ったら私が対応しよう」

「シェイナ様は不安定です。
絶対に感情的になってはなりません。

あと、デュケット子爵令息の挑発に乗ってはなりません。今回のように彼の策略に嵌ります」

「どういうことだ」

「肩の傷は態とです。
多分、怒らせたのも態とかと。

結果、シェイナ様は、あれだけ頑なに令息を拒んでいたのに同行を勝ち取りました。
距離を置くはずが心を解いてしまわれました」

「実子を押し除け、前公爵の養子になるには相応の実力があるということか。
暗殺だけではないのだな」

「敵対するのも良くありません。公子が仰ったように普通ではありません」

「忠告を有り難く受け取ろう」

「道中、お気を付けて」



殿下が退室すると侍女が戻ってきた。

「王太子妃様、大丈夫でございましたか」

「大丈夫よ。少しは信頼を得ることができたようだわ。貴女も休んで」

「ありがとうございます。
それでは失礼いたします」


第二妃は迎えない……

私を守ってくださるなら、私もお役に立てるよう頑張ります、殿下。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...