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墓守人

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【 ローエンの視点 】


馬車に揺られながらノワール邸を目指す。

膝には可愛いシェイナが乗って大人しく私に抱きしめられていた。

ミラは変わっていない。

ミラも虫が苦手だった。
隠密も暗殺もそれでは困る。克服というより我慢したのだろう。報告では独自の侵入経路を探し出すという。

“ああ、ミラのアレは勘ですよ。
瞬時にどのルートが虫が少ないか判断してるんでしょう。そのせいで多少難所でも選びますから。

一度、ものすごい勢いで降りて来たことがありました。試しに行ってみたらでかい蜘蛛がいましたよ”

暗殺部門のセヴリアンの報告だった。

セヴリアンはミラと仲が良かった。
一人早めに訓練に混ぜられ、直ぐに歳上の同期や一年二年先輩を追い抜いた。
だから誰も親しくしてくれなかった。
歳が近かったキースも追い上げてくる妹への焦りで余裕がなかった。

その時に目を掛けてくれた?もしくはシェイナが懐いた?どちらなのか分からないが二人は仲良くなった。

セヴリアンも周囲と馴染めていなかった。
彼の場合は畏怖を感じさせていた。
生き餌(捕らえた罪人)を教材に用いても躊躇なく手を出す。即死のさせ方から苦しめる殺し方まで文句の付けようがない。

講師が早々にミラのサポートを依頼した。
特別な者同士で身を寄せ合ったようだ。

初期の任務もセヴリアンが自主的にミラの監督者として付き添った。
だからミラに詳しかった。


虫が少ないのはカメレオンだ。ミラがカメレオンを希望した時は父上が猛反対した。
後でセヴリアンから、ミラが希望した理由を聞いた父上はミラの虫対策にトビを付けた。

トビは才能は無かったが田舎出身で虫と忍び込みだけは得意だった。
だが、あの日、ミラは殺された。

いつも一緒に任務に行っていたのにその日はトビに声がかからなかった。
ついて行こうかと聞いたがミラは大丈夫だと言った。

その後、トビは自分を責めた。無理にでもついていけば良かったと。
セヴリアンは“あの場にいてもできることは無かった。死体が増えるだけだった”と言ったが、

「俺が殺されている間にミラに逃げるチャンスが生まれたかもしれないじゃないか!」

「ミラはお前を置いて逃げるような子じゃないだろう」

「でも!」

「泣くな。まだすべきことがある」

そして裏切り者の処刑の場にトビの姿があった。


埋葬までトビはミラの棺から離れず、埋葬後は毎日王都の敷地内のミラの墓に足を運ぶ。
 
王都のノワール邸は精鋭しか働けない。トビは一応田舎の学校に通ったが難しい言葉の読み書きはできなかった。領地の屋敷でも文官として雇うには足りなかった。

たが、ミラの墓の側に居たいと父上に懇願した。

父は条件をだした。
給料は激減する代わりに教師を付けるから補佐ができるまでになること。

トビは日中下働きのような仕事をこなし、疲れ切った体で勉強をする。教師は週に二度。
父上が引退する頃には見事に合格をもらった。

トビは墓守人と呼ばれている。
誕生日には少ない給料から贈り物を買って墓に供えている。365日、高熱が出ようが食当たりで苦しもうが1日たりともミラに会いに行かない日はなかった。

合格してからは給料が5倍になり、毎月同じ花が続かないように供えた。ミラの20歳の祝いには値の張るネックレスを埋めていた。

愛なのか忠誠心なのか判断はつかなかったが、トビはノワール家から絶大な信頼を勝ち得た。


私の腕の中で、地下トンネルの虫に怯えるシェイナがミラだと告げたらトビはどうするのか。



「シェイナ、もうすぐ着くよ」


馬車を降りるとトビがシヴァを連れて迎えに出てくれた。

「シヴァ!」

シェイナがシヴァにしがみ付いて頬擦りしている。

「閣下、何かあったのですか」

「地下トンネルを使ったから虫が沢山いて怖かったみたいだ」

「……」

トビが悲しそうな顔をしてシェイナを見つめていた。


シェイナの部屋に連れてきた。

「ここがシェイナの部屋だ。
二つ隣のドアが私の部屋だから何かあれば訪ねてくれ」

ドアを開けるとノワール邸とは思えない光景が広がっていた。

「これ、通常だと言ってください」

「通常だ」

「嘘ですよ!絶対嘘です!」

白と薄いピンクを基調とした童話のお姫様の部屋になっていた。

天蓋付きベッドはレースがたっぷりと使われて、一枚なら中が見えるが、二枚三枚と下ろす毎に透けなくなる。
何故か奥行きのあるステップがベッドに設置してある。

調度品も宝物庫からあさってきたのか?
どこにあったんだと思うような壺やら置物が飾られている。

金色の金具の付いた大きなドレッサー。
ソファは大きな一人掛けと二人掛けで薄いピンクと金の刺繍。敷物は白。

この部屋で飲食や書き物をしたくない。


「…通常ではない。

使用人達が張り切ってしまったようだ。
華美にするなと言っていたのだが。
関わった者を処罰しよう」

「違う!違います!
わ~すごく素敵!こんなお部屋に泊まるのが夢だったんです!」

「そうか。それなら処罰は止めておこう」

「しかし、敷物的には土禁ですね」

「ドキン?」

「靴を履いて踏み入れてはいけない場所のことです。
ちなみにヴェリテ領の私の部屋がそうです」

「メイドはどうするんだ?」

脱いでスリッパに履き替えます。
もしくは帯状の敷物を進みたい方に伸ばしてその上を歩きます」

「それは面倒だな」

「それが土禁ファンが数名いて、自分の部屋を土禁にしています。その人達が私の部屋を担当しているので全く苦にならないようです」

「分かった。土禁だな。徹底させよう」

「いえ、ノワール家ではそこまでは」

「白い敷物にした使用人達が悪いのだからそのくらいさせよう。
食事に呼ばれるまで一緒に土禁体験してもいいか?」

「はい。どうぞ」

シェイナと一緒に入口で靴を脱いだ。

「シヴァ、そこで待ってて」

洗面所で布を濡らして戻るとシヴァの足を拭いていた。

「よし、いいよ」

シヴァはベッドに向かい、側に置かれたステップを使ってベッドに乗った。

「シヴァ用のステップだったのね。良かったね、シヴァ!」

「フンッ」

「成程。これは誰が考えたのか探して褒めなくてはな」

一緒に引き出しを開けたり、ベッドのレースを下ろしたりしているうちにモリスが呼びにきた。

「モリス、敷物が白いのでこの部屋は土禁になった。詳しくは後で説明する。
とにかくこの部屋に入る時は靴を脱げ。

シェイナ、そういえばスリッパとはなんだ?」

「布でできた室内専用の履き物のことです。母の店で売っています」

「店の名前と場所と商品名を書いてくれないか」

「分かりました」





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