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懐柔
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【 ローエンの視点 】
嫌な予感しかしない。
ナディス・ボルデン。
ミルクティー色の髪に赤い瞳。
ミラージュ公国の大公の次男で23歳。
数ヶ月前にサンセール王国の侯爵令嬢と婚約した。それは彼の兄がまとめてきた縁談だった。リアーヌ・サンサクレラと婚姻すると、彼は次期サンサクレラ侯爵となる。
普通の侯爵家といった感じで、問題が起きたこともない。政治的な影響はない。領地経営を大事にする慎ましい家門だ。
家門の調査のはずが破断にできる弱点を望むと意志を変えられた。
シェイナの影響か。それとも私の反応が引き付けてしまったのだろうか。
全然引き下がった感じがしない。恐らく別ルートでシェイナについて調査するのだろう。
だが、シェイナは後継ぎではないし、シェイナに爵位はないため、公子が爵位を調達しなければ平民だ。平民の道は選ばないだろう。
もし爵位を用意されてしまってはシェイナは公国に移住することになる。
そして兄に大きな瑕疵がある場合は後継ぎ交代だ。つまりは公子が次期公主夫人としてシェイナを望むかもしれない。
困った。一番の対策はシェイナに婚約者を作らせることだろう。
夕食時になってもシェイナは起きない。
少し嗅がせ過ぎたかもしれない。
「モリス。胃に優しい夜食を用意しておいてくれ。食後に鎮静効果のある薬湯を飲ませる準備もして欲しい。だが、日付を越したら飲ませないでくれ。
明日、彼女は朝から城で勤めがある。
もし起きない様なら6時に起こして湯浴みをさせる。シヴァの分の餌もよろしく頼む」
「かしこまりました」
シェイナと寝たかったがモリスに指摘されてしまった。
「旦那様、シェイナ様の身になってください。愛犬がいても旦那様は雇用主であり、知り合って日も浅い他人です。見知らぬ部屋で旦那様が一緒にいれば最悪嫌われます」
「分かった。私が客間に寝るよ」
「ありがとうございます」
そう言いながらも呆れた目をされた。
彼女が起きたのは夜の10時頃だった。
部屋を訪ねるとモリスが引き留めているところだった。
「シェイナ、夜食を食べよう」
「帰らないと、」
「明日の仕事着や鞄は持って来させた。
シヴァもいるしこのまま泊まろう。
いくら成人していても君はまだ16歳だ。
ヴェリテ邸に届けてご両親に報告するか、パラストラジル邸のフィロ殿に伝達を出して迎えに来てもらうか、」
「ローエン様」
「君はまだ大人になりかけた少女だ。
作法も知識も立派だけど、心身はニ分咲きの花といった感じだ。
シェイナ、そんなに早く大人になるな。勿体ないだろう」
「勿体ない?」
「そうだよ。人生何十年生きるのか分からないが、そのうちのたった数年で戻ることも出来ない瞬間だ。それをすっ飛ばそうなんて勿体ない。
大人の庇護の中で力をかりつつ、独り立ちを楽しむんだ。いい思い出になるぞ。
大体、大人の身にもなってみたらどうだ?
可愛い雛鳥に餌付けをして羽で包んで温め愛でていたのに、急に毛を逆立てて親鳥を突きだして、巣から逃げ出そうとするんだ。
たまったものじゃない」
「うっ…仰る通りです」
「周囲の大人達にも巣立ちの過程をゆっくり手伝わせて心の準備をさせてあげよう」
「はい 」
「夜食を食べようか」
「はい 」
上手く言い含めることができて安堵した。
こんなに可愛いシェイナに酷いことをした者を必ず見つけ出す。
「おっ、なんだ?」
シヴァが前足を乗せてきた。
「わあ!すごい!シヴァがお強請りしてる!」
「おっ?シヴァ、どうして欲しいんだ?」
「すみません、お腹空いたっていっています」
「準備させてるから持って来させよう」
シヴァが食べ出すとシェイナもよく食べた。
薬湯も大人しく飲み、眠りについた。
朝はシェイナを王城に送り戻ると、シヴァが執務室の私の椅子の側で寝そべっている。
「懐かれましたか」
「なんだか嬉しいな。誰にでも懐く犬ではないからな」
「旦那様、奥様がお会いしたいと仰っておられます」
「通してくれ」
「旦那様、おはようございます」
「おはよう」
「お客様がいらっしゃるとお伺いしました。
ご挨拶を申し上げたいのですが」
「必要ない」
「若いご令嬢をノワール家に迎え入れるのであれば妻に会わせる必要はございますわ」
「ベアトリス。余計な真似をするな。
ノワール家に女主人という言葉は無いと言っただろう。其方の役割は足を引っ張らず、大人しく男児を産むこと。承諾したのを忘れたか」
「ですが、」
「気に入らないのなら実家の籍に移ったらどうだ。すぐに転居の支度させるぞ」
「あんまりですわ!私はタイラーを産んで、旦那様を愛して、」
「互いの役割を務めただけのこと。当然だろう。それに私に愛など捧げなくて結構だ。
彼女に接触すれば制裁をその身に受けることになるぞ」
「まさか、そのご令嬢に心を寄せておられるのですか」
「命が惜しければ、くれぐれも殺意など向けるなよ」
「旦那様、」
「退がれ」
「っ!!」
不満気な顔で執務室を出ていった。
「ギルバート」
「はい、旦那様」
「デビュー前の一番優秀な女のカメレオンをベアトリスに付けてくれ」
「かしこまりました」
嫌な予感しかしない。
ナディス・ボルデン。
ミルクティー色の髪に赤い瞳。
ミラージュ公国の大公の次男で23歳。
数ヶ月前にサンセール王国の侯爵令嬢と婚約した。それは彼の兄がまとめてきた縁談だった。リアーヌ・サンサクレラと婚姻すると、彼は次期サンサクレラ侯爵となる。
普通の侯爵家といった感じで、問題が起きたこともない。政治的な影響はない。領地経営を大事にする慎ましい家門だ。
家門の調査のはずが破断にできる弱点を望むと意志を変えられた。
シェイナの影響か。それとも私の反応が引き付けてしまったのだろうか。
全然引き下がった感じがしない。恐らく別ルートでシェイナについて調査するのだろう。
だが、シェイナは後継ぎではないし、シェイナに爵位はないため、公子が爵位を調達しなければ平民だ。平民の道は選ばないだろう。
もし爵位を用意されてしまってはシェイナは公国に移住することになる。
そして兄に大きな瑕疵がある場合は後継ぎ交代だ。つまりは公子が次期公主夫人としてシェイナを望むかもしれない。
困った。一番の対策はシェイナに婚約者を作らせることだろう。
夕食時になってもシェイナは起きない。
少し嗅がせ過ぎたかもしれない。
「モリス。胃に優しい夜食を用意しておいてくれ。食後に鎮静効果のある薬湯を飲ませる準備もして欲しい。だが、日付を越したら飲ませないでくれ。
明日、彼女は朝から城で勤めがある。
もし起きない様なら6時に起こして湯浴みをさせる。シヴァの分の餌もよろしく頼む」
「かしこまりました」
シェイナと寝たかったがモリスに指摘されてしまった。
「旦那様、シェイナ様の身になってください。愛犬がいても旦那様は雇用主であり、知り合って日も浅い他人です。見知らぬ部屋で旦那様が一緒にいれば最悪嫌われます」
「分かった。私が客間に寝るよ」
「ありがとうございます」
そう言いながらも呆れた目をされた。
彼女が起きたのは夜の10時頃だった。
部屋を訪ねるとモリスが引き留めているところだった。
「シェイナ、夜食を食べよう」
「帰らないと、」
「明日の仕事着や鞄は持って来させた。
シヴァもいるしこのまま泊まろう。
いくら成人していても君はまだ16歳だ。
ヴェリテ邸に届けてご両親に報告するか、パラストラジル邸のフィロ殿に伝達を出して迎えに来てもらうか、」
「ローエン様」
「君はまだ大人になりかけた少女だ。
作法も知識も立派だけど、心身はニ分咲きの花といった感じだ。
シェイナ、そんなに早く大人になるな。勿体ないだろう」
「勿体ない?」
「そうだよ。人生何十年生きるのか分からないが、そのうちのたった数年で戻ることも出来ない瞬間だ。それをすっ飛ばそうなんて勿体ない。
大人の庇護の中で力をかりつつ、独り立ちを楽しむんだ。いい思い出になるぞ。
大体、大人の身にもなってみたらどうだ?
可愛い雛鳥に餌付けをして羽で包んで温め愛でていたのに、急に毛を逆立てて親鳥を突きだして、巣から逃げ出そうとするんだ。
たまったものじゃない」
「うっ…仰る通りです」
「周囲の大人達にも巣立ちの過程をゆっくり手伝わせて心の準備をさせてあげよう」
「はい 」
「夜食を食べようか」
「はい 」
上手く言い含めることができて安堵した。
こんなに可愛いシェイナに酷いことをした者を必ず見つけ出す。
「おっ、なんだ?」
シヴァが前足を乗せてきた。
「わあ!すごい!シヴァがお強請りしてる!」
「おっ?シヴァ、どうして欲しいんだ?」
「すみません、お腹空いたっていっています」
「準備させてるから持って来させよう」
シヴァが食べ出すとシェイナもよく食べた。
薬湯も大人しく飲み、眠りについた。
朝はシェイナを王城に送り戻ると、シヴァが執務室の私の椅子の側で寝そべっている。
「懐かれましたか」
「なんだか嬉しいな。誰にでも懐く犬ではないからな」
「旦那様、奥様がお会いしたいと仰っておられます」
「通してくれ」
「旦那様、おはようございます」
「おはよう」
「お客様がいらっしゃるとお伺いしました。
ご挨拶を申し上げたいのですが」
「必要ない」
「若いご令嬢をノワール家に迎え入れるのであれば妻に会わせる必要はございますわ」
「ベアトリス。余計な真似をするな。
ノワール家に女主人という言葉は無いと言っただろう。其方の役割は足を引っ張らず、大人しく男児を産むこと。承諾したのを忘れたか」
「ですが、」
「気に入らないのなら実家の籍に移ったらどうだ。すぐに転居の支度させるぞ」
「あんまりですわ!私はタイラーを産んで、旦那様を愛して、」
「互いの役割を務めただけのこと。当然だろう。それに私に愛など捧げなくて結構だ。
彼女に接触すれば制裁をその身に受けることになるぞ」
「まさか、そのご令嬢に心を寄せておられるのですか」
「命が惜しければ、くれぐれも殺意など向けるなよ」
「旦那様、」
「退がれ」
「っ!!」
不満気な顔で執務室を出ていった。
「ギルバート」
「はい、旦那様」
「デビュー前の一番優秀な女のカメレオンをベアトリスに付けてくれ」
「かしこまりました」
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