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ノワール邸

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翌朝

今日は日曜でアコールも定休日。

店の外で待つと立派な馬車が店の前で止まった。

「シェイナ、おはよう」

「おはようございます」

迎えを寄越すとは言っていたけど公爵本人が迎えに来るとは思わなかった。

深呼吸、深呼吸!

「シヴァを連れておいで」

「でも…」

「いつも留守番じゃ可哀想だろう」

「連れてきます」

二階に上がり、シヴァの必需品をまとめようとした。

「シェイナ、シヴァの餌は作らせる。
毛布やクッションもあるから持たなくていい。ボウルもある。リードが必要ならそれだけ持ってくれ」

「は、はい」

びっくりした。上がってきていたのね。

「シヴァ、行こう。お出かけよ」

シヴァは欠伸をして言うことを聞かない。

仕方ないので持ち上げることにしたが。

「お、重くなったねシヴァ」

もう引き摺ることも出来ないくらい大きくなっていた。

「私が抱こう」

「毛が付きます」

「かまわないよ」

シヴァを軽々と持ち上げて階段を降りて馬車に乗せてくれた。


「態々申し訳ありません。来週は自力で行きますので」

「ヴェリテ家の馬車を出してもらえるの?」

「あ、いえ。乗り合い馬車と徒歩で」

「あり得ない。迎えに来る」

「でも、対価にお仕事をいただくのに公爵様に迎えに来ていただくのは気が引けます」

「ローエンだ」

「ローエン様」

「朝の散歩だ」

「散歩って……」

「無理はしない。だから受け入れてくれないか」

「はい 、お願いします」

「その服は、オーダーの服だよね」

「はい。着ていくところを逃してしまった可哀想な私の服です。
もうローエン様にはお見せしたので、いいかなと思って着てきちゃいました」

「……そうか」

「いけませんか?」

「似合ってはいる」

「褒められてます?」

「褒めてる」




王都のノワール邸は少し郊外寄りだ。

まあ、影を育てているから仕方ない。
馬車で30分程だろうか。

大きな門を通過した。

あの頃のままだ。懐かしい。


馬車からシヴァを降ろすと端でオシッコをし始めた。

「すみません」

「当たり前のことだから気にしなくて良い」


屋敷に入ると懐かしさが少しある。
ミラが幼い時はここで過ごしたが、適正試験を受ける前に気配消しが出来ていたのがバレた。

普通は6歳になると試験を受けるための訓練を受ける。そして7歳で試験をする。
私は知らぬ間に気配を消せていた。それは無意識下で行うため、隠しておくということができない。

立って歩けるようになった頃にはそうだったらしい。早々5歳で適正試験を受けて合格した。

しかしまだ幼い。
6歳で領地に送られて本格的な訓練が始まった。時折父が王都から出てきて私の進行状況を確認してご飯を一緒に食べた。

つまり、王都の屋敷は6歳の誕生日までで、それ以降は任務でしか王都に来ることはなかった。

幼かったので屋敷の記憶が曖昧だ。



「紹介しよう。執事のギルバートとメイド長のモリスだ」

「ギルバートと申します」

「モリスと申します」

「シェイナ・ヴェリテと申します。この子はシヴァです」


執務室のような部屋に通された。

「彼はトビ・カッセル。私か彼が君に仕事を振ったり教えたりする。他の者は関わらせないからそのつもりでいてくれ」

「はい。

カッセル様、シェイナ・ヴェリテと申します。この子はシヴァです。よろしくお願いします」

「よろしく」

トビって、あのトビよね。
訓練の時に時々泣いてたあのトビが立派になって。

私が任務デビューしてからは補佐として付いていてくれてたわね。

ここにいるってことは怪我か何かで引退したのね。


「この机を使ってくれ。
この箱の中の伝票や精算書付き領収書を精査してくれるかな」

「計算の確認だけではなく精査ですか」

「分からなくても構わない。量も多いから今日で仕上げようなんて思わなくていい。落ち着いてやって欲しい」

「はい。お預かりします」


髪留めで一つにまとめて筆記用具と算盤を出した。

とりあえず、簡単に目を通して分別した。
その後は計算をして間違いを探す。

よく見ると武器の購入の精算書まであった。
コレいいの?部外者なのに。



三時間後、お昼休憩になった。
シヴァにもご飯をもらえた。  

「あの算盤小さいね。しかも音が静かだ」

「母の店の商品で、接触部分に布を貼っています。パチパチ音が気になる場合用の商品です」

「そうなんだ。パチパチ嫌なの?」

「いえ、私は問題ありませんが、誰が不快に感じるか分かりませんので用意しました」

「学校は行かなかったんだね」

「はい。行きたくなくて」

「どうして?」

「面倒くさそうで」

「そうなんだ」

「いっそ、屋敷から出たくなかったのですが父に怒られて」

「ヴェリテ公爵が就職しろって!?」

「学校に行けと言われました。行かないなら働けと。
それで、今の職の話が持ち上がって、入試でいい点取ったら、学校か就職か選んでいいと言われたので就職にしました」

「そうなんだ。何点が条件だったの?」

「……一位です」

「え!? 一位なのに行かないの!?」

「カッセル様、声が」

「すまない」

「宰相閣下が、無駄に三年過ごすことになると加勢してくださって。

外に出ない分、家庭教師の授業がすごく進んでしまって」

「シェイナ嬢は将来とか希望はあるの?」

「今のところは補佐から一人前の文官になれたらそれで」

「結婚とかは?」

「あ~、しなくていいかなって」

「そうなの!?」

「多分貴族の夫人ってことですよね。
面倒臭そうじゃないですか」

「シェイナ嬢は社交とかに抵抗があるのかな」

「かもしれません」

メイドが食事を並べ終えた。

「食べようか」

「はい。いただきます」

ローエン様は来客があって食事は別々らしい。




食後にシヴァを連れてお花摘みに行った。

シヴァにもオシッコとウンチをさせて、戻る途中角でぶつかった。

「うわっ」

「ひゃっ」

ドサッ

痛たたたっ

「申し訳ありません、確認不足で」

私は無意識に気配を消してしまうので、私が気を付けないとこういうことになってしまう。

「……こちらこそすまない」

相手の男性が倒れた私に手を差し伸べようとした。

「グルルル」

「シヴァ!ダメ!!」

「グル」

「シヴァ、事故なの。わざとじゃないの」

「立派な番犬だな」

「シェイナ!!」

「ローエン様……ひゃあっ」

ローエンは走って近寄るとシェイナを抱き上げた。

「ボルデン公子、失礼します。すぐ戻りますので。

シヴァ、行くぞ」


「……へぇ」





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