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雇用契約と物件

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すぐにパラストラジル侯爵家に仕事を受けると手紙を出した。
但し条件次第と記しておいた。

すぐにフィロ兄様と一緒に宰相閣下がやってきた。

「公爵は?」

「呼んでいません」

「条件を聞こう」

「朝9時から夕方5時が定時。それ以外の時間帯に勤務する場合と定めた休日に勤務する場合は割増賃金をいただきます。

場合によっては残業をお断りする日もございます。

週休二日、十日間の連続休暇を年に二回。

私生活に干渉せず、令嬢を求めないこと。

月給は記載の通りです」

「ふむ、なかなかの条件だな。給料も高い」

「成人の日から部屋を借りて独立するためには必要です」

侯爵邸うちに住めばいい」

「駄目です」

「王宮に部屋を借りるか?」

「賃貸の部屋を探します」

「全て自分でしなくてはならなくなるぞ」

「そうですが、公私を切り離したいのです。王宮に部屋を貰えば簡単に呼び出されてしまいます」

「部屋を探しておく」

「いえ、自分で契約しますからお気遣いなく」

「王都の家賃は高いぞ?」

「少し離れた場所に借りて通います」

「駄目だ」

「宰相閣下、裁量外ですわ」

「シェイナ!」

「フィロ兄様、大事なことなのです。
口出しはなさらないでください」

「シェイナ!?」

「どうしても条件をのんでくださらないのであれば別に雇い主を見つけます。
裕福な領主に売り込んで雇ってもらってもいいのです」

「分かった。但し治安の良い物件にしてくれ。できるだけ近場で。君のような可愛い娘をスカウトする上では安全配慮も雇用主の義務なのは分かってくれ。

その分、給料を割り増ししよう。
この名刺を持っていけ」

そう言って裏に侯爵家と宰相両方の印章を捺した名刺をくれた。

「これを見せればカモにされない」

「感謝します」

「はあ~、なんでこんなに緊張するんだ。
可愛いシェイナ嬢との交渉なのに。
おじさんを虐めないでくれ」

「すみません。非難される要素を少しでも残したくないのです」

「誰かに何かを言われると?」

「私、父にとっては子供ですし、王宮の職員にとっては王兄の娘、公爵令嬢、小娘ですから」

「そんなもの、すぐに実力で捩じ伏せてしまえ」

「そのつもりです。休み時間に新聞を読ませてもらえますか?多種の定期購読は出費ですから。王宮なら揃いますよね」

「勉強熱心な者には協力を惜しまないよ。
図書室も自由に使えるようにしよう。

いずれ特別図書室や禁書室にも入れるようになるぞ。実績を積んで出世すればな」

「出世はするつもりないです」

「何故だ」

「より縛られることになるからです」

「だが意見を通すには必要だぞ」

「通す気はありません。私は情報を上げるだけです。どうするか判断するのは上の者で、その判断に責任を負うのも上の者です」

「つまり言うことを聞かなければ勝手に自滅してろということだな?」

「ふふっ」

「フィロの妹は恐ろしいな」

「私も意外です。今までのシェイナではない気がします」

「いつから出勤できる」

「明後日からでいいですか?
宰相閣下の執務室には制服が無いようですので服を買いに行きます。何か規定はありますか」

「華美でなく、露出もなく、仕事ができれば良い」

「かしこまりました」





二人を見送った後、街に買い物に出た。ついでに物件も見に行った。

「ヴェリテ公爵令嬢が本当にこの様な条件の物件をお探しですか?」

「はい。普通に働いて、その給料で暮らすには普通の庶民的な部屋でいいのです」

「だとすると、大抵の物件は共有部分が多くて、洗濯も外まで出てご自身で洗うことになりますよ?
冬は凍る様に冷たくてすぐに手が痛くなります。
重い物もご自身で狭くて急な階段を登り運ばなくてはなりませんし建て付けも良い部屋は滅多に空きません。

お金に余裕のある方でも、何ヶ月、何年と空きが出るのを粗末なアパートなどで待つのです。

壁が薄かったり、悪臭がしたり、虫やネズミが出たり、隙間風があったり、冬は寒く夏は死にそうに暑く、洗濯物を乾かすにも一苦労。

トイレや浴室も共同で、男性の入居者もいる場合はその分汚れがちです。
浴室といっても桶に水を汲んで濡らした布で拭いたり、髪を洗う程度です。

公衆浴場もありますが、冬は湯冷めし夏は多少汗ばみます。それに不特定多数が入るので汚いです。綺麗な湯に入りたい場合は一番乗りしなければなりません。それができるのは休日くらいでしょう。

王宮勤めをなさるなら王宮に部屋を借りたらよろしいかと」

「予算に合う物件の書類を全て見せてもらえますか」

「どうぞこちらへ」

そこまで考えてなかったなぁ……。
でもここの人は親切で助かった。できるならここの紹介で借りたいな。

「すみません、この物件は?」

「どれどれ。

ああ、掘り出し物とも言えるが条件付きの物件ですな。

一階がジュエリーの店になっていて、二階が住居。水回りは一階の奥にあります。
部屋はなかなか広い。

裕福な貴族の保証人を付ける必要があるのと、店の帳簿の確認を手伝うのが条件です」

「どうしてその様な条件に?」

「保証人については一階の商品に手を付けた場合の賠償ができるようにしたのでしょう。

帳簿の件は、オーナーの娘が住んでいて任せていた様ですが、亡くなられてしまわれたので、代わりにやってくれる人を探しています。

借り手がつかなければ従業員を別で雇って部屋は大幅に値上げするか、廃業を考えているようです」

「仕事はどのくらいの量なのでしょう」

「大流行りの店でもありませんので、こまめにこなせば然程負担にはならないかと思います。
一度体験してみますか?」

「はい」

「今から行ってみませんか?まだ営業中ですから。ついでに二階の部屋も見せてもらいましょう」


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