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シェイナ・ヴェリテ

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 ヴェリテ公爵家の第三子として産まれた私は何不自由なく育った。

父も母も私をほぼ怒らない。

“可愛すぎて怒れない” と母が言ったからか、父も怒らない。
まあ、父に至っては母しか目に入っていない気がする。
母が気に掛ける子供達に、時々目を掛けるという言い回しが正しいだろう。


父セインは元だけど次期国王と呼ばれていた第一王子で、母の為にヴェリテ家に婿入りした。継承権を有する王兄だ。

母ティーティアはヴェリテ家の娘。
ヴェリテ家は伯爵家だったが功績と王子の婿入りで公爵家となった。
父が一途に思い続け、母を落とした。今でも母一筋の激甘生活だ。

兄フィロは何でも器用にこなす人で唯一私を叱っていた人だ。今は宰相補佐をしている。
宰相の娘と結婚した。その気は無かったはずなのに。理由は教えてもらえない。

次兄ストラは跡継ぎで、騎士育成の寄宿学校に行っている。唯一私に怯えた人だ。



私はずっと領地にいて社交は全てNOと言ってきた。学校もNOと言ったのに、学校とデビュータントは行けと父から言われてしまった。


『お母様は学校に行っていません』

『ティアは引きこもっていなかった。寧ろ活躍していたし、商売もしていた。シェイナは違うだろう』

『ミスラ~!シヴァ~!』

『シェイナ!!』

『 っ!! 』

『単に甘えているつもりでもミスラ達がどう判断するかは分からないの!こんなことも理解できないなら二匹を王都の屋敷に連れて行くことを禁じます』

お母様にこんなに強く叱られたのは初めてだった。

『お母様…』

『クウン』 『キュウン』

『泣いても駄目だ。
シェイナの不用意な言動がミスラとシヴァに影響して家族が死傷したら、シェイナは平民として投獄されるか最悪死刑だ。

それにミスラとシヴァは処分される。
命の問題だから叱らないわけにはいかない。

王都にはミスラ達は連れて行かない。
王都と領地は近いんだ。休みに会いにくればいい』

『お父様…』


ミスラとシヴァは普段は大人しい大型犬?だが、母と私に対する殺気に反応して、殺気を飛ばしてきた者に攻撃する。顎が強く牙もすごい。頭蓋骨を難なく噛み砕く。

そして戦闘態勢に入った二匹を制御できるのは母と私だけ。だからこんなに厳しく言われたのは分かる。でも……


『ちゃんと礼儀正しくしないと厳しいマナー教師をつけるぞ。お前が何かしでかせばティアの店の売り上げが落ちる。そうなれば領民への支援が消える。
ヴェリテの名を汚すな』

『学校に行かなくても、』

『行かないなら領地の工場で平民として働け』

『いつもは私達のことなんて気にも留めておられないではありませんか!』

『そう言うお前は家族の為に心を砕き、役立っているか?
何もせずにいつまでも領民や家族が働いた金で生きていけると思うな。

私はティアを守る為なら何でもする。
お前達にも不自由させたことはない。
特にシェイナには甘くしたがティアを傷付けるのは許さない。
言われたことを忘れずに学生生活を過ごしなさい』

『お父様の考えは良く分かりました!
今まで通り、お母様のことだけ考えて生きてください!』

『シェイナ!』

『これ以上お話ししたくありません。
聞くべきこともございません』


これが3月の話。






 私は父との口論の翌日、予定を早めて王都に来た。元々、デビュータントと入試のために来る予定ではあった。

これ以上お父様の顔を見たくなかった。



「…シェイナ様!?」

「二週間も早く来てしまってごめんなさい」

「お疲れ様でございました。どうぞ、お部屋へご案内します」

執事のマークスに驚かれるのも仕方ない。
連絡せずに来てしまったから。

「フィロ兄様に連絡してもらえる?」

「かしこまりました」

私室のドアを開けると前回来たときと内装が変わっていた。

「綺麗に改装してくれたみたいね」

「はい。旦那様が全てお選びになりました」

「お父様が? まさか」

「こちらのベッドに座ってみてください」

「……ピッタリ」

「シェイナ様のサイズに合わせた特注品でございます」

「本当なの?」

「はい、シェイナ様」

机、ソファ、ドレッサー、洗面台、浴槽、全てが私のサイズに合わせて作られた特注品だった。

「だって…お父様はいつもお母様のことばかりで……」

「確かに旦那様は奥様だけしか見ていない気がするかもしれませんが、細やかなお心遣いでシェイナ様のご成長も見守ってこられたのです。

シェイナ様の体調の崩し始めにすぐ気が付かれ、幼い頃はシェイナ様がご病気なさると頻繁に様子を見に来ては お世話をなさっておられました」

「私、家出するように出てきてしまったの。
だけどお父様も私を平民として領内で働けとか言うのよ!だとしたらヴェリテ領以外の土地で働くわ」

「旦那様は本気で言ったのではございません。今頃心配なさっておいでです。

無事に着いたとをお手紙を書いてはいかがですか。言い辛いことも伝えられますし、書き直しもできます。使用した感想もお伝えになれば旦那様は喜びます」

「ありがとう、マークス」



手紙を書いている間に兄様が帰ってきた。

「シェイナ、久しぶり」

「兄様、お久しぶりです」

「知らせを受けて来てみたら本当に居たな」

予定より早く王都に来た理由を話した。

「父上がそこまでシェイナに言ったのか」

「もうあの時は私は拾われっ子なんじゃないかと思いました」

「母上にそっくりだからそれはない。
ずっと可愛がられてきただろう」

「お父様はお母様ばっかりではありませんか。私に気を掛けてくださったのはフィロ兄様だけです。

お父様とお母様はペットを可愛がるような感じで眺めて撫でて抱っこして。

ストラ兄様は私を避けている気がしますし」

「皆、シェイナが大好きなんだ。あまり虐めるな」

「兄様、久しぶりにいいですか」

「もうデビューするのにまだ私の膝の上に乗る気なのか?」

「ふえっ」

「分かった、分かったから泣くな。おいで」

兄様の膝にちょこんと座ると抱きしめて撫でてくれた。落ち着くなぁ。

「兄様がお婿さんに行くなんて。寂しかったです」

「いつでも会えるだろう。領地とここは近いんだから」

「会えないですよ。兄様は婚家で暮らしていらっしゃるじゃないですか」

「城でもパラストラジル邸でも訪ねて来ればいいじゃないか」

「お城なんて無理です!しかも宰相補佐のお仕事を邪魔する気などありませんわ。
それに…引きこもった義妹など義姉様には迷惑でしかありません」

「そんなことはない。明日昼前に城においで。登城名簿に載せておくから。一緒に昼食を食べよう」

「兄様との昼食は魅了的ですがお城は嫌です。私は目立たずひっそり生きていきます」

「デビューに私のエスコートを頼んだ時点で無理だろう」

「グッ、

だって、兄様以外嫌だったんです」

「とにかく明日 迎えの馬車を寄越すから支度をしておけ」

「え~!」

「義父に挨拶はしてくれよ。じゃないとエスコートは断らなくてはならない」

「兄様…」

「私は既にパラストラジルの人間なんだ。
挨拶をするのは当たり前じゃないか?」

「分かりました」

「よし、良い子だ」

兄様は私の頭を沢山撫でて食事を一緒に食べてくれた。

夜は帰ってしまったのですごく寂しかった。
ミスラ達もいないし。



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