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黒髪の少女

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【 元妻イライザの視点 】

動悸が激しくて頭が回らない。
長兄がの顔がまともに見られない。

『イライザ。私も一緒に出席する。姪の価値を見極めにな。だが間違いなく、セイラはアルミュア公爵家の長女エリーズ様を味方につけたようだな。
ブラージェル子爵家では、王都で開催される歌劇の公演内容に手を加えることなんて出来ないからな。

その後で今後のことを決めようか』

『お兄様、』

『もうこの店は閉店させた。全く別の店にして他の者にやらせる』

『また繁盛させてみせます!』

『採算の合わない営業を続ける費用は誰が持つのか?』

『それは今までの売り上げで、』

『お前があちらこちらのパーティや茶会に出席する度にドレスを買い、アクセサリーを買っていたし、初期投資費用も合わせるとマイナスだ』

『私達、兄妹でしょう?』

『だからチャンスをやったんだ。
公女様はすごいよ。ブラージェルの港町を生まれ変わらせた。隣領の港に停泊した外国船の乗組員や客までも、わざわざブラージェルの港町に足を運ぶほど人気になっている。
嘘を吐いたり誰も貶めていないぞ?
行ってみたが、圧巻だった。5泊もしてしまった。
息子ケイン達を連れて行ったら大はしゃぎだし、幼い子供やその親の目線になって対策をして楽しませようとしている。
子供を産んだ経験も育てた経験も無いのにだぞ?』

『本当に素敵だったわ。幼子を連れてレストランで食事を楽しめると思わなかったわ。
従業員がサッと駆け付けて助けてくれるのよ。
先に食べ終わったミアに指人形で気を引いてくれたり、ケインには手品を見せてくれたから、私達はゆっくり食事を楽しめたの。
聞いたら、何もかもブラージェル夫人の改革案だと教えてくれたわ』

『何を食べても美味かったな。レシピもブラージェル夫人が提供したらしい。作って教えたそうだ。素晴らしいよ。
町中を変えてしまっていた。人もだぞ?礼儀正しいし、ものすごく清潔だ。ゴミが落ちていない。トイレにも感動した。
実に有意義な5泊の滞在だったよ。
また子供達を連れて行くつもりだ。2人が行きたがっているからな。幹部研修にブラージェルの港町への旅行を組み込むことにしたほどだ。

そんな方がセイラをどう仕上げたのか楽しみだ。
成功したなら歌劇は実在する話として更に広まるだろう。その時はお前は終わりだ』

私を店から追い出すと、2人も店から出てチェーンをかけ、錠をかけてしまった。



1週間後。

長兄と成人の儀が行われる会場にいた。
私をジロジロと見る女性達も少なくない中で、長兄はじっと待っていた。

「信じられないほど美しい方だな。ブラージェル子爵が羨ましい」

呟きを聞いて長兄の目線の先を見た。

あの頃とあまり変わらないクリストファーがいた。
その隣には信じられないくらい美しい女性が寄り添っていた。お揃いの高級そうな衣装を纏い手を繋いでいた。クリストファーは終始嬉しそうな微笑みを彼女に向けて話しかけていた。

悔しかった。

私だって、あんな衣装を買ってもらえていたら、あんな風に微笑んでもらえていたら…そう思うと悔しくて仕方なかった。

私は情報を仕入れるために沢山の男達と寝て、ティールームで働き続けた挙句、こんなことになったのに!


続々と主役達が入場し、陛下に挨拶をしていく。

“ブラージェル子爵家 セイラ嬢”

“はい”

花びらで覆われたような刺繍を施した上半身に ドレスの裾はふわっとした素材で、髪は後ろに一本に緩く編み込み 小さな白い花が散りばめられていた。

「素敵なドレスだ。多分あれも夫人がデザインしたのだろうな。黒髪が美しく見えるな」

背筋がピンと伸びていて 歩いても優雅だった。

「さすがだ。しっかり教え込んでいるな。
あの方が妃に望まれた理由がよく分かる」

私だって、アルミュア公爵家に生まれていたら…

「当然でしょう。良い家門に生まれたのですから」

「だが、短期間でセイラをあそこまで仕上げた。
あのカーテシーを見たか?陛下が微笑んでいるぞ。合格をもらったんだ。

余裕もない家に生まれたから良い先生は雇えなかっただろう。お前と違って。
母親に捨てられて指導を受けられなかったけどな。お前と違って。

お前、セイラに負けてるのが分からないのか?

良い家門に生まれず金も無く 母親に捨てられたセイラに」

「っ!!」


そしてセイラのダンスが始まると、息を呑んだ。
セイラが動く度に裾がふわりと揺れる。ダンスも上手だった。

「まるで独壇場の花の妖精だな。周囲の子が霞んで見えて可哀想なくらいだ。
ダンスは上手いと言えるかもしれないが、まだ上達の途中といった感じだな。それをカバーしているのがあのドレスだ。
セイラが堂々としているから多少のミスも気にならない」

「お兄様達は男というだけで跡を継がせてもらえるし、分業して任せてもらえているじゃないですか。
私は女だからと最初から教育の仕方が違いました。
嫁いで子を産む。その為の教育です。
私はちゃんと嫁いて跡継ぎも産んで役目を果たしました。子を産むことは命懸けなのに、労いもない。産んだら戻っても構わないっていわれたから…」

「私達が苦労していないと思うのか?」

「そうではありませんが、役割を終えたのに老人の慰み者になれだなんてあんまりです。
お兄様達のような教育を受けていないのに商会で役に立てとか理不尽だと思います」

「だがな、お前は婚家で努力していない。産むだけなら妾でいいじゃないか。そうだろう?」

「……」

「お前は子爵夫人になったんだ。茶会やパーティやドレス作りだけが夫人の仕事だと思うのか?
セイラにしたことは虐待の部類だ。もうお前は表舞台には立てない。
ティールームでバカなことを言っていなければ 別の道を探してやれたが、お前の話に偽りか多々混じってると知られたし証明された今、お手上げだ。

最初もその後も、お前はずっと自分の産んだ娘を傷付けた。子爵と話し合いもせず逃げて別れた挙句 噂を立てて再婚を困難にした。彼が王家のパーティに出席するときにどんな目で見られていたか知らないだろう。話しかける者は少ない友人だけだった。
お前の嘘が元だと知った今、申し訳なくて仕方ない。
息子のジスランは?お前の記憶など全く無いぞ。お前が更に価値を下げたブラージェルを継がなければならないのだぞ?

それでもまだ、自分は被害者で、表舞台にいられる存在だと思っているのか?」

「……」

「お前は壁際に立っていろ」

お兄様はクリストファー様に近寄り、何かを話している。頭を下げているのが分かった。
セイラには何か箱を渡している。ブローチだろうか。そして夫人にはハンドキスではなく握手をしていた。お兄様が有能だと認めた証。


お兄様の言い付けを破ってセイラに近寄った。

「イライザ」

「お兄様、けじめをつけさせてください」

「……」

「セイラ。成人おめでとう」

「……ありがとうございます」

「誰よりも一番素敵だったわ」

「……」

「ずっと悪い母親だったわ。ごめんなさい。
素敵な方がブラージェル夫人になって下さったから安心ね。幸せになってね」

「…はい」

「ブラージェル夫人。王都新聞を読むまで貴女の噂を話していました。申し訳ございません。

娘を大事にして下さって感謝しております。これからもセイラをよろしくお願いします」

「お任せください」

「ブラージェル子爵様。良き妻になれなくてごめんなさい。それに嘘の噂話もして貴方を貶めておりました。心より謝罪をいたします」

「もう過去のことだ。フールス嬢も正しく前を向いて生きて欲しい」

「本当に申し訳ございませんでした」


その後は、お兄様と屋敷に戻った。

「どういうつもりで謝罪をしたんだ?」

「謝らなくてはと思ったからです。自分が馬鹿だったなって分かりましたから。
それに、あの場で謝罪をすることでクリストファーの…ブラージェル子爵の噂は嘘だと公になると思ったのです」

「お前は嘘吐きだと認めたことになるが?」

「お兄様の仰る通り、私は表舞台への未練を断ち切ります。裏方で自分に出来ることを探していきます」

「分かった。もう休め。

君、イライザの部屋に軽食を運んでやってくれ」

「余物でいいの。なければミルクだけでもいいわ」

「かしこまりました」

「お兄様、失礼します」

部屋に戻りドレスを脱ぎ、窓を開けた。

今後、私も生まれ変わったブラージェルの港町に連れて行ってもらおうかしら。

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